07 線香花火

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日も落ち始めて頃オアシス付近での野宿、今回は近い場所に二つのテントを建て火を焚き夜食の用意をした。

薬草、適当な肉や香味料にオアシスの水を使い鍋にする。もちろん栄養素や魔力回復や増進を主体とした材料ばかりなので味のところはいまいち。

日中ずっと探索に集中していたローライは味など気にせずガツガツと食べていた。成長期という事もあるのだろうか、子供の頃はなんでも良かった味も大人になると選り好みをしてしまう、舌が肥えているとなんでも美味しそうにいっぱい食べられる彼が羨ましく思う。


「美味しい?」

「不味い」


即答。


「まあ薬味や香味料入れても回復系統の薬草や果実、薬やらなんやらでそもそも味なんて期待してねえよ」

「美味しくならないかな・・・」

「贅沢言うなバカ、我慢しろ」

「怒られちゃった」


会話は途絶え、二人黙々と食事を口に含む中どこか遠くの方では”砂上の夢”による大量の砂が落ちる音が鳴り響く。

節々で会話が途切れ終わってしまう。口下手なのは自覚はあったものの、久しく誰かと行動をここまで共にしたのも久し振りだし、そもそもここまで会話量があったのもラック達のパーティに所属していた時以来のものだった。

そんな事を考え俯いているとローライがこちらを見ていることに気がついた。


「なあ、聞かないのか?」

「あ、えっ?何が?」

「海岸にあった足跡のこと、翌日行っても海の流れで消えてるかもしれないんだろ?どちらにせよ事前情報だけでも聞こうとか」

「教えてくれるの?」

「こんな旅さっさと終わらせたいんだ。長引くのも面倒だしな、お前と一緒に居たく無い」


彼はそう言っていた。ほんの少し手は震えていたのを見ると、きっと彼が見たものがなんだったのか怖くて仕方ないのだろう、不安の中何かが気になりしびれを切らし聞いてくれたのだろう。

しかし、今回の依頼には直接的には関係が無い事を考慮すると、あまり無駄に不安を煽るのも良くは無い。

あくまでローライを引き連れたのは"リオラ"の荷物を探し出す為、出来るだけ危険な状況は避けたい。

現在の状況が悪いのも事実、出来るだけ早く用事を済ませ、あとは"リオラ"の受けていた依頼はローライを帰還させた後に、またこの”トリル・サンダラ”に戻ればいい。そう考えていた。


「そうだ!!私ね前にね、ここから遠い"トワ"っていう国で面白いもの買ったんだ」


自分の鞄を漁り奥底にあった、くるくると長細く中に何か包まれた紙撚りの束をローライに見せ一つ手渡した。


「何だよこれ、煙草か?魔除けならもっと良いもんあるだろ。あんまり吸うと中毒性もあるし俺は好きじゃない」

「詳しいねローライ君。でも違うよ、これその国で親しまれてるおもちゃなんだって」

「そんなもん旅に持ってくんなよ。遊びに来たのか?」

「露店で見かけて面白そうだからつい買っちゃったんだよね・・・一人で遊ぶのもつまんないから一緒にやろ?」

「遊ぶっておまえ・・・」


それを聞き手渡したそれをポイと捨て立ち上がり、呆れた様子で言う。


「お前にはウンザリだよ、呆れた。こんなことする為に来たんじゃねえぞ」

「そっか・・・、じゃあ見てて」

「お前な!」


私は露店で見せて貰ったように、細長く巻かれた紙撚りの先端に焚き火の火を近づけた。

火は紙の先端に移り瞬く間に火は徐々に燃え上がり、紙から火花を散らし始める。両手程の大きさをした火花は色とりどりに光り多く広がるように弾け、それは魔法では到底表現出来ないほどに色鮮やかで綺麗なものだった。

誰かを傷付ける火花、生活の一つとして見る火花、それらとは違う優しく美しい、人の心を豊かにする火花。

その紙撚りが手元まで燃え上がる直前に静かに消えた。消える一瞬まで二人してその火花に目が離せなかった。


「"手持ち花火"って言うんだって、その国ではもっと大きくて綺麗な火花が見れるんだけど、私他の仕事もあったから見れなくて、これがその"花火"の携帯型だって教えて貰って買ったんだ」


