38 ホールディング ハンズ



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近付いてくる二人、恐らくあちらもこっちの存在には気が付いている。

それは遠くからローライがこちらに気が付いたのか目を逸らす様子が確認できたからだ。



リフレシアによってまともに動かせない程に痛手を負わされているであろうエリミネーターの腕は、

手に銃を包帯のような物でぐるぐるに巻きつけ引き金と指を固定し辛うじて銃を持てている状態であり非常に戦うには不安定な物には違いない、ただ人質が取られている今、弱り切っていると分かっている状態でも攻撃は出来ない。



流石の彼女の素早さで動いたとしても彼を助け出し、エリミネーターを倒す事は出来ない。私は”マグ・メルフィアー・スター”を握り締め、遠くから”砂上の夢”を操り彼を助け出そうとした矢先。

遠くから大声でエリミネーターは叫び言う。



「おい!!魔獣!!こいつを殺したく無かったらその”マグ・メルフィアー・スター”を今直ぐ遠くへとこちらに投げ渡せ!!」



やはりダメだった、あの人は"マグ・メルフィアー・スター"の特性を理解している、私が何か仕掛けると予測も容易に出来る。


それに余裕の無い緊迫したあの表情、刺激すればローライの命は危ない。


私は”マグ・メルフィアー・スター”を投げようとすると「待て」と彼女に止められる。



「これが手に渡ればあいつはそれを使って俺達を皆殺しにするぞ。いいのか?それとも何か手はあるのか?」

「・・・・・、無い。」

「冷静になれ、お前がそれを投げ渡して俺達どころか他にも被害がいく。見てみろあいつの余裕の無い顔を、何をしでかすかは明白だろ」


「でも・・・、ローライくんが」

「あのガキもどうせこちらに引き渡されようと、俺達諸共その魔導具で一網打尽だ。・・・手は無いことも無いが」

「何をするつもり?」


「あれと引き換えにその旗を渡し、俺が龍の姿へすかさず戻りこの地から離れる」


「でもそれじゃ・・・」

「まあ十中八九奴に俺の事をバラされて、俺達は永久に逃げながらの生活だろうな」



逃げ場はもう無い、詰み。いや・・・



「リフレシア、お願いがある」

「様をつけろ。なんだ?」

「あの子を連れて逃げて。私が囮になる」



彼女は高らかに笑った。まるでバカにする様なその笑いに私は真剣そのもので言ったつもりが冗談に聞こえてしまったのかと少し焦っていると彼女は私から”マグ・メルフィアー・スター”を取り上げ、遠く彼等のいる方へと力強く放り投げいった。



「俺はガキがどうなろうが知った事はない。あれを持ってあいつを始末して終わりでいい」

「え・・・・、ならどうして?」

「この場で死ぬくらいなら俺に付き合え。死ぬ迄な」

「でも・・・、ううん・・・分かった」



彼女は楽しそうな顔をしていた。不思議だった、なぜ彼女が鬼気迫る中でも私の事を尊重し行動を共にしてくれているのか。


彼女の語った”自身を大切にしてくれた者達”、彼女の周りにいたのはきっと尊くかけがえが無かったのだろう。私の事を”手下”と呼ぶ彼女、私もきっとその一匹にあるのだろうか。



