1.6 日常からの脱却、その門出。


正直な所、かなりワクワクしていた。


誰もがしたことのない体験、乗ったことのない新幹線、日常からの脱却。


僕が待っていたのは、そんな不特定多数の人間には経験できない非日常だったのかもしれない。


しかし早朝、鶏も挨拶しないくらい暗がりの空。

僕は想像できたはずの重大な局面に直撃した。


それは、





「はあ!?不可能だあ!?」


「凛香と僕が1日中家を出るなんて、どういう理由作ったらいいのかわかんないんだよ!」


そう、0歳と6歳が大阪から新幹線で東京に行き、ライブに参加する為に用意できる家族との口実だった。


「可愛い子には旅をさせろっていうだろう。」


「まだ家族にとって可愛すぎるんだよ凛香は!家にいたって誰かが必ず凛香を見てるし、僕が任せられるのは家に二人以上家族がいた時だけだよ!一人でも任せられないのに!」


「月吉、凛香を取り戻すにはこの方法しかないんだぞ。」


「わかってるけど…、6歳にはできないことが多すぎるんだよ…。」


悔しい。凛香を元に戻したい気持ちはあるのに、僕にできることは何もないんだ。


「よし、ならやむを得ない。バスタ!」


「お許しを、月吉殿。」


バスタさんのつぶらは瞳がキリッと引き締まる。


「だめだよ!」


「まだ何もしてないぞ?」


「全員1日中気絶させてから行こうとしてるよね!?」


「すごいな、お前心が読めるのか?」


「目を見たらわかるよ!」


この凄腕の狸なら、やりかねない。

昨日姉ちゃんはあの後、夜の10時までぐっすりだった。

起きた途端、疲れてんのかなーとか言いながら部屋に戻っていくのが見えた辺り、凛香が喋っていた記憶は全て吹き飛んでいるに違いない。しかしだ…。


「イファニは確かに無敵だと思う。でも今は凛香の体だよ?ご飯だって食べれるやつと食べれないやつがあるし、ミルクだって必要だよ。」


「そこなんだよなあー。この体本当に不便なんだよ。」


痛いところを突いてしまったらしい。


「良い事を思いついた。」


イファニは手のひらにポンと拳で叩く。


「駅で通勤途中の保育士を旅の仲間に迎え入れ、この体の世話をさせよう。大人が仲間になれば今後も動きやすいだろう。」


まためちゃくちゃを言い出した。


「保育士って、どうやってその人を保育士って判別するの…?」


「もう面倒くさいなお前は。何もかも計画しないと外にも出れないのか?そんなんで楽しいのか?」


そう言われると、なんか僕が間違っている気にもなってきた…。


いや、流されるな!


「それに、わたしは運が良い。大丈夫。わたしの旅は必ず上手くいく。」


羨ましい程に、自己肯定感が高いイファニを見ていると、何だか本当に頼もしく思えてしまう。


いやいや、流されるなって…!


「月吉、ベビーカーを持って来い。新幹線の時間に間に合わなくなる。バスタ、さっさとここの住人を…。」


「ちょっと待って!わかった。ベビーカー持ってくるからもうちょっとだけ待って!!」


「わたしに命令しているのか?」


「ぼっちゃま。待ちましょう。」


バスタさんは僕の顔を見て、理解してくれたようだ。

バスタさんがイファニをなだめている間に、みんなが寝ている部屋へ向かった。


「おばあちゃん…。じいちゃん…。」


二人はいつも凛香と一緒に三人で川の字で寝ている。

起きた途端、真ん中にいるはずの凛香の姿が無かったとしたら、どんなにパニックになるだろう。

もう少しで日が昇る。

早く決心しなければならない。


「必ず、凛香を取り戻すから…。」


僕はおばあちゃんの寝室を後にし、姉ちゃんの部屋に向かう。

部屋の扉には、『ノックして、許可したら入れ。』とご丁寧に貼り紙がされている。


「……。まあ、1日だけだから…。」


僕は姉ちゃんの部屋に入ることなく、後にした。


ガレージまで行き、立てかけられた折りたたみのベビーカーを押して、イファニの元へと戻った。


「遅いぞ月吉。あまり時間がないと言っただろ。」


「ごめん。いいよバスタさん。みんなを頼みます。」


僕はイファニを抱っこして、ベビーカーに乗らせた。


「月吉、お前…。」


意外そうな顔をしたイファニは、その後口角を上げ、バスタさんに命令する。


「すぐ出発だ。早めに頼むぞバスタ!」


「かしこまりました。おぼっちゃま。」


バスタさんは各部屋へ駆け出した。

正直、これが一番効率的で簡単で平和な手段と思えた。


家族全員で協力し、凛香を救う。

この旅は、考え方を変えていかないと追いつけない。


「終わりました。」


バスタさんは一分経ったのかどうかの短時間で戻ってきた。


「安心しろ月吉。まずは一日だけだ。この一日は乗り越えろ。」


「うん。行こうイファニ。」


「お前のそういう切り替えの早い適応力は好きだぞ。」


僕は妹の凛香に転生してきたイファニが乗るベビーカーを押し、狸に転生してきたイファニの執事、バスタさんを連れて、朝日を背に、最寄りの駅まで向かう。


「今思ったのだが、わたしの『命』の能力で待機しろと家族に命令するとかでもよかったな。」


「それはダメだよ。記憶が残ってるもん。記憶をなくせ。なんてのは無理だろ?」


「確かに、個人ができることしか命じれないしな。ところで…、最寄りの駅って、どこだ?」


「確かここから車で20分程に、無人の駅がございますね。」


………。


「歩いていけるわけないだろおおおーー!!!人は?人はいないのか!?どこかに車は走ってないのか!?わたしの『命』の能力を使えばっ!!」


イファニが最初に切り出した。


「ぼっちゃま。早朝の田舎です。しばらくは走らないかと思います。」


朝の冷たい風が、僕らを撫でた。


無敵といったが、人がいない以上、何も生み出せないことを知ったイファニだった…。

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