1.4 ヒミツの道具、シャブリバブ。


僕は物心ついた時から、人より感情の起伏があまり無いんだと、人を比較して生きてきて気付いた。


母さんの葬式も、姉ちゃんやおばあちゃんは泣いていたけど、僕はもちろん悲しかったが、溢れて出てくるような感情は無かった。


泣いたことも、笑ったことも、今振り返ると全然無い気がする。




僕は、冷たい人間なんだろうか?





「ドドドドドドドドドッド〜ドリえもん〜。」


夕方から始まるアニメに凛香は踊っている。


僕は知っている。


その踊りはフリだと。


学校から帰ったなり、見せられる凛香の姿は、全部赤ちゃんを装ったフリだと知っているのは、僕だけだ。


「ただいまー。」

僕は0歳児の凛香に向かって、そう言った。

凛香は、踊りを見られたのが恥ずかしかったのか、何事もなかったのように姿勢を正した。

そして手元にあったおばあちゃんのスマホを弾き始める。


『話がある。』


向けられたのはおばあちゃんのスマホの画面。

最近は、おばあちゃんのスマホのメモアプリを使って、このようなやりとりをする始末。


凛香が重たそうなモチモチの腰を上げ、ハイハイで僕の部屋に入ってきた。


狸も、縁側からのそのそと入り込んでくる。

これが当たり前にならなきゃいいけど。


「僕も話があるよ。」


『ああ。わたしはヴァンダグラムの王子であるから、一般のガキとは口も聞ける対等な位置に存在するわけはないのだが、流石のわたしも自分の、しかも産まれたばかりの妹が別の人に転生していては悲しい。わたしと口を交わすことを許可しよう。三つだけだ。三つだけお前の質問に対してしっかり答えてやろう。』


凛香の風格とは想像もつかないような、随分と踏ん反り返った文面が画面に打ち込まれていた。


「じゃあ一つ目。まず、その狸は…?」


僕らは、ちゃぶ台に乗せたスマホのメモアプリで会話を共有する。


凛香は慣れた手つきでスマホを弾いて、返した。


『わたしの執事であるバスタだ。何でもできる。』


「執事!!?」


狸を見る。

つぶらな瞳が、急に凛々しく見えた。


続けて凛香はスマホを弾く。


『この話し方も、色々と面倒だからとっておきの道具を作成してもらった。すぐに届く。』



道具…?作成…?届く…?



ピンポーン。



玄関でベルが鳴った。


「うそ…。どうやって頼んだの!?」


『バスタとわたしに、できないことなどない。』


自信満々に凛香は画面を見せてきた。


「もらってくるよ。」


僕は立ち上がり、玄関まで向かった。


「ちわ。宅配便です。」


うわ。本当に宅配便の人だ。

狸と0歳児がどうやって宅配便を頼んだんだ…?


僕は小さなダンボールを受け取り、部屋まで戻った。


「本当に来たよ…。何が入ってるの?開けていい?」


凛香と狸は同時にコクリと頷いた。


ガムテープを剥がし、ダンボールの中を覗いた。


「…、おしゃぶり?」


ダンボールの中には、赤ちゃんが口に咥えるおしゃぶりが一つ、袋にくるまって入っているだけだった。


凛香がハイハイで近づいてきて、ダンボールの中を覗き込んだ。

そして袋からおしゃぶりを取り出し、これだよこれ。とでも言いたげな顔をしながら、口に咥えた。


「いやー喋れないというのはかなり不便でな。ドリえもんというアニメからヒントを得て、0歳児でも音声ソフトが自動で声帯の動きに合わせて言葉を話してくれる道具を作らせた。名前はと名付けた。」


「えええっ!?」


凛香から少し機械的だが違和感のない声がした。

音声は男性という点では、物凄い違和感はあるけど…。


「しかしこの世界の科学は少し遅れているな。大手企業にこれを作れと命じたんだが、作れないの一点張りだ。何も手をつけずにできないとすっぱり切ってしまうのが、この世界の人間の悪いとこだな。」


凛香が男性の声で、最近の若いもんときたら…。みたいな居酒屋で愚痴をこぼすおっさんのような口調で喋っている…。

シュールすぎる光景が続く。


「そりゃドリえもんの道具は100年後くらい先の科学の道具だからね…。」


「あまり、驚かないんだな。」


「え?」


凛香は急に話の腰を折る。


「お前の妹は、他の星からきた別の生命体が転生している。なんて聞いたら、わたしはもっと驚くがな。バスタに関しては狸なんて知能の低い生物に転生してしまっている。他の兄弟達も人間以外の生物に転生していないか、心配でな。」


