東京篇

CHAPTER:02 緊急来日、セルメオライブ!

2.1 6歳と0歳児と狸が、新幹線に乗れた唯一の手段。


僕らは今、窮地に立たされていた。


「僕、名前は?親御さんの名前とか教えてくれるかな?」


立たされていたのは、新幹線の改札の前という窮地。


「月吉、あの頭の固い駅員に通せと言うんだ。早く!!今『命』の能力を使えるのは月吉、お前だけだ!!お前にしか、凛香とわたしの家族は救えない!!」


「月吉殿!!」



経緯を説明したい。

6歳と0歳児と狸が、新幹線に乗れた唯一の手段を。








CHAPTER:02.









始まりは、家を出発してからすぐの朝。

周りは田んぼと砂利道の場所からだ。


「いて、いてて!!」


ベビーカーが砂利を踏み進み、ガタガタと凛香の体を揺らす。


「もう我慢ならん!!なんでわたしがこんな目に…。」


「この狸の体では力不足…。不甲斐ないです…。」


イファニもバスタさんも疲弊していた。


ベビーカーを押しながら歩き続けて、20分くらい経っただろうか?

僕らはまだ車に乗せてもらえていなかった。

車はたまに通るが、イファニの『命』の能力は、運転手には通じない。なぜならば……。


「声の音量に限界があるなんて…、盲点だった…。」


『命』の能力とは、命じ、対象者がその命に対し、命じられたと認識する必要がある。

この場合、車に乗っている彼らに、イファニが喋れるとは言え、声帯もまだ未発達、しかも音声ソフトの声であると、音量が欠ける。

つまりは、対象者に自分の声が聞こえていなければ、ただの痛々しい独り言になってしまうということだ。


「こうなったらあれ、やるしかないか?」


イファニはバスタさんの顔を見て、両手の人差し指を向かい合わせてくるくると回す合図を送る。


「あれ、でございますか?」


「あれって…、何?」


「月吉、今まともに行動できるのはお前しかいない。」


「え!?どういうことどういうこと!?」


「トレード、でございます。」


トレード…?


「トレードって、何の事?」


「『命』の能力はな、移動が可能なんだ。」


「移動…?」


何か、嫌な予感がした。


「左様。『命』の能力とは、モトフィーバー家だけが持てる無敵の能力。しかしその能力は、の人間に譲り渡すことが可能なのです。いわば見えない物質、または生物のようなもの。」


「月吉、わたしの能力を一時的にお前に渡す。お前がわたしの『命』の能力で道を開け。今はお前しか、この能力を最大限に発揮できるやつはいない。」


「ええええーーーー!!!僕がやるの!?」


「ああ。それもこの能力を渡すのは生涯、お前が最初で最後になる。」


「どうして…?」


「この能力は魂を紐づける必要がある為、この人と決めた一人だけにしか、共有し合うことができません。モトフィーバー家では婚約した相手に魂を紐づけるのがほとんどでありますが、ぼっちゃまは今、月吉様をその一人に選んだのです。」


