16 当事者 ④





23


「これか?」

「うわぁ・・・」


掘っていた最中の事だ。いつしか深さにして十何メートル程、広さも等しくそれくらい掘っただろう。

更に掘り進めようとサニアと共にその日もただひたすらに砂を掻き出していた最中の事、突如として水が湧き出したのだ。


「おい、まさかこれが?」


そう彼女に訊ねると首を横に振るがその目は真っ直ぐと水が溢れ出る場所をじっと見ていた。


「この下・・・この下にある」

「しかし水も湧き出ているぞ、これ以上物理的に掘るのは厳しいだろ」

「でもすぐ・・・もうあとちょっと掘ればあるの」

「水も乾かず沸き続けているが本当にこの直ぐ下なのか?この水の事では無くか?」


サニアは静かに首を縦に振った。根気良く掘っていたのは、地面を抉る魔法を知らない事、そしてあまり力任せでやると探している物を破壊してしまう可能性があるから。それだけ慎重に作業をしていたのだが、こうもなると話は別だ。


「一度試してみるぞ」

「何するの」

「焼き払う」

「ええ?!」


サニアを掘った砂の穴から追い出し、身体中から力を溜め吐き出す炎は水が溢れ出る地面を焼きつくし蒸発させる。砂は焦げつきはしたものの傷つけも壊しもしない表面にのみ溢れ出る水はピタリと止まった。その迫力に喜ぶ彼女に少し誇らしげになった。


「凄い!!水も止まったしこれで掘れるよ」

「待て、降りてくるな。砂を焼いたんだ。水が蒸発したとて、とてつもない熱さだぞ。俺が掘るから待っていろ」

「リフレシア優しいね。ありがとう」

「黙ってろバカ」


水が出ていた所を中心に両手を使い掘り進めていくとじんわりと再び湿った水気を帯びた土が現れ、構わず掘り進め続ける事数分。爪の先に固く砂とも石とも違う感触がした、爪の先に当たるそれを掘り出すとその正体は小さく黒い鉄の箱だった。


「なんだこれは?これがそうか?」


掘り出したそれを穴の外に待つサニアに見せると大袈裟に喜んでいた。ということはこれだろうが、全く何の魔力も力も感じない。

穴から飛び上がり彼女の元へと降りその箱を渡すととても嬉しそうに受け取った。


「これだよリフレシア!!凄いよ!!」

「こんな箱なんの力も感じない箱の為に掘ったのか?」

「この中に凄い力を感じる・・・」

「中?」


サニアはまるでその箱の事を最初から知っていたのかの様に箱の側面をかちゃかちゃと触り出し、箱からカチッという音と同時に箱の表面からとんでも無い程の情報量が刻まれた魔法式が光と共に浮かび上がる。

その情報量と式の多さに目眩を起こし思わず目を背ける俺に、サニアは終始その箱を目を輝かせながら見ていた。


こいつ全く魔法を知らないのか?でなければこんな物終始目にしてまともでいられないはずだ。


箱から魔法式と光が消えたのちに箱はゆっくりと開いた。その中に入っていたのは、丁度彼女が両手で持てるほどのステッキのような物が出てきたのだ。

円柱に四角い箱を両面に刺した様な形に怪しげに淡く青い模様がついたそれは形からは全く用途が分からない不気味にも思える物だった。

しかしサニアの言う大きな力を宿した反応は間違いなくこれの事を指していると、その姿が現れた時にやっと感じた。


何かは分からない、形も相まってより一層不気味に思う。何よりその小さい物体一つにとんでもない魔力と力が感じられる。魔力も力も何者でも無い邪悪にも清らかにも無い、底無しの力。いつの間にかそれを見て後退りしていた程に。


