第25話
そのあとすぐに、私は母さんに頼んで実夕の家に電話をしてもらった。
早朝だったし、迷惑千万は承知の上だった。こういうときに私と実夕がスマホを持っていれば個人的にやり取りが出来るのにと、初めてスマホを持っていないことが悔しかった。
結論から言って、実夕は無事だった。
もしかしたら、知らずにあの黒い栞が実夕のもとにいってしまってなんて想像をしたんだけれど、取り越し苦労でしかなかった。
母さんに事情を話さないといけない。でも呪いや人外の老婆なんて話をするのは憚れた。現状、何も起こっていないし変わってもいないのだ。肝心の黒い栞が無くなってしまっている以上、呪われたという証明が私には出来なかった。多分話せば信じてくれるとは思うけれど、結局私は落ち着いてから全部話すとだけ伝えた。
母さんはわかったといって、笑ってくれた。
朝から贅沢にお風呂に入って、歯を磨いて、朝ご飯を食べた。
制服に着替えて、いつも通りの時間に登校する。
朝日が眩しい。
もう二度と拝めないと思っていた太陽は私に生きているという実感をくれた。冷静になって考えてみればあり得ない話だ。
呪いとか栞とか、全部夢でしたなんて言われても、あぁそうですかと納得してしまうだろう。
老婆の気味悪さやあの地獄の苦痛だけが、心の余韻として残っているけれど悪夢だったと割り切れば、時間さえあれば跡形もなく消えてしまうだろうと思った。
そうやって考えると、なんだかバカバカしくなってくる。
朝から親の胸で号泣をしたのが次第に恥ずかしくもなってきた。母さんには帰ったら全部話そう。一日を通して幻のような悪夢を見ていたこと。老婆のことも、呪いのことも。そして最後には父さんが夢に出てきてくれたことも。夢で会えたなんて言ったら、母さんは笑うだろうな。
「清佳ちゃーん」
呼ばれて顔を上げる。昨日別れた場所で実夕が待っていた。私は小走りで駆け寄った。
「おはよ、実夕」
「おはよ。なんかうちに電話してくれたんだって?」
「あぁごめんね、夢見ちゃってさ。そのー、なんだ、実夕が地獄の門番に連れていかれてどうこうなっちゃうやつ」
適当な言い訳をすると、実夕は本気にしたように怯えた顔をした。
「なにそれ、怖い。私死んじゃうの?」
「夢だよ、夢。早く行こ」
私が歩き出すと、実夕は「えー、詳しく教えてよ」と怖がった声で追いかけてきた。
そうだ、私はずっとこんな朝を求めていたんだ。
実夕と一緒に登校して、部活動をして、塾に行って。そんな毎日を送りたかったんだ。
私たちは登校してくるたくさんの生徒たちに混じって、校門を通ってから下駄箱で上履きに履き替えた。実夕の上履きがちゃんとあることが嬉しい。
「実夕、そういえば部活はどうするの? 良かったら手芸部入ろうよ。先輩も優しいし楽しいよ」
実夕は不器用だから向いてないかな、なんて冗談を付け加えてから実夕を見る。
彼女は、キョトンとした顔で私を見ていた。
大きな瞳に映る私の姿が見えた。
「手芸部には入ってるよ、私」
パタンと、実夕が自分の下駄箱の扉を閉めた音がやけに響いた。生徒たちの笑い声や足音で騒がしい昇降口が途端に遠のいていくような錯覚を感じた。
違和感があった。とても嫌な違和感。
ガラガラと足場が崩れていくように思えた。落ちてはいけないと警告されている。
「へぇ……私が休んでる間に、入ったんだ」
肯定して欲しかった問いに、実夕は首を傾げる。
「入学式の次の日に、一緒に仮入部したじゃん。そのまま入部したよね?」
お互いに、何を言っているのかわからない状態だった。
でも間違っているのは、きっと。
「ねぇ、実夕……」
「何?」
私は問うべき言葉を決めていながら、眼でそれを探し続けていた。
あり得ないことだ、絶対にあり得ない。
でも、私の頭の中にある推測は多分、当たっていると思った。
老婆の言っていた残酷な結末。
あの老婆は一度だって、死ぬという言葉を使っていなかった。
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