凛香は少し悲しい顔をして、縁側の向こうを見つめた。

僕は、気になっていたことを質問した。


「じゃあ二つ目。さっきから言ってるその、転生っていうのは…?」


「転生。というのは輪廻転生。生まれ変わったということだ。」


「生まれ変わった?ていうことは、君は死んだの??」


「君などではない!わたしはヴァンダグラムの王子、イファニ・モトフィーバー。イファニと呼ぶのだ。」


「……、イファニは死んでしまったの?」


「不本意ながら、そう捉えるのが正解なのかもしれん。自分が死んだなんて信じられん。記憶にないからな。」


イファニは話を続けた。


「ヴァンダグラムの王家、モトフィーバー家の血を引く者の魂は消えることはないとされる。死んだらまた別の生命に生まれ変わり、モトフィーバーの血は絶えず、ヴァンダグラムと共にあり続ける…。はずだったのだが…。わたしはモトフィーバー家特有の輪廻転生と、死の経験は初めてでな。まさか別の世界で転生するとは思わなかった。」





「いえ、この事態は予想外であります。」




ん?

さっき、聞き覚えのない声が聞こえたような…。


「あ!!」


なんと!狸までもおしゃぶりを咥えていた!!

どうやらおしゃぶりは二つ、ダンボールに入っていたらしい。


「狸でも使えるの!?それ!!?」


「理論上は、声帯がある動物なら使えると思うが、言葉を伝えるという意思がなければ意味がない。今この狸はバスタが転生している為に使える異例のケースだと思う。」


「わたくしは古くからモトフィーバー家に仕えておりましたが、聞いた話では、異世界に転生してしまうというようなことは聞いたことがありませぬ。ましてや…、複数人を一度になどと…。」



小学一年生が、狸と0歳児と理論や異例、異世界なんて複雑な話を交わしている光景なんて、傍から見たらどんなにシュールでファンタジーな光景なんだろう。と雑念が頭に入り混じりながら会話についていった。



「バスタさんも、その、ヴァンダグラムっていう別の世界から転生してきて、しかもその転生先が、狸だったってことですか?」


「悲しいことですが、そのようです。申し上げにくいのですが、わたくしも輪廻転生、死の経験がないもので、状況を把握することが困難でございます。しかし月吉様、あなたはこの状況において、かなりの落ち着きと、適応力があるように見えますが。」


「え?そうかな…。」


「小学一年生には、まるで見えません。」


「わたしもそう思っていた。月吉、と言ったか?お前、このような体験を、もしや以前にもしたか?」


「いや、そんなわけでしょ!僕は物心ついた時から感情が薄いってよく周りから言われてたし!性格だよ!」


「立派な性格でございます。自分で思う短所というのは、周りから見れば長所になることもあります。その適応力は間違いなく、今この状況において役立っていると言えましょう。」


確かに…、言われてみれば、こんな状況を姉ちゃんなんかに見られたらひっくり返るだろうなあ。

とか思いながら、何気なく部屋の角に視線をやると、


「何?どういうこと…これ…?」


「はっ!」


無意識に向いた視線の先にいた姉ちゃんとバチッと目が合ってしまった。


「姉ちゃん!!」


「おい女!いつからそこにいた!?」


凛香、いや、イファニは姉ちゃんに質問する。

てか!そもそも喋ってしまっている!!


「そりゃドリえもんの道具は100年後くらい先の科学の道具ってとこから……。」


もうダメだ!どういう言い訳も思いつかない!!

ほぼ全て聞かれてしまっている!!

最悪な状況だ!!

適応力なんて、そんな大それたもん、僕には無い!!


「バスタッ!!」


イファニが叫んだ瞬間、狸であるバスタさんが颯爽と飛んだ。


そして瞬間的に姉ちゃんの背後に回り込み、


「お許しください、日和殿。」


咥えていたおしゃぶりを物凄い速度で姉ちゃんのうなじに向けて飛ばした。


「きゃっ!!」


姉ちゃんはおしゃぶりがうなじに当たった瞬間、声が漏れた後にぶっ倒れてしまった。


「気絶しただけでございます。しばらくは起きません。」


「す、すげえ…。」


「流石はわたしの執事。おしゃぶりで人を気絶させたやつはこの世でバスタだけだ。」


イファニは、バスタさんの頭を撫で、僕の方へ振り返った。




「さあ月吉。あと残り一つ。質問を聞こうではないか。」



僕は、ごくりと生唾を飲み込んだ後、一番聞きたかったことを投げかけた。




「凛香は、元に戻るのか?」




イファニはまた、不敵な笑みを浮かべた。

バスタさんのモフモフな横腹にもたれかかり、ゆっくり座った後、返事をした。





「わたしと、お前次第だな。」


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