「これ・・・どう使うんだろ?」

「サニア、それを再び箱にしまえるか?」

「え?なんで?」

「使い方も分からないのに今取り出しても仕方ないだろ。それに何かしらの暴発を起こして怪我でもしたら馬鹿らしい」

「それもそうだね、町の人に聞いてみようか!」

「いや、止めておけ。聞いたとて分からんだろ」


何に使うにしても絶大な力を発揮するには違いない。

それがサニア以外の何者かに渡る事が正直危険に思う程に、自身に使われた時の事を考えるとサニアが所有したままでいるか、再び地中深くに戻すか。

サニアは再び箱にその模様のついた不気味な道具をしまうが、以前の様に魔力が抑えられる事は無かった。


「成程、一度きりの封印の魔法陣だったらしいな・・・箱に入れても力が隠しきれていない」

「そうなの?力って?魔力ってこれに?」

「お前本当に気付いていないのか?まあいい、少し貸してみろ」


箱をサニアから奪い取り、その箱に魔力を込め独自の封印の魔法式を刻み入れとりあえずと言ったところだろうが簡易的にその道具の力を抑え防ぐ事は多少出来た。

しかし、それはほんの半分もいかない程の物で、半端な使い手なら気付き難いが完全に隠せてはいなかったのだ。


「ダメだな」

「何がダメなの?ちゃんと入ってるよ?」


砂の中へ埋めるのも手だが一つ試したいことがある。


「サニア、俺を入れていた箱は持ってるよな?」

「うん、持ってるよ」

「俺がこの箱を預かる、そのまま俺を箱の中に戻せ」

「もう今日はいいの?」

「目的の物も見つかった。本来なら俺はこれで御役御免だが、これに興味がある」

「お父さんなら分かるかな・・・」

「誰にも話すな」

「なんでそんなにこれを他の人に知られたくないの?それにこれもしかしたら町の人が埋めた物かも知れないよ?何か知ってるかも」


「俺には到底こんな物をわざわざ隠すとは思えないな。感じた事の無いこの異様な力、ご丁寧に隠したにしてもだな人の手に渡っていい物では無い。ここにあるの”隠した”というより”捨てた”と考えられるがまずありえない、何故こんな所にあるのかの意図が分からんのが怖い所だ。それ程までにこれが強力であり未知数。

これが本当にお前の望む無償の祝福をもたらす道具とは到底思えないな、何かの犠牲の上で得る破滅の対価かも知れん、それを誰かに教えてやるにはリスクが高い、他言無用だ」


彼女は頭を抱え悩んだ。そして言った。


「何言ってんのかよく分かんない!」

「まあつまりは、お前が思っている様なお宝では無い可能性が高い上に危険性が高いから誰かの手に渡るとマズい、だから人に教えて良い物でも無い。以上だ」

「え〜・・・」


よくよく考えれば、目的は既に達している。これ以上肩入れする必要もない。


「とにかく言う事を聞け、命令だ。お前は俺の手下だぞ」


彼女は渋々頷いた。その日は言う通り俺はその箱を抱えたまま彼女に再びいつものように封印されるのだった。

それからまた彼女と俺が出会うのは二日後になる。



24


目を覚ますといつもの砂漠に見慣れぬ一つの水源がまず目の前に現れていた。


「リフレシア、これ見て!オアシス」


下を向くとサニアが、そして手にはあの怪しい道具の入っていた箱を彼女が持っていた。


「オアシス?」

「そう!私たちが掘った穴に水が大量に出てきてオアシスが出来たの!凄いよね」

「ところでお前その箱」

「ごめん、あなたをいつもの箱に直した時にあなたの持っていたこの場所で掘り出した箱だけ取り出せちゃって」


思わず額に手をやりため息をついてしまった。呆れた。言葉が出ない。


「中身は誰にも見せてないよ!」

「・・・それで、どうした」

「実はこれを持って家を帰る途中に旅人に出会って、私の持ってるこれを見て話しかけてきたの」

「・・・それで?」

「その人がこの箱のことを知ってるらしくて。これを高くで譲って欲しいって話なんだけど・・・。前にリフレシア言ったよね?もしかしたら村の人の物かもって・・・」


箱の事について知っている人間?あまりにもタイミングが良すぎるのでは無いか?


「お前町の人間とあまり関係良く無いんだろ。黙って貰っておけ」

「でも・・・」

「逆にいえばこんな所に隠していたやつが悪いだろ。そんなに大事なら持っていればいい、それに結果的に金にしてもお前のいる町の為に使うのならここに隠したやつも何も言うまい」

「うーん・・・」

「それに俺に良い考えがある。だから黙って従え」


それにしてもその旅人というやつ落とし主と言って騙し取っても良い、それにこんな見るからに貧弱な娘軽くひねれば強奪も可能。

なのにわざわざ交渉を持ちかけてきたと言うことは。これ自体とんでもない武器になり得るからなのか?だとすると態々交渉に持ちかけたことには納得がいく。

それともその旅人というやつは真面目なのか。しかしみすみすそのチャンスを逃す手もない。


「まあいい、とりあえずは分かった。だが何故お前はそれを直ぐに手放さなかったんだ?高い金で交換すればそれこそお前の望む町やお前自身の富を得て結果貢献するだろうに」


彼女は申し訳なさそうに少し俯き、その後すぐ私の方を見上げ目を合わせながらいった。


「もちろん他の人の物だって分かってたからなんだけど・・・本当に凄い金額で交換して貰えるって聞いた時ちょっと悩んだんだ。いっぱい悩んだ、でもこれは私とリフレシアが掘った物。だから勝手に持ち出して人に見せたことは本当にごめんなさい・・・。けどこれは私とあなたの物、だから私一人で決めたくなかった。だからリフレシアはどうしたら良いと思うか聞きたかったの」


