1.3 凛香盗撮作戦。


ジメジメとした夏夜。

月明かりが窓から差し込み、部屋を怪しく照らす。


寝たフリをして、もう一時間が経った。

そろそろこの家の全員が眠りについた頃だろう。

僕を除いては。


「調査開始。」


僕は自分自身にそう言い聞かせ、背中に忍ばせたじいちゃんのスマホを取り出した。

じいちゃんはスマホにロックをかけるということを知らない。

簡単に画面が開き、カメラアプリを起動する。

そして録画モードにして、本棚に立てかけられた卓上カレンダーまで持って行く。

卓上カレンダーの間にスマホを入れ、初めからレンズのサイズに開けた穴に、レンズをはめ込み、準備は万端。

ちょうどこの卓上カレンダーなら、僕の部屋全体を見渡せる。


僕の直感だが、僕に何かを仕掛けるとしたら、寝ている間だ。

昨日だって早朝に凛香は起きて、何かをしようとしていた。


なら、仕掛けるタイミングは今だ。


僕は再び布団に戻った後、眠気を我慢していたのか、すぐに寝てしまった。




そして翌朝。




「はっ!」


時計を見ると、アラームより5分も早く起きてしまった事に気づいた。

僕はすぐに卓上カレンダーを確認する。


「良かった。スマホに気づいてない…。」


もしかしたら撮られている事に気づき、スマホを取り上げられてるんじゃないかと不安だったが、一旦安堵した。


「さて、ここからが本題だな…。」


何事もなく、僕の寝ている姿が延々映し出されていることを願いながら、反面少し期待もしている矛盾した心情の中、再生する。

コントロールバーを操作し、早送りにする。

するとそこに写っていたのは、やはり彼女だった。


「来てたのか…。」


ハイハイしながら、僕の部屋に忍び寄る影が見えた。

間違いなく、凛香だ。

凛香はそのまま僕を無視して、縁側のある部屋まで移動する。


「どこ行く気だ…。」


しばらく早送りにすると、今度は影が二つになって戻ってきた。


「あ!こいつは!」


もう一つの影は、こないだの狸だった。

凛香とほぼ同じ歩幅で、横並びに動いていた。

しかも、何かを伝え合いながら動いているようにも見える。


頭の中で徐々に点と点が繫がっているような感覚が巡る。


一昨日、ナスを運ぶのを手伝いに行った時に遭遇した狸と凛香の目線の違和感。

その夜に、あり得ない速さで坂を登って僕の所まで来た凛香。

次の朝に示された『わたしはべつのせかいからきた』という文字達。

昼に起きた僕の謎の行動。

あれはまるで、凛香の意思で僕の体を操作されたような体験したことのない感覚だった。

あの時にも、縁側から絶妙なタイミングで入り込んできた狸。

あのトラブルがなければ、言い訳のしようもない大惨事を招いていたかもしれない。


そして、今スマホに映し出されている映像。


間違いない。



凛香は、凛香ではない。



宇宙人か何かが入り込んでいる…。



信じられないが、現に僕の目の前で起きていることを考えたら、それしか考えられない。

日本のひらがなという言語を、一瞬で理解して、喋れないから僕にひらがな帳を用いて伝えてきたんだ。


私は、別の世界から来たのだと。


そしてこの狸とも繫がっている。


この狸の中身も、宇宙人が入り込んでいるに違いない。


二人は、連携して何か悪巧みを企てているんだ。


映像は終盤に差し掛かり、スマホを閉じようとした瞬間だった。


「っな!!」


映像の凛香と目が合った。

上を向く凛香は、ジッとこのレンズを見つめている。

狸も、同じ目線を向けて。


「バレてるじゃないかっ!!」





「ダアダア…。バァブ。」





またあの喃語なんごだ!

それが背後から聞こえると同時に気配を感じた。

振り返ると、窓から狸に乗った凛香がこっちをジッと見つめていた。


「お前…、凛香なのか…?」


凛香は首を横に振った。


「いつから…、凛香じゃないんだ?」


凛香はピクリとも動かない。

質問を変えた。


「君は…、どこから来たんだ?」


凛香は、ゆっくりと手を上げ、空を指さした。



今日は晴天で、雲一つない青空を、一筋の飛行機雲が線を描いていた。



「君の、本当の名前を…、教えてほしい。」


僕は恐る恐るスマホでメモアプリを開き、凛香の方にスマホを滑らせた。


凛香は狸から滑るように降りて、スマホを取り、画面を小さな指でポチポチと押し始めた。


そして僕の元へ、スマホが返ってきた。


画面に表示されている文字を見た途端、言葉を失った。



『私は、ヴァンダグラム国王の次男。イファニ・モトフィーバー。お前に、この世界に転生してしまった四人の兄妹達を、私の元に集結させることを命じる。』


と書かれていた。



姉ちゃん…。おばあちゃん…。じいちゃん…。


父さん…。




母さん…。



家族の顔が頭によぎる。

どうしていいのかわからず、人を呼びたい衝動をグッと抑え込み、恐怖を混乱を通り越して湧き上がった感情は一つ。

凛香を取り戻すということだった。



「わかった。聞くよ。」



凛香は赤ちゃんにできるはずのない不敵な笑みを浮かべ、口を開いた。





「ダアダア…、バァブ。」














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