彼の捨てたその手持ち花火と呼ばれる紙撚りを拾いもう一度手渡した。


「一緒にやろ、楽しいよ」


彼は静かに受け取り、焚き火の前に座ってさっきと同じように軽く火を近づけると、その手持ち花火は火花を散らした。さっきとは違う色や光り、綺麗な音もした。

ローライは自然と笑みを溢す。初めて見る彼の笑顔に嬉しくなった。そんな様子を横目に私ももう一本火を灯す。

一つ一つが違う輝きを見せ、違う色や形を見せた。二人それぞれ火を灯し続け、持っていた花火も数が僅かになってきた時、ローライは静かに呟く。


「師匠にも見せたかったな・・・」


十程あった手持ち花火も残り一本となった。そして最後の一本をローライに手渡した。


「今度はラックも一緒にみんなでやろうね」


手渡した花火を彼は受け取り、ニヤリと笑い私の目を見た。


「俺と師匠だけだ」

「仲間外れか~」


最後の花火が消えるその時まで二人して眼を奪われていた。静かな夜、消えかかる焚き火と、鮮やかに火花を散らす花火。火花が消え燃え尽きる花火を見届け、夜食の片付けをしようと立ち上がるとローライも立ち上がった。


「食器は俺が洗うからお前は鍋を洗え」

「え?じゃあ・・・、お願いしようかな・・・」


彼は食器を持ちオアシスの方へと向かい、続くように鍋を持ちその後を追うように近づくと「お前はあっちいけ」と少し離れた場所を指差し、離れた場所へ場所を移した。

未だ関係は良く無いが、少しずつ彼の心を開いていると、そう思いたい。


鍋を洗い終え、焚き火の方へ戻るとローライは薪を焚べ食器を拭いていた。


「食料や荷物はあとは1日分ってところだね、明日は海へ行ったら"トリル・サンダラ"の町で買い出ししよっか」


食器を拭き終えたローライは、持っていた鍋を奪うように取り上げ、渇いた布を取り出し拭き始めた。


「ありがと」

「なぁ、俺お前のこと殴ったんだぞ」

「ん?気にして無いよ」

「なんでだよ」

「まあ不甲斐ないのも事実だし、いつもの事だもん」

「・・・俺がお前のこと嫌いでもか?」

「うん、気にしないよ。それに私はどう足掻いても魔獣には違いない。嫌われるのは仕方ない、けど嫌われているからって、ローライ君の事を嫌いにはならないよ」


そう答えるもローライは黙って聞いていた。

続けて答える事にした。


「嫌いになるのって難しいんだよね・・・、ローライ君はなんで私のこと嫌いなの?」

「弱い所、師匠の足手纏い、魔獣、あと人に嫌いな理由をずけずけ聞く無神経な所」

「結構的確にあったみたい」

「まるで自分が嫌いな奴いないみたいな言い方するけど、そんなにお前人によく思われたいのかよ」

「別にそんなつもりはないけど、そうだな~・・・、苦手な人はいるけど別に嫌いではないし凄いところもあるから・・・」

「追加だ、そういうところも嫌いだよ」

「あえぇ!?なんで!?」


必死に今まで出会った人や魔獣等心当たりある物を思い出すが明確に嫌いになった事がなかった。

そんな事を見透かされていたのか、彼は怪訝な顔で質問した。


「お前まさか、”支配の龍”とか”厄災の龍”達にも嫌いじゃないっていうんじゃないだろうな?」

「え・・・、いや敵ではあったし酷いことはしていたと思うけど・・・」


それを聞くとキッとローライは私を睨みつけ持っていた鍋を勢い良く放り投げられた。

目掛けて投げられた鍋をとっさにキャッチし、彼の方を見ると握り拳を作っていたがそれはすぐ解かれた。


「やっぱりお前は心無い魔獣だよ、お前のこと大嫌いだ・・・」


自分が何を言ったか、ローライの前で示すべき反応では無かったと、その時やっと気がついた。


「俺、師匠以外でこんなに話したのお前位だったよ」

「あ・・・ご・・・ごめんなさい」


彼は背中を向け自分のテントへと戻っていった。私は悲しげなその後ろ姿を見て止める事も弁解も出来なかった。

とんでもない事をしてしまった。咄嗟の嘘さえつけず人を傷付けてしまった事へ深く後悔した。

嫌いなものを思い出した、成長しない自分自身だと。同時に今、気がついた。

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