第4話 心器




「雨子!」



 テイトが嬉しそうに雨子の名前を呼び、振り向いた。



「心の武器に……興味ある?」


 雨子は、面白い玩具を見つけたかのように、上機嫌でテイトに聞いた。

 何を考えているんだ、この馬鹿女は。




「くそっ、仲間が来やがった……」

「全員殺すか……」

持ってこい……」




敵にも俺たちが来たのがバレた。何考えてんだよ雨子は……。


「俺も、大和みたいに……武器欲しい。」

「じゃあ、私と契りを交わそう。」

「は!?雨子、お前会ったばっかりの人間だぞ!」


 心の契りは、軽いもんじゃない。会ってまだ1日も経ってない奴の事を信頼しすぎだ。良い奴なんだろうけど。

 雨子の両肩を掴み、頭突きをする。


「いっ!」

「そんな簡単に契りをしようとするなッッ!!」

「…冗談だよ。大和、声が大きい。居場所が見つかる――、」

「もう見つかってんだよ!」



 雨子のゴーグルに思いっきり頭突きをしたため、俺のおでこから血が流れる。雨子のゴーグルにはヒビが入った。

 





 ――この時、俺の視界には雨子しか入っていなかった。

 





「大和、雨子、やばいぞっ――!」

 テイトの声に振り返ると、俺の方へ走って、フードが脱げて焦った表情をするテイトがいた。


 

「死ねぇぇえええ!!!!!」




 ターゲットだったヤツらが、向かいのビルから大きな大砲を用意して攻撃してきた。





ドンッッッ…――――ドゴンッッッ!!!!






「死んじゃう〜」


 雨子の楽しそうな声と、


「うわあああ!!!」



 テイトの情けない叫び声が耳に届く。

 崩れていくビルは、足元の支えがなくなり体は下へと落下していく。体勢を直そうとするが、何かが邪魔して手を出せない。



「ッ…!テイト、離せ!!」



 俺の体を締め付けるように、抱きつくテイトと、その真ん中にサンドイッチのように挟まる雨子。





「うわああああああああああああああぁぁぁああ」



「手ェ、離せっ!!!」





 崩壊する音と、テイトの叫び声で俺の声は誰にも届かず、身動きが取れないまま落下していく。




コイツ、なんでこんな力強いんだよ。





 

 

 ……死んだな。





 体に強い衝撃が……――――――。











_____________________





「ゴホッゴホッ……」

 砂埃が目や口に入り、むせ返る。咳をしてもまた砂が入ってきて苦しいのエンドレス。



「テイト君……無事?」

「ゲホッ……大丈夫、少し砂が……。」

「そっか…怪我は無い?」

「うん。」



特に痛む箇所はなく、体も動く。砂埃が晴れてくると、雨子の姿がはっきりと見えた。



「雨子は大丈夫……、雨子っ!?」

「こほっ、こほっ……少し、内蔵が傷んだだけ。」

 口元は赤い血を垂れ流して、咳をする度にコポポ――っと歯の隙間から流れてくる。会ったばかりの雨子を思い出させるようだ。また、上級層には無かった光景が目の前にあって、寒気がした。嫌な汗が流れる。



 雨子のゴーグルには瓦礫が突き刺さり、その隙間からも血が流れる。



「ご、ごめん……っ。」

「大和が私たちのために、下敷きになってくれたお陰で、なんとかこの傷…テイト君に怪我がなくて良かったよ。」



 横になり動かず、息をする大和が視界に入る。


「え、えっ……」


あまりの光景に過呼吸になりそうな俺の頭を撫でようと手を伸ばした雨子の腕には、太い木が刺さっていた。



「腕っ!」

「あ、やば。刺さってる。」



 グチュ……という音と共に引き抜かれる木に血の気が引く。



「はあっ、はあっ、はぁっ」

 目の前の光景に、呼吸が荒くなる。

 

