第2話「悪魔攻略本」

「動けない?」


ブラヴァシティの悪魔の噂は何時から流れて居たのだろうか。レイラが生まれる

ずっと前から。警察隊本部にて、女性警官が上官に聞き直した。


「クロエ・フォンテーヌ、組織に属する人間として上の命令は絶対だ。こちらから

手を出す内容は一つだけ。ソロモンの指輪の保護である」


良い内容に聞こえるが、細かく聞けば私利私欲により一般市民の財産を奪い取る

と言う内容の話だ。裏社会にて悪魔の存在が幻ではなく現実になっているようで

彼らの力を盾にして悪行を働く者が増えて来た。クロエは歯軋りした。彼らに

苦しめられている善良な市民を見捨てるなんて警察として失格だ。それに…。



「ブルースター夫人、お久しぶりです」

「やめて頂戴、夫人だなんて。ヴェロニカ、と呼んで」


車椅子に座る女性ヴェロニカ・ブルースター。富裕層の人間ではあるが他と違う。

感覚は多勢と同じ。信頼できる女性である。彼女はブルースター家の人間。嫁入り

している。夫婦仲はあまりよろしくないらしいが、子どもたちとは非常に強い

絆がある。相変わらず旦那は何処にいるのか分からないらしい。


「その指輪を持っている子と私の息子は友だちなの。最近、変な輩に絡まれて

ばかりだからって付き添っているのよね」

「恋人?」

「フフッ、旦那そっくりで喧嘩っ早いけど色恋沙汰には初心なの。私としては

とてもお似合いなのに、勿体ないわ。指輪の話を持ってくると言う事は、

そう言う事なのね?」


事情を知るヴェロニカ。彼女の問いかけにクロエは頷いた。警察として

大勢を守りたいクロエ。彼女は違反であるはずの内部情報の横流しをする。


「ブラヴァシティ市議会組織に注意するべきです。彼らは悪魔を自分たちが

永遠にこの町を支配するための道具として操るのです。より確固な契約の為、

指輪とその正しい所有者を探しています。裏社会の人間を使って…」


覚悟を決めた表情から彼女は揺れ動いた。表情は暗い。頭を下げる。


「申し訳ありません」

「顔を上げて頂戴、クロエ。良いのよ。分かりました。警察が届かない部分は

気にしないで。良い?貴方は機が熟すまで、馬鹿な振りをしていなさい」


ヴェロニカとクロエの契約。悪性を町から追い払うため、そして彼らに

狙われる罪なき人間を守るために今は下手に動こうとしない。忠実な振りを

して、ようやく一人、彼女の罠にかかった。


「見たまえ、クロエ。君はよく働いてくれる。だから見せてあげよう」

「貴方は…!?」


そこにいた男は白衣を着ているが、今にも服がはち切れそうだ。巨躯の男。

暴力に身を置く男だ。


「ヴェガ・ブルースター君だ。実は、我が町で悪魔の力を人間に融合する技術を

開発していてね。彼も被験者の一人。青星組として彼の血を引く子どもたちには

被験者になって貰った。君も確か交流があるようだね」


ヴェガを副官としている、そして今、クロエに誇らしげに説明している間抜けな

男の名前はランロク・ウォーロック。市議会の政治家だ。一夫多妻制はヴェガにだけ

許された権利。ヴェガは妻への愛情など無い。子どもに対する愛情も。ヴェガは

何処か嬉しそうに語る。


「シリウスとレグルスは素晴らしいだろう。私が直接見出した兵器だ」

「兵器、ですか」

「特にシリウスは優秀だろう。私と同じ獣なのだよ」


すぐに分かった。彼は自分の息子の心など何も理解していない。


「邪魔者排除に召喚した悪魔を使い、ソロモンの指輪を引き寄せる。指輪を

手に入れなければ」


ブルースターの家に嫁入りした女性たちは自死したり、精神崩壊したり、決して

幸せになれないらしい。ヴェロニカだってかつては元気に自分の足で歩き回って

いたのに…。彼女があのような姿になったことで、家族間の溝が深くなって

しまったのではないか。夫婦の間の深い溝。

レグルス、誰だろう。シリウスが長身で野性的な美形なのに対して

レグルスは小柄で童顔。


「大丈夫ですか、レイラさん」

「レグルス」


レイラの長身ゆえにレグルスの小柄さが際立つ。それは彼がシリウスの隣に

立つ時も同じだ。


「走って来た?」

「え、あぁ…厳しい父ですから。でも大丈夫ですよ。こう見えても体力は

ありますからね。シリウスから聞いています。また、ルベウスファミリーに

絡まれていたと」


通りがかってシリウスと逃走していたのだ。レグルスは呆れた様子だ。


「父に似て、すぐに手が出ますから」

「それをレグルスが言うの?」

「ぼ、僕は自重しているのですが…!」


レイラは指輪を持っている。指輪を介して悪魔を使役できるようになった。

協力的な悪魔がいる。


「レイラ様~、ほほっ、大変でありますぞ~」


本の姿をした悪魔ストラス。悪魔攻略本。ストラスがひとりでにページをめくり

始めた。七つの光が浮かび上がる。


「七柱の悪魔様が外を出歩いているようで、貴方を呼んでいるでありますぞ~」

「何故に!?」


七つの大罪を司る悪魔。最古参の悪魔だ。傲慢ルシファー、憤怒サタン、

暴食ベルゼブブ、強欲アモン、色欲アスモデウス、嫉妬レヴィアタン、

怠惰ベルフェゴール。今でも名前が有名な悪魔たち。


「呼んでいる、とは?」


レグルスが気になる単語について尋ねた。


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