”厄災の龍”を束ねるもっとも邪悪とされている”最厄の龍ピリオド”、その娘。

気高く、力強く、芯が強い彼女はきっと、乱暴な素行の中に”厄災の龍”とは思えぬ程の彼女なりの優しさなのだろう。



エリミネーターは”マグ・メルフィアー・スター”の元へとゆっくりと近付き、手にするその瞬間。

ローライは彼の手に括り付けていた銃を奪い取り、彼に銃口を突きつける。



「なんなんだお前!!カペラから杖を奪った所で俺がいるぞ!!」



そうだ、彼は”マグ・メルフィアー・スター”を知らない!一見ただの棒にしか見えないそれがまさか強力な武器になるとは思いもしない。



「逃げて!!!」

「あんのガキ・・・」


「何言ってんだ!!こいつ俺を殺そうと!!」


「違う!!今投げ渡したそれは兵器なの!!!」

「いいからこっち来い!!!役立たず!!!」


「もう遅い」


エリミネーターは折れて動かない手を”マグ・メルフィアー・スター”に触れると。

未だ嘗て見た事のない禍々しく黒々とした魔力が膨大に流れ出す。

マグ・メルフィアー・スター”からユラユラと流れる魔力の巨大な薄膜。その光景に怯み尻餅をつくローライは言葉を失ったまま座り込んでしまっていた。



かく言う私ですらそのあまりの魔力量に凶暴性さえ感じてしまう程の殺気漂う黒い意思に背筋が凍ってしまって声すら出なかった。


誰もがその光景に絶望する中、彼女だけはいち早く叫ぶ様な大声を張り上げる。



「オイ!!!!さっさとこっち来いっつってんだろ!!!!」



怒号にも似たその声はビリビリと空気を揺らした様な、そんな風にまで思わせる声量は遠くで座り込むローライに向けられ、その声に答えるように肩をピクリと動かしては直様私たちの元へと走り出していた。



「簡単に逃がすと思うか!?皆殺しだ!!」



次々にエリミネーターによって作り出されていく"砂上の夢"、それらは数を増しながら続々と彼に襲いかからんとする。

私が彼の元へと駆け出していた時には近くにいたリフレシアは既に動き出し、彼のすぐ側に近付いている程に状況判断が早かった。



「頭下げながら走れ!!」

「わ・・・悪い!!」



彼女は繰り出されていく"砂上の夢"を蹴散らし、彼を守りながら相手をするも作り出されいく"砂上の夢"の数は膨大で彼女が相手出来る許容範囲は超えている。



取り逃した"砂上の夢"は凶暴な化物や魔獣や武器に姿を変えると必死に逃げる彼を襲いかかる。


痛む傷を必死に抑えながら走る中、魔力も体力すらもう無い私に何が出来るのだろう?

違う、何をしてでも彼を守る。それだけを考えればいい。



「ローライくん!!」

「カペラ!」



背に差していた杖を取り出し彼を襲う"砂上の夢"を目掛け勢い良く振るい、いくつかの砂は倒せても全てとはいかなかった。もう十分に戦える程の力は無い、それは自身が一番よく分かる。足止めになるかも怪しいけど少なからず彼を逃す時間は数秒でも稼げる。そう思い襲い掛かる"砂上の夢"を相手に戦った。



私が"マグ・メルフィアー・スター"で作り出していた物より明らかに凶暴で数段強く、戦いの最中、視線を変え彼の無事を確認出来る程の余裕は無くなっていく。



無限にも思える"砂上の夢"は続々と襲いかかりやってくる。私はどんどんと押されていき逃げ続けるローライの背には更に作り出されていた"砂上の夢"が彼を徐々に追い詰めている様子が視界に入り焦りを感じた。




「助けて・・・!!」




彼の強ばり潰れた様な絶叫はその場にいた誰もの耳に響いたに違いない。



次々に現れる"砂上の夢"を相手にしていると彼の行方を見届ける隙さえ貰えない。

彼の心配をする中で現れては襲いかかって来る"砂上の夢"は気を抜けば間違いなくやられてしまう程には今の私にとって強敵だった。戦いとは言えない程に一方的な数の暴力、攻撃を交わし只管防御に徹し、杖で払う様に振るう。

その繰り返しは闇雲に体力を消耗するだけで、途方も無い数の"砂上の夢"は四方から攻めてくる。



ボロボロの体に与えられる小さな攻撃も防ぎきれなかった攻撃も、身体中に響き痛みは今にも悶えてしまいたい程に苦痛だった。




「う・・・うぅ」



目の前が徐々に霞む、もう既に限界に近い私に残された余力はこれ以上"砂上の夢"を相手に戦えない。

足もよろつき初め、力も入れにくくなりまともに立ててすらいない。



数はどんどんと増す、倍近い数が次々に私の元へとやってくる。意識すら朦朧として来る。


ローライは逃げ切れただろうか、数はどんどんと増え倍の数増えて来る。リフレシアも数に押されてしまったのだろうか。



"砂上の夢"は容赦無く私に攻撃を与えて来る。フラフラとした足取りの中しっかりと持ててもいない杖を身代わりのように盾にし辛うじて直撃を避けるも、結局はじわじわと体に受けている。



終わりだと悟った時、疲れは身体中から出ては残されていた力さえももう出ない。

瞼さえも重い、目が閉じかけていた時。

まるで目を覚ます為に鳴らされたのでは無いかと思ってしまう程の大きな鳴き声が鳴り響く。



その声に叩き起こされ夢から覚めた様に目を開き意識を取り戻す。凄まじい数の目の前にいた"砂上の夢"達はいつの間にか元の砂へと戻り崩れ落ちていく中、吹き荒れる風に鳴り響く叫び声の先には”龍の姿”がそこにあった。