「おい、鳳梨雨子を生け捕りにするんだぞ!?」

「さっき殺していいって誰か言ってだだろ!」

「殺したら金貰えねぇよ!!」

「大丈夫か!?死んでないか!?」

「これはやりすぎた……。」


「先程は大変お世話になりましたね、鳳梨雨子さん……」

「わざわざ来てくれてありがとうな!」



 声がどんどん近くなってくる。



「……来たか。」

「俺の家壊した奴……。」



 雨子は、自身のパーカーを脱いで大和の上に掛けた。






「……ふぅ…………テイト君。ここで死ぬか、私と契って生きるか……どっちにする?」





 すっかり弱気になってしまった俺に雨子は選択肢を投げた。


 傷を負った2人を、このままにするのも怖い。助けてもらったのに、俺のせいで……。



「でも、契りって、簡単に交していいものじゃ……」



大和の言葉を思い出す。



「私は、自分の心を上手に使えない。大和のように武器にすることができないんだ。だから……テイトくんに、使って欲しい。」

「…お、俺にできることなら…何でもするよ、だから、大和も雨子も死なないようにっ……。」

「…その決意、光栄よ。」




 雨子が俺に手を伸ばし、俺は迷うことなく、雨子の手を握った。



 その瞬間、手から心臓にかけて暖かい何かが通っていくような、懐かしいような、眠たくなるような……。そんな温もりを感じた。


 

「心の契には、種類があるの。一つは生涯を掛けた契り。二つ目は、肉体的な共有の契り。三つ目は心臓をかけた契り。私と今から契るのは、三つ目の心臓をかけた契り。」

 

 俺たちを淡い紫色の光が包み込む。


『我が心の臓を彼の者に授けん、消えぬこの証を、心の臓、肉体に刻み込め。』


 雨子が呪文のような何かを唱えると、俺の左腕には、花の蕾の形をした紫色の刺青が刻み込まれた。

 




「……やっぱり…_______」





 

 雨子が何かを呟いたと思うと、目を閉じ、地面に倒れようとした。咄嗟に支える。



「雨子!どうした!」


 揺すっても起きることなくグッタリしている。


「おい、起きろって、雨子!!」


「てめぇ、上級層で川に飛び込んだガキじゃねぇか!」



 あの二人組も俺たちを追ってきたんだろう。



「死んだと思ってたが、なかなか強運……いや、悪運の持ち主なんだな。」


 じりじりと距離が狭まる。


心器しきもねぇくせに、俺たちに歯向かうなんて度胸だけは認めてやるよ。上級層のぼっちゃんがよお。」



 大きな武器を取りだして俺を威嚇してくる。

 


 どうすればいいんだ俺は。考えろ、大和はどうやって武器を出していたか。いや、思い出せない。なんて言ってたっけ。



「我が心の臓よ……」


「なっ!アイツ心唱しんしょうを!?」



「……えっと、やっぱ思い出せねぇ!!」


 雨子を脇腹に抱えながら、足を力強く踏み出し、目の前の男まで距離を一気に詰めて



「うぐっ!!!」



 顔をぶん殴る。



「な、なんだ!!」



 向こうはまさか素手で来るなんて思ってなくて避けなかった。


「ガアッ!!!」


  情けない声と共に、続けてもう1人のコメカミにも拳を当て、後ろに飛ばす。



「な、なんだコイツ!!馬鹿なのか!」

「やべぇだろコイツ!頭おかしい!」



 数年前、ある人から地獄のトレーニングを受けてきたんだ。あの日々がまさか役に立つなんて、上級層にいた頃の俺は思ってなかった。よし、1人はやった。



「おっし!!」

 左腕の調子がいい気がする。この模様のせいなのか分からない。けど、今ならやれる。


気がする。




「おい、しっかりしろ!立て!!」

2人組を追いかけてきたのか、他の人たちもこちらに向かってきた。



「何素手でやられてんだよ!!」

「気ぃ抜くな!!」



 雨子を地面にゆっくりと下ろし、大和と並べる。




「よっし!かかってこいやァ!!」



襲いかかってくる人全員返り討ちにし、拳をキメていく。



俺の手も痛いし、相手も痛そうだが、そんなに強くない。




身体が軽くて調子がいい。





こうして、山積みになった男たちに追い打ちをかけボコボコにし、俺の初任務は拳で終わった。

 

 


 

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