第15話

 山口家からの帰り道、日は落ちて空は群青色の染まっていた。

 歩いていても空はなかなか夜にならない。

 それは空の色には意志があって、群青色が戦っているように見えた。負け戦とわかっていても。


 隣りを歩く母さんは小さく鼻歌を奏でている。徒歩だと三十分以上の道のりでも母さんは車で行くとは言わなかった。

 途中にある洋菓子店で手土産を買うからという理由だったけれど、帰り道で私と話すのが目的なんだと思った。

 母さんはいつも大事なことは歩きながら話す。

 父さんが死んでこれからどうするか、というときも母さんの第一声は散歩しようぜ、だった。

 きっとこれからも、私たちは歩きながら話すのだろう。私たちの人生の話を何度も、何度もするのだろう。

 そう思うと、私は一人ではないのだなとあらためて思った。きっとそれは、私がいま思う以上に大事なことなのかもしれない。


 そう思えたからか、私は伝えていなかったこと一言をようやく口にできた。


「ごめんね、母さん」


 声が意識したよりもずっと小さくなってしまった、けれど母さんはしっかりと拾ってくれた。


「謝るようなことしたの?」


「……した、と思う。殴ったのはいけないことだった」


 そんなことは百も承知で、私は選んだ。その選択が持つ意味は子どもなりに理解していたし、暴力そのものがいろんなものを傷付けるんだという想像もちゃんと出来ていたと思う。それでも。それでも私は。

 俯く私に、再度母さんが聞いてきた。


「後悔してる?」


「してないよ。それだけはしてない」


 それだけは嘘偽り無くいえることだった。

 間違っていたんだと思う。私みたいにひん曲がった性格をしていない人なら、もっといいやり方で実夕を助けていたのかもしれない。けれど、私は私に出来ることをした。信念に従って。

 母さんは吹き出したかと思ったら、腹を抱えて笑い始めた。


「ちょっと。笑うところ? そこ」


「ごめんごめん。親父に似てんのか似てないのかって感じでさ。面白い子だね、清佳は」


 母さんは満足そうに笑い終えてから続けた。


「あんたはあんたなりに考えて実夕ちゃんを救おうとしたんだろ。手段は確かに乱暴だったかもしれないけど、思慮に思慮を重ねて悩んで、いまもなお考え続けられてるんだったら親の私がいうことはない」


「でも、母さんに迷惑はかけたじゃん」


「バカ、迷惑かけない子どもの方が心配だよ私は。子どもは無茶して傷ついて傷つけられて、ゆっくり成長するんだ。その尻ぬぐいをするのが親で、大人。無茶の程度が決まるのは親の力量だよね。世の中には拳じゃなくてナイフを選ぶやつもいるんだよ」


 ナイフか。確かにそれは選択肢にすら上がらなかった。


「清佳はいい大人になるよ」


 母の評価は素直に嬉しかった。私も嘘はついていない。実夕を救うためにどうすればいいかを熟考して、選んだことだった。


 けれど、実夕を救うという動機だけが全てとはいえなかった。


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