リフレシアだ。


二度目となる彼女の姿、サニアだった人の姿形はもう無い、完全なる元の姿。もう後戻り出来ない。

彼女の姿にに見惚れていた時、ふと我に帰りローライの逃げた方を確認すると、そこには前屈みに背を向けボロボロに傷付いたセラムが立っていた。その背中の端からはローライの姿が見え、状況が容易に読み取れた。


戦う事ももう儘ならぬ程に傷付いていた彼は"砂上の夢"の攻撃を一身に受け彼を守ったのだ。



「か・・・カペラ・・・この人・・・」

「セラムさん!!」

「お願いだ!!この人を・・・!!」

「分かってる!!!」



倒れ込み地面に伏せる彼に急いで駆け寄るももう意識すら危うい程息は細く心音も弱い。魔力も無い私にはもうどうしようもない。

手に持てるほどの荷物を携えての逃走、万端な状況ではない中どうにか少ない手持ちの応急品で傷口を止め簡単な治療は出来るもののこれではただのその場凌ぎに過ぎない。咎める様に苛立ち焦るローライは痺れを切らし私に言う。



「お前!!!白魔法は!!!」

「・・・もう魔力も絞り出せる体力も無いの・・・」



必死の形相で彼は持っていた荷物からありとあらゆる薬や飲料を取り出し私に差し出すが首を横に振る私の胸ぐらを掴み彼は叫ぶ。



「お前・・・なんの・・・お前それでも”英雄”の一人だろ!!!白魔導師なんだろ!!」

「ごめんなさい・・・白魔法の”グリマー・パルス”を使った反動で魔力がもうどうしても今は戻らないの・・・、薬で一時的に何とか出来ても・・・」

「なんだよそれ!?なんでそんなリスクある魔法使ったんだよ!!!大事な時にお前が魔法使えなくちゃ・・・!!!」

「ごめんなさい・・・」


「止めてくれ・・・」



リフレシアが戦う中揺れる地面に大声と響く爆発の様な打撃音、そんな騒がしい中で弱り切りか細い声で話すその声は私達の耳に届いた。



「セラムさん!!」

「・・・カペラ、・・・これで良かったよな・・・」

「・・・、ありがとうセラムさん」

「少年・・・俺を許してくれ・・・何も悪く無い、これで良かったんだ・・・せめて・・・あいつの思い通りになん・・か・・」

「な・・・何の事だよおじさん・・・。カペラ!!」

「ローライ君、セラムさんをお願い」

「お前・・・何するつもりだ?おい!龍まで現れてんだぞ!!」



遠くを指差す彼、それは"砂上の夢"と戦うリフレシアの事。今私がすべき事は彼女が一匹、大量の"砂上の夢"と戦っている。

マグ・メルフィアー・スター”の魔力の大多数はそっちに使っているはず、だからこそこっちにいた"砂上の夢"はもうあれ以降襲いに来ない、そう彼女は私達の為に囮となってくれている。

彼女がくれたチャンス無駄には出来ない、本体であるエリミネーターを狙うなら今。




杖を携え向かおうとするとローライが服を引っ張りながら言う。



「またお前・・・死ぬつもりか・・・?今度こそは本当に死ぬぞ・・・俺は、お前に・・・」


「ありがとう。大丈夫、でも彼女が一匹で"砂上の夢"を相手にしている今、エリミネーターを止められるのは私だけなの」



ローライは何か察した様な反応を見せ戸惑いはしたものの直ぐに切り替え私の目を見て怒鳴る。とても素直で飲み込みの早い子だと感心してしまった。



「お前もボロボロだろ!!!」

「私にはリフレシアがいる。彼女がいるから私は戦える」

「・・・あの女・・・、信用していいのか?」

「うん、私達の為に戦ってくれてるんだから私が行かないと」




納得のいかない、歯痒く思う気持ちは彼の顔を見れば分かる。

悔しがる彼はしっかりと掴んでいた私の服を手から離し、そっと手を握り始める。彼は私の目を見て言う。



「俺のせいだ・・・師匠ならお前の事を・・・。頼むから・・・死なないでくれ・・・」

「充分だよ。元気出た、ありがとうローライくん。行ってくるね」



優しく彼の手を解き、私は1匹で"砂上の夢"を相手にする彼女を横目に遠くで"マグ・メルフィアー・スター"を操るエリミネーターの元へと向かう。


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