真っ直ぐな言葉だ。短い間ではあるが嘘は苦手な彼女のその言葉に俺は”利用されている”のでは無く”頼られている”。頼りない手下だが、こうも頼りにされているのは悪くなかった。


「呆れた。なら人に見せるなという約束を破ったことについては話を聞いていなかったということだな?」


彼女は居心地の悪そうな、何ともいえぬ顔でいつもの元気もなくし俯き始める。常にうるさいのでしばらくはこれで黙らせそうだなと思った。


「そうだな、なら今度こそ話を聞いて貰おうか」

「何でも聞きます・・・」

「今から言う事はお前の意思も意見も介入させん。そして実行して貰う」

「分かった。約束を破ったのは私だもんね」

「まず、それを渡さない。そしてそいつの使い方と何なのかを探る、まあ恐らくそれを奪おうとしていない事から多少の事は全てとは言わないまでもその旅人とか言う奴が教えてくれるだろう」

「教えてくれるかな?」

「そこで交渉が必要だ。俺を封印していた箱があるだろう?それを高くで売り払え」

「どういうこと?」

「目的のものである俺達が掘り出した箱を俺が封印されていた箱に偽装して渡す」

「でもこの箱自体はもうあの旅人の人見ちゃってるよ?それにこの箱とリフレシアの入っていた箱だと外見は全然違うよ?それに偽装って・・・」

「俺の持つ魔法なら例え魔法の手練れでも騙せる。クラーレのやつに褒められたくらいだ」

「クラーレ?でも私上手く話せないかも・・・」


それもそうか、それに上手く嘘をつけるかと言われればこの娘には難しくも思える。

小さくなりサニアの中に潜む事は可能だがもし相手が手練れの場合、魔力でバレる。交渉はサニアに任せる他無い。


「リフレシアはどうするの?」

「俺?」

「箱を偽装して手放すのは分かったけど、あなたはどうするの?」

「俺は一応飛べるからな。ここを去れば良いだろ?」

「リフレシアって人目につきたくないんでしょ?飛んでったりどこかへ移動したら見つからない?」

「・・・じゃあどうしろと」

「この近くに海があるんだけど。海辺の近くに地下牢があるからそこに入ると良いよ、その地下牢もう何もない上に砂で作られてるから探知?もされないんじゃないかな」

「なら一度俺をそこまで箱に直して連れて行け、そこで取引の打ち合わせをする」

「分かった」


その日、直ぐに俺とサニアで海辺に地下牢へ向かった。一応旅人の件もあるので彼女の力により目的の場所までサニアに箱の中に再び俺を封印し運んでもらう形だ。入っている箱の封印から目を覚まし、再び姿を現すと古く使われた形跡のある薄暗い地下牢がそこにあった。


「お前達の言う所の地下牢ダンジョンか」

「そうだね、もう宝もなければ危ない生物もいないし厄介者の住処にもなってない所謂廃墟ってやつだね。町の人が言うには昔倉庫にしようとこの地下牢を整備したらしいんだけど。町の人が年々減っちゃって使う程街に荷物が溢れる状況がないからそのままになっちゃったんだって。それに町からだとこの海辺まですごく遠いしね」

「成程な、人も早々に近寄らない訳か。では交渉についてだな」


早速、自身に使っていた箱を魔法で姿形の偽装を行った。あくまで一時的な偽装だが強力な魔法。

姿形や感触さえも同じ物へと変える上に匂いまでも瓜二つに出来る。ただし一度でも本物と違う点を見抜いた場合解けてしまうと言う魔法。基本的にはバレる事はないが、熟練の商人やハンターといった一部役職の者には気付かれてしまう。そう教わった。


「凄い・・・どっちがどっちか分からないね」

「本物は俺が預かる。あとはお前の交渉にかかってる」

「やってみるけど・・・どう話せば良いの?」

「安心しろ簡単だ。売る時に条件をつけろ、まずはそれの使い方と何なのかを聞け。それが嘘でも本当でも良い」

「なんで嘘でも良いの?」

「それがなんなのかは俺もお前も知らない、だから本当か嘘かの精査はつかないだろ?」

「うん」


「だが俺もお前もこれがどういう物かは分からなくても、その強大な力自体は知っている。だから下手な嘘をつけないし嘘をついた場合、それがヤバい物だという事が分かる。貴重なアイテムなら素直に言ってもいいだろ?勿論、貴重な物だと知って嘘をつく場合もあるが恐らくそれもないだろう。まさかお前がこいつの力をわかるとも思うまい」


