第2話 初依頼


「……――。」

「ん―あ、――――だ。」


 何やら、話し声が聞こえる。


「……んあ?」


 寝ぼけた目を擦り、欠伸をする。


「!…、起きたか。」


 目をぱちぱちさせると、次第に視界がハッキリしていく。


「おい、雨子。お茶出せ。」

「…大和の分は無し。」

「は!?なんでだよ!」


 片目を隠した金髪のイケメンが大きな声を出した。体を起こすと、自分がソファで眠っていたことに気付く。服も変わっており、とても暖かい。毛布はフワフワで、部屋も暖かく、天国にいる気分になった。


 部屋を見渡すと、茶色のソファと大理石の長方形のテーブルが置いてあり、イケメンは向かい側のソファで足を組んでいた。その奥にあるキッチンで、あの女の人がなにか作業をしていた。


「あの……。」


 そういえば、俺は川に飛び込んでからどうなったか覚えていない。


「あ、おはよう。よく寝れた?はい、お茶飲んで。」


 女の人は黒いゴーグルを付けていた。お盆に湯気の経つお茶を乗せ、俺に渡してくれた。


「熱いからね。」

「ありがとう。」


 火傷しないように、ゆっくり口につける。あぁ、少し苦い。


「…苦かったか?」

「え?」


 イケメンに話しかけられ、ビックリした。それに、俺苦いって言ってない。なんで分かったんだ。まさか、心が読めるのか。


「顔に出すぎ。」


 足を組んだイケメンを蹴り、向かい側のソファにスペースを作って、ドサッと女の人が座った。


「いてっ!おい蹴るなブス!」

「場所取りすぎ、ソバカス。」

「チャームポイントだろ!」


 多分、あの二人は仲良し。仲が良いからあーいうことが出来るんだ。友達がいなかった俺には羨ましい光景だ。


「大体お前は、俺の分のお茶を出さない気が利かない女で…―。」

「貴方だって、お皿1枚まともに洗えない。こんなの、ただの飯食い虫…――。」

「はぁ!お前も大して料理上手くないくせに!……うそです。上手です。」


 関係的には女の方が格上なのが分かった。


「…あの、俺ってあの川からどうやってここまで……あ、怪我どうなった!?」


 ワチャワチャと顔を引っ張り合い、喧嘩する2人に話しかける。


「…その説明は、自己紹介の後だ。」


 向かい合っていた2人が、俺の方へと目を向ける。


「俺は小柴大和こしばやまと。お前と同じ男だ。」

「私の名前は鳳梨雨子ほうりあめこ。」

「へ〜。」


 小柴大和は、金髪で少しパーマがかかったイケメンだ。赤い目が金色のまつ毛を引き立てている。しかし、顔立ちはしっかりと男性的で、かっこいい。よく見ると、ソバカスがあるのが分かる。


 鳳梨雨子は、とにかく色が白い。髪も白く、唇はほんのりピンク。しかし、家の中でゴーグルをしているからきっと変人だ。


「おい、お前は?」


 じーっと見ている所に話しかけられる。


「あ、俺は、崎村テイトさきむらテイト。」

「お、いい名前だな。テイトか。」

「……。」


 イケメンは、綺麗な目を大きくさせ、効果音がつきそうな程、口をニッと開いた。鳳梨雨子は、無表情だ。いや、目が見えないけど、本当は笑っているかもしれない。


「あの、なんて呼べばいい?」


 いきなり、呼び捨ては馴れ馴れしいから良くないと思い、一応聞いてみた。


「俺ら、呼び捨てでいいよ。」

「私も。」


 大和はめちゃめちゃフレンドリーだ。雨子は、表情が分からないが、きっとフレンドリー。きっと。


「や…大和と雨子!」

「よろしくな!テイト!」


 差し伸べられた手に、自分の手を出して握る。これが、よくマンガで見る握手だ。カッコイイ。


「……じゃあ、自己紹介が終わった所で、大事な話をしよう。」


 大和と手を離すと、雨子が口を開いた。


「まず、驚くかもしれないけど、ここは下級層。」



「はぁっっ!?」



 俺の声が、部屋全体へと響く。


「予想通りの反応だな!」

 大和がニコニコ笑っていた。いやいや、俺はびっくりしている。そんな笑顔を向けられても困る。



 俺は、上級層の田舎に住んでいた。そんな俺が、いきなり下級層だって…?

