10 ランブル

12


海辺で見た"砂上の夢"が見せた"龍"の姿に一致していた。

ニヤリと口を開き見せる刃の様な歯。

禍々しく黒と赤、青を軽く溶いたような妖しく光沢を見せる鱗の色、そして鋭く艶やかな目と爪。

「龍」独特の長い首に大きな翼膜、短く太い腕と脚に長く太い尾。


疑う余地も無く、「龍」その姿が目の前に現れた。

しかし、それ以上に今は弾き飛ばさたローライが気にかかっていた。


「ローライくん!大丈夫!?」


大声を出しながらも目の前に立つ龍の姿には一瞬足りとも目が離せなかった。

返事を聞いている余裕と集中力さえ無い。


「ローライくん!逃げて!とにかく走って!!」


返事はされたのか、それとももう逃げたのか、彼の方を向くことすら一瞬足りとも気を緩められない中、必死の願いで掛けた言葉だった。

目の前に立つ龍はその言葉を嘲笑いながったような笑みを溢す。


「おい、お前。連れ子は遠くでノビてるぞ?血も流して大変そうだな?助けてやらなくていいのか?」


分かっている、風を切る最初の攻撃に鈍い音がした。それは龍が着地と同時に砂埃に紛れて放った一撃がローライに目掛けていたもの、そしてまともに食らって耐えうるものでは無い事。

一縷の望みだ、生きているかすら怪しい。そんな最悪な事すら頭に過ぎり、彼のいる方へとチラリと視線を移してしまっていた。

悪手だった、やはり龍もその一瞬を逃す事は無く。再び龍の方へと視線を向けた時にはその巨体は風を纏うように飛びたち全身を使い突進して来ていた。

すかさず身体ごと這うように姿勢を低く屈むが、龍の巨体にある鱗がかすれコートを切り刻まれフードは裂かれ、身を隠すほどのコートは無惨な程にボロ布と一瞬で化した。


「かすめただけでコートがこんな!?」

「なんだ貴様、魔獣か」


素早く姿勢を立て直し、龍にいる方へ振り向くと既に目の前で腕を振り上げていた。腕の先から見える鋭利な刃のような爪は怪しく輝いて見え息を呑んだ。

瞬間咄嗟の反射で杖を腕に叩きつけると龍はバランスを崩し少し怯んだ様子を見せるが、顔はしっかりと私の方を向き、楽しそうに笑みを溢す龍の姿、その巨体からは想像し得ない身のこなしとバランスの良さ、"支配の龍"との戦いを回顧し恐怖した。


「やるな、魔獣風情が」


ニヤリと口を開くと、歯をカチカチと鳴らすと共に赤い火花を散らし。バランスは崩れたまま長い首を器用に動かし閃光のような炎を吐き出す。

切り刻まれたコートを脱ぎ捨て、盾のように大きく目の前に振り広げ炎を一瞬避け、力の限り飛び跳ねる様に地面を蹴りあげ転がり炎を回避する事が出来た。

[スターキャリアー]で支給される装備は数あるギルドや機関、部隊の中でも、防具の中でもかなり上級の物で防御力が高くちょっとやそっとではコート自体にダメージを受けることはそうそう無い、そんな上等な装備である黒いコートが炎によって一瞬の内に焼き切られる瞬間を目にしゾッとした。


「お前相当慣れてるな・・・」

「龍相手は死ぬ程してきたから」


ただ、この龍は別格。一瞬、翼膜に刻まれていた紋様が見えた。それは”厄災の龍”のみが付けられる刺青の紋様。

悪戯につけられるものじゃ無い呪いに近い代物、それに”厄災の龍”も他の龍同様滅ぼした。

それは他でも無い私達のパーティが成し遂げた事なのだから。

深く考える暇もなく次々に仕掛ける龍の攻撃を全力で一つ一つ回避することしか出来ず、体の部位という部位を軽やかに使い余す事も無い程に攻撃に応用し、全く好きの無い攻撃が無く。攻撃を遇い、避け、受け止める他動することも出来なかった。

依然攻撃する隙も遠くで倒れていると思われる彼の回復すら出来ない、ただひたすらに龍の攻撃の流れ弾に当たらない様少しづつ彼のいる場所から距離を取る様に龍の攻撃を捌くしか無い。


倒せないということを頭に置いた上で攻撃を捌き続けていてもイタズラに体力を消耗し不利な戦闘になるのは目に見えていた。

離脱、出来ない。戦闘、勝てない。ましてやローライを連れ逃げ延びることも出来ない、隠れる場所もない一面砂と小さな岩。

どう考えても最悪な展開しか考えられない。


いつしか息も上がり始め、魔力の消耗も激しい。最悪な事に砂漠の気温は上がり、龍の攻撃も当たりはしないもののカスることが多くなり自身への回復もこなさなければならなくなっていった。

呼吸は荒くなり、脱水状態になりつつある。これ以上攻撃を捌きながら避け切るのは難しい。

私に出来ることはもうこれしか無かった。


杖を地面に突き刺し、両手を大きく横に広げ無防備の状態を龍に見せる。降伏、交渉もうこれしかなかった。


「私の負けだ!もう戦う意志はない!」


龍はピタリと止まり笑う。


「降参?だからどうした?まさか降伏すれば殺されないと思ったのか?」

「思わない。でもこれ以上戦っても勝てる算段はもう無い」

「随分と潔いな。折角だ、どうせ死ぬなら戦い死ね」

「私は死んでもいい、だからあそこで倒れている子だけでも見逃して欲しい」

「あそこで倒れているガキをか?戦えもしない役立たずを一匹残した所で意味も無い、それにお前を殺した後あいつを殺せば良い話。それを願って何の意味がある?」

「言ったでしょ、もう手はないから、だからもうこうする他無い」

「お前、情け無い上に相当間抜けだな。お前はそんな戯けた事をぬかしいくらの龍を殺してきたんだ?」

「返す言葉もない」


一瞬シンと静まり返り。これでいい、今は1秒でも長く時間を設けたい。緊張感は続く中、一つの短剣が私の横を通り抜け龍の翼目掛け飛んで行く。

龍はヒラリと翼を羽ばたかせると短剣は風に飛ばされ情けなく地面に突き刺さった。

短剣が飛んできた方を見ると、血を吐き倒れたまま顔を上げリュックの中に手をやるローライの姿がそこにはあった。


「このクソドラゴンが!お前も何してんだよ!!クソ魔獣!!お前それでも伝説の英雄にいたパーティかよ!!どうせ死ぬなら戦って死ね!!!」

「ローライ君・・・生きてた・・・」


彼が生きていた事にホッとしたのも束の間、龍はニヤリと笑う。


「同感だクソガキ。交渉決裂だな、英雄様」

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