04 みなも


その日は会話も無くただ日が落ちる手前まで静かに歩いた、只管に静かで長閑な道を進む。悲しくも木々や草の擦れる音だけが耳に入る、頬の痛みは気を逸らす場所も無くズキズキと主張する。

ラックならカッコ良く、あの子の手本となる様な良い所を見せられたんだろうな。と思うと余計に情けなくなる。任された故に恥ずかしさすらあった。


近くにある木々を使い簡単なテントを建て、日が暮れ始めてから眠るまでいつも以上に寝付ける事が出来ず、日記を書くが書き終えてもしばらく眠れなかった。ローライは少し離れたところで野宿をしていた事を焚き火で確認出来た。

気にはかかるが話しかけ辛さはあった。自分から掛けるべき言葉は無い。


翌朝には支度を済ませ、彼のいるテントの方へと行き「おはよう」と声をかけるも顔を見てそっと目を逸らし身支度を整える。


「先行くね、ローライ君」


ヒリヒリとする残った顔の傷と痛みを気にかけカバンから保冷された小さな水袋を当てながら歩く、自身の回復はとても苦手で微かに痛みと傷は残るが時間が経てば治るので問題は無かった。

たまに後ろを歩くあの子を気にかけ振り向くと、俯きながら歩いていた。


「もうそろそろ着くから、近くの森に入って川辺で水汲もうか」


そう一言彼に告げ、森の方へと方向を変え走っていった。それを追う様にローライも早足で森の方へと向かう。

森へ入ると直ぐになだらかな坂に水が流れ、少し深い大きな川があった。

"トリル・サンダラ"手前にあり名の無いこの森にラック率いるパーティはここで休息をとった事が何度もある思い出の地だ。


「ここ懐かしいなー、昔皆んなで来たんだ」


靴を脱ぎ川の方へと入り空の皮袋に水をこれでもかと言うほど入れローライの方へと投げた。

彼は腰を下ろし水の入った皮袋を受け取り、河岸の方へ座り込んだ。その後もいくつか声をかけるも、いまだに会話は出来ず一方的な掛け声になっていた。

十分にいくつか皮袋に水を入れ岸の方へ戻りカバンに詰め込み、彼の方を見ると彼は座りながら遠くを見つめていた。これから”トリル・サンダラ”へ目的の荷物を探索する上で連携ややりとりは必須になる、このままでは不味いと考え、荷物を整頓する振りをしながら思考を巡らした回答がこれだった。


「そういえば道中凄い汗かいちゃったし汚れも落としたいし川入っちゃお!」


コートを脱ぎ、川へと走り出した。わざと大きく水飛沫をローライの方へと向け上がる様に勢いよく飛び込み、全身ビショビショになりながら両手を大きく手を振った。


「ローライ君も入ろうよ」

 

その一連の行動に驚いた様子でローライはポカンとした表情を見せたのち、私の胸の辺りを見るや否や直ぐ様顔を隠し怒鳴った。


「お前女かよ!!」

「へ?」

「コート一枚で移動してんのかよ!このド変態!!」

「メスだけど・・・私魔獣だよ?」

「あ、そうか・・・」


彼は納得したのかこちらの方へ向き直って直ぐ様目を逸らした。


「いや!お前服着ろ!なんかダメだ!!普通じゃ無い!!」

「人間と違って体毛が多いから着重ねしにくいし、予備の服無いんだよね」

「じゃあさっさと、川から上がってコート着ろ!!!」

「気持ち良いのに・・・」


会話の取っ掛かりに成功はしたものの、体が乾くまでの間明らかにさっきより距離を取られている。

「ごめんね、乾くまで待ってね」

「この・・・・」

ローライは握り拳を作るも直ぐ緩めため息をつく、少しの間を開け口を開き話を切り出したのは、彼からだった。


「なあ、なんでお前顔の傷直さないんだよ、当て付けか?」


話しかけられた事に一瞬驚き、言葉を選びながら考えていると、変な間を作ってしまい気不味い空気が続いてしまった。

「私、自分の傷治すの苦手なんだ・・・やろうとするといつも中途半端で上手くいかないんだ」

「自分の傷も治せない奴が、回復役なんて戦闘するやつは不安で仕方ないだろうな」

「アハハ・・・そうだよね・・・、ごめんね。でもしばらくしたら治るから大丈夫、体は丈夫だから」

「そんなの気にしてねえよ、話してないで早くなんかで体拭けよ。裸で目のやりどころ困るから」

「服着てる方が不思議がられるんだけど」

「服を常時きてた奴が急に裸を当たり前の様に語るな」

「”郷に入れば郷に従え”ってやつ?」

「なんだそれ?」

「ラックの親友のユージーっていう人の生まれた国の言葉らしい、その人の国に入りたければ、その国のルールに従えって、意味だったっけ?」

「変なの、生まれも育ちも言葉も違う人間が見知らぬ土地のルールを知らなきゃいけないなんてさ」

「難しいかもしれないけど、本当に必要なのは尊重や尊敬を持って相手と接する事なんだと思うよ」


荷物の入った鞄から適当な体を拭えるほど大きな布を取り出し体を拭き、布を絞りまた拭きを繰り返す。

その様子をチラチラと見る彼は軽く咳払いをした。


「なあ、お前あの時あの岩で出来た虫みたいな魔獣、その杖で叩いて怯ませたよな?」

「うん、そうだよ」


そう答えるとカバンに刺さった私の杖をローライは指差した。


「その杖もしかして、凄い強いのか」

「全然、私の住んでた栖にあった魔術師の死体の上から生ったって言われる木から作られた杖で、昔銅貨3枚で売っちゃって買い戻した物だから。その時でも銅貨6枚だったかな」

「そんな杖で戦ったのか」

「流石に”支配の龍”の時には使えなかったけどね、というか無かったんだけど。でもなんでそう思ったの?」

「・・・いや、あいつ一撃でのしたからてっきり武器が強いんだって」

「今までの戦いの経験値ってだけだよ、初見の魔獣や妖虫でもだいたい見れば相手の弱点や、間合いとか力量とか分かるんだ。あの魔獣は外殻が硬いけど、柔軟な所や素早い所を見るに中は柔らかいから打撃には弱いかなと思って」

彼は鼻で笑い言う。

「お前みたいな戦えもしない、自分の回復もままならない直ぐ逃げる様な奴が経験?経験っていうのは敵を倒せば倒すほど体に染みつく直感と反射神経の事を言うんだ」

「それもそうかもね、でもね、逃げても良い。大切なのは相手の動きを良く見て観察して相手や地形や環境を見てどう適応して生きてきたのか知る事で戦わなくても経験になるんだよ。ただ只管に武器を振るい、力の押しつけで勝ててもいつか力だけが戦いの全てになっちゃってどこかでつまづくんだよ。そして何より死なない事」

「弱いくせに説教か、説得力のない中身の無い内容だな」

「ラックが教えてくれたんだ、その後に『お前は戦わなくて良い、だけど俺と相手を良く見ろ。怖くなったら逃げても良い、俺が守ってやるから』って、カッコつけてね」

「師匠が・・・」

「ラックには中身が無いって言ったこと黙っててあげる」

「あ!!お前」

「これでおあいこね」


そう言い傷のついた頬を指差しニコリと笑みを見せてやった。

初めてしっかりローライと話せてとても嬉しかった、少しは仲良くなれたと勝手に思う事にした。


これだけ話しが出来ることは、良くも悪くも今後の連携に関わる。それに少し彼の事が知れて嬉しかった。

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