「上級層で流れる川は、下級層へと繋がっているの。川に捨てられたゴミとか、要らないものがが下級層へと行くようね。そこに、私とテイト君は飛び込んだから、下級層に流された…ここまで分かる?」

「……下級層に繋がってるのか……中学校で、下級層はゴミが多く汚染されてるって習ったのは、そのせいか……。」

「へ〜…そんな勉強するんだ。」


 興味深そうに雨子が、何か考える素振りをした。


「…言っておくけど、上級層には戻れんぞ。」

「え!?」


 驚く俺に、大和が真剣な顔をした。


「テイト、下級層について、どのくらい勉強した?」

「えっと……、下級層には法律や常識、警察が無くて、どこにでも死体が転がっているほど治安が悪い…、あと、上級層で罪犯した人間が下級層に送り込まれる……?」


 とにかく印象が悪いように教わったし、上級層に住んでいる俺には縁のない場所だとばかり思ってた。



「そうだ。下級層では、警察や政府が無い。だから、殺人が罪に問われることは無い。まあ、下級層の地域によってはルールがあるけど……絶対守るべきルールが一つだけある。」


 大和がソファから立って、紙とペンを出してもう一度座って、絵を描いた。



「下級層の者は、上級層に侵入してはいけない。」



 そう言いながら、日本地図をざっくりと描き、縦向きに上級層と下級層の境目に線を引いた。日本の西側と東側に上級層と下級層は分かれていて、上級層は東側、下級層は西側だ。


「上級層の政府から出された条件だ。これを破ったら、心を壊される。まぁ、これを破った人間は、雨子とあの男たちしか居ないだろうけど。」



 心を壊される?



「心を壊すってどういうこと?」



「ほら…生き物っていつかは寿命がきて死ぬだろ?これは、命が死んだってことになる。


 だけど、心は死なないんだ。心さえあれば、何度でも生まれ変わることが出来る。だが、心を壊してしまえば、もう生まれ変わることが出来なくなると言われてる。…分かりやすかったか?」

「うん、分かった。」

「心を壊すってことは、生き物にとって1番の極刑なんだ。だから、上級層に侵入する馬鹿なんていないんだ。こいつを除けばな!」



 そう言いながら、雨子の頭をポンポンと叩く。



「なんで、雨子は上級層に?」

「…殺されそうになって、咄嗟に逃げ込んだのが上級層だっただけ。多分政府には、バレてないから、セーフ。」


 雨子は大和の手を振り払った。


「てか、そもそも上級層と下級層の境には、日本政府の強力な結界が張られてるから、生きて侵入は無理なんだけどな。」

「じゃあ、雨子は天才なんだな。侵入しても、今生きてるから。」

「…ははっ、お前面白いな!」


 大和がまたニコニコと笑う。本当にイケメンだな。


「…私が上級層に行って生きて帰ってこれたのは…奇跡に近い。その奇跡が何度も起きるとは思ってはいけない。」


 雨子の声が、少し強くなった。


「私のせいで、テイト君は上級層に帰れなくなった。だけど、絶対に上級層に帰れるようにする。私には、巻き込んでしまった責任がある。もし不安であれば、心の誓いをしても良い。だから、それまで――」

「俺たちと一緒に暮らそう。」


「いたっ!」

 大和が雨子の言葉を被せた。大和は1発雨子に殴られる。


「俺、雨子を助けたいって思って、自分で川に飛び込んだんだ。だから、雨子に責任を感じて欲しくない。逆に、あの時氾濫してた川に飛び込むなんて、危険だったよな。ごめん。」

「……。」

「テイト…、お前めちゃくちゃ良い奴だな…。」

「いや、そんな事ない。自分で蒔いた種だ。だから、自分の力で上級層に帰るよ。それまで、ここで俺を働かせて欲しい!ある程度、家事はできる。」

「じゃあ、テイト君。貴方は今日からラヴァーズの一員だね。」


 ラヴァーズ…、何だかかっこいい名前だな。


「下級層には事務所って言うのがあって、基本的なことは全部雨子がしてくれる。まぁ、事務所っていうのは表向きで、実際は縄張り争いてきな……過ごしていくうちに分かる……」