「すごい・・・リフレシアなんか闇商人みたい」

「よく分からんが褒められてるのかそれ?」

「それで交渉ってそれだけ?」


「売る条件二つ目、提示した金額の倍額要求しろ。そして三つ目これが重要だ。なんでこれが欲しいのかを聞け」

「倍額って・・・私にくれようとしたお金でも凄い額だったよ!?それ以上ってそんな・・・それに欲しい理由も嘘の場合はどうするの?」


「言っただろ重要なのは何故これが欲しいかだ。嘘でも良い、だがこれを欲しい理由が嘘であれば嘘である程こいつのヤバさが分かる、それは一つ目の理由と一緒だ。そして重要なのはそいつ自身の力ではなく手にしようとしている人物自身だ」


「その人がどういう人かを探る為の条件って事?じゃあ倍額は?」


「払えばそいつの価値がヤバい事位その金額で分かりやすいだろ?それでのめないならまあヤバそうなレアアイテム位、その程度って事だ。もしそれで相手がごねるようなら交渉決裂しても構わない、なんなら倍額で売らなくても良い」

「え?どういう事?倍額で売らなくて良いなら言わなくて良いよね?」


「その代わり一つ目と三つ目、『これがどういう物なのか・どう使うのか』、『何故欲しいのか』は絶対に話す様交渉しろ。この二つを渋られるのが一番面倒だから、それ以上かそれ相応の条件が『倍額の請求』なんだ。もし一つ目と三つ目を断る様なら交渉決裂だ、それは倍額出すとしても。

もちろん金額倍出すからこの道具について教えないというなら交渉が決裂した所で、この道具の真の価値はそれである程度は測れる。第三者視点の恐らくこいつが何なのかを知った有力な人物との交渉だけでも価値はあるからな。

勿論、倍額で売り町に貢献しても良い。それはお前の勝手だ」


ポカンとした表情のサニアに不安を覚えながら「分かったか?」と訊ねると口をぽっかりと開けたまま何も言わずに首を縦に振る。上手くいかないまでもこの得体の知れないものを手放し富を得られるのであればサニアにとってはそれだけでいいだろう。

しかし折角の機会だ、これが何なのかも気にはなる。折角の有識者のご登場だ、情報を少しでも聞き出さず売り捌くのも勿体無いからな。


「あの、リフレシア」

「なんだ?」

「もう・・・無いよね?」


不安げな彼女の顔に引き攣った笑顔。恐らくもう覚えれるキャパでは無いのだろう、しかし言い忘れていたことを今思い出した。彼女の困る顔は実に見ていて楽しい。


「そうだな、あと一つある」

「わぁぁ・・・」

「なに簡単だ。どこで見つけたかどうして手に入れたかを絶対話すな。自分の情報は一切出すな、勿論俺の事もだ。いいな?」

「・・・分かった。じゃあ話をまとめるね。えっと・・・。最初に提示してくれた倍額を請求した方が良いよね?」

「そうだなどちらでもいいが、最初に金額の方から提示した方が後の条件を飲みやすそうではあるな」

「欲しいのは情報だもんね。それで何なのか、どうして欲しいのかを聞いて。それ以上は何も言わない・・・でいいよね?でももしこれが偽物ってバレちゃったらどうしよう」


「あっちから勝手に売ってくれって交渉してきたんだろ?もしそれが偽物だとして、お前みたいな華奢な人間がまさかこんな物に力があるだなんて思ってわざわざ手に入れたなんて思われない。せいぜいそこらへんで拾ってきたゴミとでも思っていたと言えば良い。偽物とばれた所でお前が素直に言わない限りは偽装したなんて思われない」


不安げな顔のサニア。嘘をついた事が無いのか自信が無いのか、どちらにせよ交渉出来るのは彼女以外にいない。


「心配するな。俺が言ったことを思い出しながら交渉すれば失敗しようが成功しようが問題ない」


万が一交渉相手が強行にで、サニアに危害を加え彼女の情報を逆に割られた時。

その時は俺が全て焼き払い壊せばいいだけ。まどろっこしい事はそもそも好きだは無いが、お人好しのサニアがそれを好まないに違いない。あくまでそれは最終手段としておこう。

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