2.5 宇和時那、奪還作戦。


イファニは今、重大な局面に直撃していた。

体が赤ちゃんであるが故の、最大の問題。それは…、



「もう、漏れそうだ…!」


イファニの顔がみるみる青ざめる。


「大丈夫だよ。オムツしてるし、僕が変えるよ。」


「嫌だあ!!ヴァンダグラム国王子である、このわたしが!ガキに漏らしているところを見られる上、オムツを交換してもらうなどとーー!!」


「はいはい行くよ。」


ベビーカーを押し、僕は多目的トイレへと進んだ。

しかし、イファニが足で何回も抵抗するもんで、かなり時間がかかってしまった…。



「ふう。スッキリした。気持ちいいものだな。一回交換してもらえば、百回交換してもらっても変わらん。次も月吉、頼むぞ。」


切り替えが早い人で大変助かる。

こういうところは素直に羨ましい。


「それにしてもなんだ?この音は??」


ドォン…ドォン…。という低音が断続的に聞こえてくる。

その音は、ドームからだった。


「 もう始まっているではないかっ!?」


イファニが便を垂れている間に、セルメオライブは始まっていた。


「クソッ!ステージに上がられる前にルカフを攫う計画が台無しだ。このままではライブ中にどんな『命』の能力が発動するかわからんぞ!!」


「今から行くライブって、セルメオですよね?過激なファンが多くて有名だと聞きましたが……。」


梢さんが不安そうに、イファニに訊いた。


「多分だが、無意識に喋った台詞や歌詞で、見ている奴らが強制的に動かされているだけだ。それがセルメオの魅力。なんてのもテレビで言ってたな…。アイドルというのは結構何でも魅力に変わるものだな…。」


「ライブ中では、月吉殿一人の声などルカフお嬢様には届きません。それどころか、もし宇和時那殿がルカフお嬢様だった場合、ぼっちゃま同様『命』の能力は相殺されてしまいます…。いかがなさいますか…?」


仕方のないことだが、イファニの便からとんでもないことになってしまった…。


「よし、プランBだ。」


イファニは自分の元へ集まれと、手招きする。

僕らはイファニの声に聞き耳を立てた。


「わたしとバスタは関係者席からお前達に指示を送る。指示はこれを使ってやりとりする。」


イファニはベビーカーからあるモノを取り出した。

渡されたのは、スマホとワイヤレスイヤホンだった。


「こんなのどこから…?」


「新幹線に乗ってる時に、10人くらい束になって雪崩起きたろ?そん時にな。」


イファニは懐からもう一つスマホを取り出す。


「電話を繋げれる状態にはしてある。そのワイヤレスイヤホンをノイズキャンセリングにしてどうにかわたしの声がギリギリ聞こえるレベルだ。最大音量にして注意して聞けよ。そして梢、君は月吉をできるだけ宇和時那の近くまで誘導しろ。その体だと大人の間に入るのは苦労しそうだからな。最終的には肩車をしても良い。ごちゃごちゃ言ってくるやつは月吉が黙れと一言。わかったか?」


