第16話
私は俯きながらいった。
「……実夕のためではあったよ。でも自分のためっていうのもあったんだ。私は」
「卑怯なことが許せなかった、でしょ」
先回りされて私は顔を上げた。母は微笑みながら続ける。
「それも全部合わせてだよ、清佳。ちなみに、貞一の信念がなんだったか知ってる?」
知らなかった。問われてはじめて、何故気にならなかったと不思議に思うくらいだ。
母さんは、心の思い出箱からそっと取り出すように教えてくれた。
「持つべき人に、自分の絵を持っていてほしい。それがあいつが貫いていることだった。おかげでこっちは大変だったんだけどね、タダ当然で絵を渡したりするし、売りたくない相手には頑として売らないし。私からすればただのワガママだったよ」
悪態をつくように言いながらも、母さんは嬉しそうにだった。
「清佳と違うところは、終わったことはすぐ忘れるところだね。そのへんでは清佳の方が実に人間らしい。まさに上位互換」
「山口さんの親がうちに来て絵を売ってもらえなかったとかなんとか言ってたけど」
「あー私が留守のときに山口さんとこの父親の代議士先生が家に来たらしくてね、貞一は何も話さないから実際わからないけど、かなり失礼なやり方で追い返したみたいで。まぁアポなし来るくらいだから、向こうも向こうだったとは思うけど、私は今日みたいに謝りに行ったわけ。そのときもあのばばぁちょー嫌味言われたわ」
「それが一回目ね」
「そ。ただそのあとしばらくして、絵を売ってくれっていうちゃんとした電話を秘書さんからもらったんだけど、貞一は一度売らないって決めた相手には絶対に売らないからね。まぁうちとは折り合いが合わないのよ、あの家は。子ども同士も含めてね」
「……なるほど。笑っちゃうね」
「ほんとに」
私たちはクスクスと笑い合った。
そこで母さんは私の頭を撫でた。強引に頭を揺らされる。
「あんたはあんたの信じる道を貫いた。他の誰がなんといおうと私は清佳を尊敬するよ」
そんな母の言葉を聞いて、私は自分のしたことの重さに潰されそうになっていたことに気がついた。
踏みしめる一歩が重くて仕方がなかった。でも一緒に共有してくれる人がいることを知って、私の感じていた重さが少しだけ軽くなった気がした。
嬉しさと同時に自分は子どもなのだと自覚する。滲んでくる涙をこらえるために、私は小さく深呼吸をした。
そんな私に気付いて気付かないでか、母さんが呟いた。
「実夕ちゃんは大丈夫かしらね」
「どうだろう。私、あの子には相談しないで全部やったから」
助けて、とは言われていないから。
堀越さんたちから聞いた話では、実夕は小学校の間で一度も登校拒否をしていなかったそうだ。それはあの子の強さだった。なら、今日私のしたことはその強さを否定するのではないか。心の隅にあったことを話すと母は言った。
「それで実夕ちゃんに余計なことをするなって言われたらそれまでよ。そうやって子どものうちに、人と人のすり合わせ方を覚えていくもんさ」
私はため息をつく。そうだ、もう考えても仕方が無いことだ。どう受け取るかは実夕次第なのだから。
あの子が友達と笑っていられるなら、その友達が私じゃなくてもいい。
それが私の心からの願いだった。
そんな私のところに、それが届いたのは翌日のことだった。
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