「説明が下手くそね」

「うるせえ!!ま、これからは俺と雨子と誉と律さんの5人だな!中でも、誉はめちゃくちゃ強いぞ!今は依頼で居ないけど、そのうちすぐ会える!」

「まだ他にもいるんだ!」


 他に2人もいるのか、友だちが増えそうでドキドキする。


「あ、俺パソコンとかは全然出来ないんだけど……」

「大丈夫、そういう系の仕事は、私が全部やるから。」


 雨子がそう応えると、大和が時計を眺めて立ち上がる。


「うっし、テイト。丁度いい時間に起きたな。」

「え?」


 雨子もソファから立ち上がり、タンスをゴソゴソと探り始めた。


「大体説明できたところなんだけど、これから私を殺そうとしたヤツらを捕まえに行く。」

「テイトにとっては、初めての仕事だな。」

「あ、え、ええ?」


 黒色のパーカーを3つ取り出して、ひとつ俺に投げる。


「うちの大事な大事な女の子を襲ったヤツらに説教だ!」

「思ってもないくせに……テイト君もそのパーカー着て。行くよ。」


 雨子は既にパーカーを着ていた。準備が早い。


「俺と雨子が、敵を捕まえるから、テイトは初めてだし、どういう事するか見といてくれ!」

「分かった。」

「あと、はいコレ。」


 雨子に布に包まれた何かを渡された。


「なにこれ。」


 布をとりながら雨子に聞く。


「護身用の銃。」


「じ、銃!?」


 初めて見た。ずっしりと重い。


「身の危険を感じたら、それを使って。」

「いいか、テイト。俺たちは、できるだけ、人を殺さなくて済む方法を選んでる。だけどな、逆に俺たちが殺されそうになる 時もある。命懸けの仕事だ。気ぃ抜くなよ!」


 大和が手をグーにして、俺の胸にトンと当てる。


「じゃあ、行こう。」


 雨子が玄関へ歩き、扉を開け、俺たちを待っている。命懸けだなんて、ドラマみたいな話だ。


「俺、よく分からないけど頑張るよ。」

「うん、頑張って。」


 玄関を出る。


「うわ……。」



 ビルや家などの建物が多く建ち並んでいたが、全てが植物におおわれていた。



「…植物の家みたい……。」

「例えが面白いな。」


 雨子はカチャ、と鍵を閉め、フードを深く被った。


「……ここから13キロ先、北の方角。心音を感知…あの二人組。」

「よっし、行くか!」

「はい、ヘルメット。」


 真っ黒で頭全てが覆われるヘルメットを雨子に渡される。


「何かに乗るの?」

「うん、心車に。」

「しんしゃ?」


 慣れた手つきでヘルメットを被る雨子を見つめる。


「どぉーーーん!」

「うわあ!」


 声に驚き後ろを振り返ると、車輪がふたつ着いたまるでバイクのような乗り物が現れた。色は黒が貴重で、ピカピカに光ってる。


「俺の心車。ルーシィだ!」

「ルーシィ……」

「心を車に具現化したんだよ。カッコイイだろ!」

「私、前がいい。」

「俺のルーシィだ、俺が前。」

「……はぁ、大和の運転酔いやすいんだよ……テイトくん、真ん中に座って。」


 ヘルメットを被っている間に2人は慣れた足取りでルーシィに跨り、大和が前、俺が真ん中、雨子が後ろに乗った。大和の腰に手を回し雨子が俺の肩を掴んだ。


「え〜、ざっくり言うとこれから敵の家に行って挨拶をして帰ります。」

「……私は1発脳天にゲンコツぶちかまします。」

「お、お〜、すごいね。」


 命懸けの仕事に行くとは思えない陽気さに、少し驚く。



「しゅっぱーつ!」


 大和の陽気な声と共に、ブウォーーンと音がなり、心車が動いた。


「ちょっとうるさい、音無しに出来るでしょ。」

「音があった方がカッコイイんだよ、分かってないな。」

「……はぁ。」


 運転しているのに、風音が一切無い。2人の会話がはっきりと聞こえてくる。


「テイト!上級層では、色んな車があるんだろ?俺、1回でもいいからスポーツカーって言うのに乗ってみたいんだ!」

「あ、ごめん。俺車詳しくなくて、」

「まじか!?あんなにカッコイイのに……はぁ、上級層が羨ましい……あ!オートマとミッションってわかるか?上級層では――」

「また始まった。」





 大和は車が好きなのか、そこからは永遠に車の話を聞かされ、大和の声を聞きながら目的地へと向かった。


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