第18話

 日曜日。

 週二回の塾は火曜日と日曜日だった。ちょっと迷ったけど別に謹慎しているわけではないし、普通に行くことにする。

 塾は夜の五時からで、いつも実夕と四時にバス停で待ち合わせをしていた。あれ以来、実夕とは連絡をとっていない。


「お、塾行くの?」


 玄関に座り、靴紐を結んでいると後ろから母が声をかけてきた。

 手が痺れているようにうまく蝶々結びができない、結べてもなんか気に入らなくて解いてまた結んでいた。

 そんな私を見てか、母が再び声を掛けた。


「別に無理して行かなくていいわよ」


 そう気遣ってくれるとわかっていたので、私は用意していた言葉を置くように言った。


「行くよ。勉強遅れちゃうし」


 多摩創塾は個別指導方針だから、一度休んだところで遅れることはない。

 そんなわかりきった嘘に母さんは「そうだね」と付き合ってくれた。ようやく、納得のいく形の靴紐になったと思えたので、私は立ち上がった。


「じゃあ、行ってくる」


「気をつけてね。私、今日はお客さんと食事行かなきゃだから夕飯、適当に置いとくから食べて」


 わかった、と行って私は玄関を出た。

 このときいつも私は、玄関を出て後ろ手に引き戸を閉める。特に意味はないし理由もなかった。けれど、今日だけは引き戸を閉める際に振り向くことをしていた。

 

 どうしてかはわからない。これにもまた意味はなかったんだと思う。

 

 でもおかげで、母さんが私に手を振っていることに気が付いた。大袈裟な意味ではなく、ただ私を見送る習慣としたものだったのだと思う。

 偶然に、いつもそうしてくれていたのだと気付いてしまった。とはいえ心は素直になれないのが女子中学生だ。

 

 私は気恥ずかしさから振られた手に応えず、引き戸を閉めた。


 それが今日、最後に見た母の顔だった。

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