2.4 東京、進出。


「月吉、バスタ、梢。東京に着く前に、伝えとかなければいけないことがある。」


イファニは改まって僕らに注目を集めた。


「まず、わたしの妹、ルカフの奪還作戦についてだ。梢には全くわたし達の素性も目的も教えずにすまないな。だが時間とわたしの労力が惜しい。何も考えず、わたしのいうことを聞き、ついてこい。いいな?」


「は、はい!!」


梢さん…。いいのか…。それで…。

児童に舐められ、先輩の言いなりがうんざりで、保育士という仕事を辞めようとした矢先に、0歳児から散々言いなりにされるなんて…。

でも僕にはどうすることもできない…。

僕もこの人を利用している内の一人なのだから…、ごめんなさい!!


「ルカフは、セルメオと呼ばれる韓国で活動しているアイドルユニットに所属する一人、宇和時那うわときなという人間に逆転生している。私と同じようにな。現状、元の世界に戻る方法がわからない以上、わたし達の元に連れ戻し、保護する他無い。モトフィーバー家を集結させ、元の世界に帰る。そしてこの体の持ち主、凛香を月吉、お前達家族に返す。それがわたしの最終目的だ。ここまではいいな?」


僕と梢さんは首を縦に振り、頷いた。


「そして、その奪還作戦を今から説明する。いいか?月吉には前にも言ったが、このわたしが説明している時はツッコミを入れるなよ?質問は説明が全て終わってから聞く。」


僕と梢さんはもう一度首を縦に振り、頷いた。


「セルメオのライブは、東京にあるドーム内で行われる。わたしたちは月吉の『命』の能力で裏口から侵入。ステージに上がる前に、ルカフを攫う。簡単なことだ。わたしの作戦に一度たりともミスと言う言葉はなかった。大丈夫。必ずやれるぞ。」


僕と梢さんは再度、首を縦へと振る。


「もう一つ、懸念すべきことがある。」


「懸念?」


「気になることだ。それはもちろんの事だが、さっきわたしを攫った男だ。」


イファニを攫った青く光る瞳の男…。


「イファニ、あれって多分…。」


「考えている通りだ。あの青い瞳は、『命』の能力が発動している合図。命じられた人間が、私を攫おうとしていた。これがどういうことかわかるか?」


「まさか…。」


ゾッとした。

さっきの出来事は、偶然運が悪かって狙われたなんてもんじゃすまないことだったんじゃないか…?」


「新大阪駅に、わたし以外の『命』の能力を持つ者が、あの男を動かし、次の駅である京都駅に着いたところで、わたしを攫おうとしたということだ。つまり、モトフィーバー家の誰かがわたしと接触を試みた!しかもすれ違い様もあり得るくらいの近距離でな。」


モトフィーバー家の王子や王女達が、物凄い近くにいた…?しかも、向こうから誘拐をしかけてきた…。

もしかしたらまだ、この新幹線のどこかにいるのかもしれない…。


「ワミボは、このままでいい。防衛策としてこの3匹に見張りをさせる。だが、多分この新幹線にはいない。わたしがいる限り、能力を放った瞬間、相殺される感覚を感じるはず。それはモトフィーバー家が全員知っている弱点。だからわざわざ新大阪駅で男を捕まえ、新幹線内に差し向けたに違いない。」


「ルカフ様じゃないとすれば、残りは三人…。一体どなたがこのようなことを…。」


「考えたって仕方のないことだったな。今はルカフが先だ。気合い入れていくぞ。」


イファニは手の甲を前に出した。


「懐かしいですな。この雰囲気。ぼっちゃまの運動会の時を思い出します。」


バスタさんは、モフモフの肉球を凛香の手の上に乗せた。


「じゃあ僕は、凛香と、イファニ達の為に。」


僕もバスタさんの狸の手の上に同じように手を乗せた。


「月吉、お前程頼れるガキはいない。お前の元に転生できたことを誇りに思う。いつか、お前がもしヴァンダグラムに来ることがあれば、友達になろう。」


イファニからの信頼を感じる。

僕の頬は緩んだ。


「えと、うちは…、この性格を治せますように!」


梢さんもポンと僕の手の上に手を乗せる。


「願い事じゃないんだから……。」


「よし!ルカフ奪還作戦。気合い入れてかかるぞ!!フィーバアアアーー!!」


「フィー?バア?」


「フィ、フィーバァー。」


「…!フィーバー!!」


残り全員の掛け声は、一つも揃わず、東京駅へと着いた。


ガヤガヤと絶えず喧騒が舞うホーム。

どこまでも続く案内板。

突き抜けるビル群。

久しぶりの都会の空気だった。


デジタルサイネージの広告では、セルメオが、構内は禁煙です。と知らせる広告が流れる。



「セルメオ、だったんだ…。」


僕達は、とうとう大阪から東京まで来れてしまった。








「新幹線初めて乗ったんですよー!」


「え!?うちもです!かなり快適でしたよねえ〜。」


梢さんと他愛のない話をしながら、東京駅を練り歩く。

良かった。アキレス腱はぶった切れてないみたいだ。

しかも哺乳瓶を投げて強烈な痛みを与えたのも僕とは思ってないみたい。


「あ、ちょっとタバコ吸ってきてもいいですか??」


「はい!じゃあ僕もトイレ行ってきます!」


梢さんは喫煙所へ、僕はトイレに行こうとした。が…。


「おい。これはいつになったら元に戻るんだ?」


イファニはベビーカーから頭上を指さした。

ベビーカーの上には、例のワオキツネザル、ミカドキジ、ボストンテリアがそれぞれちょこんと座っていた。


「わたしはいつになったらミルクを飲めるんだ!!」


「あ!東京駅なら作れる材料いっぱいあると思うよ!普通の哺乳瓶も必要だしね。」


僕らは、東京駅地下の雑貨屋で哺乳瓶を買い、(『命』の能力によって受け取り…、いや、強奪し)、喫煙から戻ってきた梢さんによってミルクは完成し、ようやくイファニの口へと運ばれた。


「あまり、美味しくない…。我慢だな…。」


不機嫌そうなイファニを連れて、電車を乗り継ぎ、ついにドーム前へと到着した。


「やっとか…。長かったな…。」


「一年、ですね。おぼっちゃま。」


「ああ。本当に長い一年だった。久しぶりの妹との再開だ。かっこよくいくぞ。」





僕はベビーカーを押し、ドームの裏口へと向かった。


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