第22話
そのあと、私たちは塾をサボって公園でずっとお喋りをした。
あれから山口さんはずっと休んでいること。私がなぜか男子にモテ始めていて、女子には英雄扱いされていること。山口さんの取り巻きだった二人は肩身が狭そうにしていること。でも、二人を仲間はずれにするようなことはしていないこと。
実夕のお母さんは山口母に徹底交戦する構えらしい。実夕の性格とは正反対でむしろ私に似ている人だ。あり得る話だった。
学校以外のこともたくさん話した。昔にあった面白かったこと、笑ったこと、こんなにたくさん話すことがあるんだなと、話してみるまで考えもしなかったことがポンポンと出てきた。
そして時間がやってきた。
塾が終わって帰る時間の頃合いになる。私たちは家路の分かれ道まで一緒に歩いた。実夕は手を繋ぎたがっているのがわかったけど、さすがに私は応じなかった。中学生になって手を繋いで歩くのはさすがに恥ずかしい。
「じゃあね、実夕」
分かれ道に差しかかり、私は言った。実夕の家がこの道路を挟んでこっち側だったら小学校も一緒だったのになと、学区制度が恨めしく思った。
「清佳ちゃん、明日は学校くるよね?」
明日は月曜日だ。明日からは行くつもりだった、明日が来るなら。
「うん……行くよ」
そう返すと、実夕は嬉しそうに、良かったと笑った。
「じゃあ、ここで待ち合わせしよ。初めてだ、清佳ちゃんと一緒に登校するの」
「そうだね」
また明日。
私たちはお互いにそういって別れた。
少し歩き、振り向いてみると実夕が同じようにこちらを向いていた。手を振ってくる実夕に私は手を挙げて応えた。視力が良かった自分の体質に初めて感謝した。遠くからでも実夕の顔はよく見えたからだ。
やがて角を曲がって、実夕の姿を見えなくなった。
夜の住宅街をトボトボと歩き、上り坂の下までやってくる。この急な勾配を上がれば武家屋敷のような朝宮家しかなくて、地元では画家屋敷なんて呼ばれていることは知っていた。
「本当にいいのかい?」
電信柱の影から声が聞こえた。闇に同化しているのが当たり前のように姿を現したのはやはり、老婆だった。もう慣れてしまったのか、最初に受けたインパクトとは随分柔らかく感じた。
「高見実夕に栞を渡せなければ、お嬢ちゃんは呪いを受ける。そうなれば」
「より残酷な結末が、でしょ。わかってるよ」
私は老婆の言葉を遮って、ポケットから黒い栞を取りだした。
「私は自分の信念に従った。それで実夕を助けることができたんだ。それでこれを実夕に渡すなんてことしたら、それこそ卑怯って話よ」
老婆はニタリと私に気持ち悪い笑顔を向けてきた。悪寒と鳥肌に襲われる。この気味悪さにはやはり慣れなかった。
さっさとお別れしたいところだけど、これだけは言わなければならない。
「……山口さんには、会うの?」
「そうかもしれないね」
「なら伝えて」
彼女が私を呪った理由は、くだらないものだ。けれどあの子にとっては守らなければならない信念だったのかもしれない。良心の呵責に苛まれるとは思えないけれど、人ひとりが自分の選択で死ぬのだ。あの子がごく普通の人間であることを期待して、ダメは押しておくとしよう。
「……私はあなたに呪われて死んでやる。もし実夕に何かしたら呪い返してやるわ。でも、何もしなければ、何もしない」
「必ず伝えよう」
意外にも老婆はメッセンジャー役を承諾してくれた。こいつは一体何者なのだろう。そう考えた矢先に、老婆の姿は再び暗闇へと同化を始める。
「良い夢を。朝宮清佳ちゃん」
そう言い切るよりも前に、老婆の身体は完全に見えなくなっていた。
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