「はいっ!」


梢さんは両手でガッツポーズを決める。気合い充分そうだ。


「そして月吉、お前は残り四人のアイドルを『命』の力で操作し、宇和時那をドームから出せ。指揮はわたしが執る。」


「頼んだよ。イファニ。」


僕はスマホをポケットに入れ、イヤホンを耳につける。


「では、作戦開始だ。」


宇和時那、もといルカフ奪還作戦の実行が宣言された。



まず僕と梢さんは、警備員を利用し、中に入れるよう命じた。


ドームの中は圧巻な光景だった。

七色のレーザー光線が四方八方へ照射され、重低音をかき鳴らすスピーカー、人の応援、大音量の音楽がドーム全体を揺らす。

初めて見る世界だった。


「月吉君、アリーナ席まで一気に降りましょう。」


梢さんは僕の手を繋ぐと、ドーム内の階段を駆け下りた。


アリーナ席では、気味の悪い光景が広がっていた。

人がワチャワチャとくっついたり、離れたりだ。


「これは…、そういう振り付け…?」


「バスタに聞けば、磁石でくっついたり離れたりする人間関係を表している歌だそうだ。時那にこれ以上歌を歌わせるな。」


ますます最前列に進みづらい状況になってきた。


「梢さん…。どれが時那さんかわかります??」


セルメオを全く知らない僕から見れば、五人体勢のアイドルグループは、姉妹にすら見える程の似具合。

誰がどんな名前なのか、さっぱりだ。


「うん!なんとなくわかります!でも、時那さんに『命』の能力ってのは、相殺?されてしまうと聞きました。」


イファニの推理通りだとすると、宇和時那はルカフ・モトフィーバー。イファニの妹。

ということは、『命』の能力を生まれつき持っていたということ。

『命』の能力はイファニと同じく、相殺という形で弾かれてしまうというわけだ。


「おい。月吉。今どこだ?」


イヤホンからイファニの声が聞こえる。


「ええと…、アリーナ席ってとこ!」


「そんなことはわかっている!!何列の何番目の辺りにいるかと聞いているんだ!」


「梢さん。ここってアリーナ席の何列の何番目??」


「え、えと…。」


周りはパイプ椅子から立ち上がった人でいっぱい。

何列の何番なんて表はどこにも見当たらなかった。


すると…、


「こらこら君達…、ここは…。」


「どいてください。」


「失礼しました。」


食い気味なスタッフを、食い気味で避けつつ、アリーナ席のど真ん中を突っ切っていく。


「イファニ。ど真ん中の通路だよ。」


「ほうほう。見えるぞー。」


どこから見ているのかわからないが、イファニはちゃんと僕らを見てくれている。

背中を預けたみたいに安心できる。


そしてついに、肉眼で宇和時那を見つけた。


「イファニ、見つけたよ。君の妹。」


揺れる淡い朱色の長い髪が、踊りに合わせて艶を輝かせる。

スラッと伸びた足に、映える衣装着のフリルがなびく。


それが、宇和時那だった。


「月吉!隣に並んでいる女共を操作して、時那をこちらへ飛び込んでこさせろ!!ダイブ演出と思われれば良い!」


このアイドルって、そういうイメージではないんじゃないか…?

これは、ゲームだ!ゲームだと思えばいい!!

四人のプレイアブルキャラクターを操作して、時那を僕のところへ誘導する!簡単だ!いける!いける!!

まずは場所の確保からだ!


「すみませーん!ここ通りまーす!通してくださーい!!」


僕が連続でそう言いながら歩くと、アリーナ席にいた人が二手に割れ、道ができた。


宇和時那への、道が開いた。


「うう…恥ずかしい…。うち、よく考えたら何してんのやろ…。」


梢さんがモジモジしながら僕の後を追ってくる。

この状況に慣れた僕は、きっと少しは心が強くなったのだと実感する。


ようやく最前列へと到達し、セルメオと対面する。


「イファニ!ここまで来たよ!!どうする!?」


「隣の青髪は誰だ?」


イファニが質問する。

時那さんの隣にいる青髪の人、名前は…?


「ロノロちゃんです!うち知ってます!」


「流石ですよ梢さん!!」


「どけぇ!! 時那ちゃんは腹が痛いのだ。便所に行くから道を開けろ!!と言えとロノロに命じるんだ!!」


「どけぇ!!時那ちゃんは腹が痛いのだ。便所に行くから道を開けろ!!と時那さんに言わせて下さい! ロノロさんっ!!」


「どけぇ!!時那ちゃんは腹が痛いのだ。便所に行くから道を開けろ!!」


あーもうむちゃくちゃじゃないか…。


最前列からはゾロゾロと出口まで困惑した人達の花道ができた。


「え!?なになに!?わたし、別にお腹痛くなんかないよ!?」


時那さんが必死に否定する。



「ワミボッッッ!!」



空から声が聞こえた。


上を見上げると、屋根の機材やクレーンカメラを伝って駆ける狸の姿が見えた。


「バスタさんっ!!イファニッ!?」


「月吉、強くなったな!」


バスタさんの背中に乗っていたイファニは、哺乳瓶を僕らの頭上へ落とした。

その哺乳瓶は分解し、変形を始める。





「ワミボ隊!全員でルカフを確保だぁぁーー!!」


時那さんは首根っこをミカドキジに掴まれ、空を飛び、出口まで飛び去る。


「きゃああ!!助けてええーー!!!」


動揺した時那さんは大声で空中で言い放った。

その大声は、ドームの全員に響き渡った。


「まずいぞ月吉!早く逃げろっ!!」


ドーム中から足音が聞こえてくる。

後ろを振り返ると、スタンド席、2階、3階全ての通路から大量の人間が落ちるように向かってくるの見えた。


「月吉君っ!!」


セルメオのファン達が息遣いを荒くして、僕に向かって襲ってくる。


「うわあああああっっ!!」


ワオキツネザルとボストンテリアは襲ってくる人達に踏み潰され、粉々になる。

群が渦となって、もみくちゃのまま山になっていく。


僕と梢さんは全力で出口まで走ったが、人の渦に呑み込まれた。


人の体重で圧迫され、身動きが取れなくなったその時、


人と人との隙間から、人の波に乗って駆けている狸が見えた。


その口元には、マイクが咥えられていた。


そのマイクが僕のもとに届く。


僕は思いっきり叫んだ。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る