「ちょちょちょ、ちょっと待って!小学一年生には難しすぎるよ!!」


「時間が無い。お前の理解など待っている程、わたしは安くない。紐づける手順を説明するぞ。」


僕に悩んでる余裕も時間もないみたいだ。


凛香を救うためだ…。凛香を救うためだ…。


僕は両の頬をパチンと叩き、気合いを入れた。


「わかった。聞くよ。」


「まず喉を二回揉む。」


イファニが凛香の体を使って、喉を二回揉むフリをした。

僕は言われるがままに、その行動を真似た。


「そして喉を揉んでいた手をそのままに、下唇を噛む。」


イファニは下唇を噛んだ。

僕も同じように下唇を噛んだ。


「あとは思いっきりフィーバー!!と叫べ!」






「フィィィィーーバァァァァアーーーー!!!!」




「良い声だ、月吉。」


凛香の艶やかな髪がふわふわと浮かび始め、吸い込まれそうな丸い瞳は、まるで周りの光を吸い込んでいるように青く輝き始める。


「共有成功だ。試しにバスタに命じてみろ。」


「え!?あ、わたくしですか…?」


「じゃあ…、バスタさん。車を停めるために、道路へ出てもらっていいですか?」


「なにいーー!!!命懸けのヒッチハイクーー!?」


「はははは!たまに怖いなあ月吉は!」


バスタさんは、狸の姿で道路の真ん中で腰を据えた。


「確かに…、成功でございます…。体が月吉様の言うがままにしか動きません…。」


「あ…。」


道路の向こう側から軽トラが向かってくる。

真っ直ぐな道なので、当然狸が道路の真ん中に座っているもんで、ゆっくりと速度を落として、停止した。



「言ってみろ、月吉。今のお前は世界を統べれる。」



僕は、車のドアの前に立つ。

作業着のおじいさんが運転席に座っていた。

窓をレバーをくるくる回しながら開けてくれた。


「どうしたん、こんな道の真ん中で朝早くに。狸追いかけてきたんか?危ないよ。」


僕らを心配そうな顔して見つめてくる。

当たり前だ。小学一年生がベビーカーを押しながらこんな朝早く道路を歩いているのだから。

緊張を振り払い、僕は意を決しておじいさんに命じた。




「僕らを乗せて、新大阪駅まで向かってください。」






ここまでが、駅まで来れた経緯の全てである。

バスタさんは僕の背負うリュックの中へ入れ、あとは切符を買わずにどうやって改札をくぐるかだけど…、




「通してください…。」


これ、毎回緊張する…。

スカしたらかなりまずい状況になり、家に連れて帰されるどころか、学校側にも連絡がつきかねない。

ハラハラと駅員を見つめながら、生唾をごくりと飲んだ。





「かしこまりました。」


僕の頭で、くす玉が開く。


「やったーー!!」


「お見事です。月吉様。」


「すごいよ!気持ちいいよこれ!!」


「ふん。当然だ。」


全ての大人が僕の一声で、言うことを無条件で聞いて動いてくれる。

本当に世界、統べれてしまいそうだ。

この能力で、イファニは王子になったんだと思うと、納得ができる。


駅員が機械を操作し、改札が自動で開いた。

僕はベビーカーを押し、改札を悠々と通ろうとしたその時だった。


「おい!何をやっている三柴!」


後ろからもう一人のベテランそうな駅員が間に入る。


「今の見ていたぞ。どう見ても子供だ。何も聞かずに通して、後々の事がわからんのかね。」


どうやら先輩みたいだ。僕らの前で熱く説教をし始めた。


「どうする?イファニ…?」


僕は小声でベビーカーに向かって訊いた。


「ちっ。日本の社員というのはどうしてこう融通が効きづらいんだ。頭の固いやつが多すぎて困る。」


イファニは手で口を隠しながら僕の耳元で話し始めた。


「どけ。頭の固いお前らに何を言っても後々の事なんて理解できない。もう一度だけ言う。通せ。と言え。」


「言えないよそんなの…。」


「凛香を取り戻すのには……、」


「あーもう!わかったわかった!」


話を途中で切り、僕は決心して駅員に言った。


「通してもらえないですか?僕らには難しい事情があってどうしてもここを通らないといけないんです…。」


「ん。詳しく聞こう。とりあえず駅員室が向こうにあるからそちらに来なさい。」


あれ…?おかしいな。効いてない?


「バカか…。疑問文で命じられたと認識できる人間がどこにいる?『命』の能力は、きっぱり命じないと効かないぞ。」


「さあ早く。親御さんはどこだい?」


くっ…。やるしかない…。


「いいからさっさとここを通してください!!新幹線の時間に間に合わなくなっちゃいますよ!!」




「かしこまりました。」




「よく言った!月吉!!」


だんだん自分の性格がねじ曲がり始めるのを感じる。

この旅では、他人に気を遣うとか、他人の事を考えて動くってことが一切できない。

自分の事情を最優先に、押して押して押しまくらないと、先に進めない。

周りの全てを、自分の都合に持っていく勇気が必要なんだ。


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