第13話
予想通り、そのあとは大問題になった。
山口さんは保健室に連れていかれ、私は一通りの事情を話してから生徒指導室的な会議室で待機となった。
先生たちに怒られることがなかったのは意外だったけど、それは相手が山口さんだったからに違いない。後からやってきた教頭の青ざめた顔は不謹慎ながらもかなり笑えるものだった。
ほどなくして迎えにきた母さんには特に何も言われなかった。ただ強めに頭を撫でるようにぐりぐりされたくらいで。母さんが学校に来たときには、先にきていた山口母は怒鳴るだけ怒鳴ったあと早々に病院に行って会えなかったらしい。
私は母さんが職員室に行って先生たちと話している間、またしばらく会議室で待機となった。
もう授業は始まっていて、学校は静かだ。
この場所にこんな静寂といいたくなるような時間があるなんて知らなかった。それともこれは、私の心の影響なのだろうか。
このくらいでセンチメンタルになるとは、自分の繊細な一面に少なからず驚いた。
そこで私の心をそっと撫でるように、静かに引き戸が開いた。
「お待たせ。帰るよ、清佳」
母さんは、私のバッグを片手にやってきた。
「話は終わったの?」
「うん、バッチリ」
「私にも招集かかると思ったんだけどな」
「一度話してるんだろ? それで充分だよ。まぁさすがに山口さんのところ謝りに行かなきゃだけどね。あぁ行きたくねぇー」
「それ、私の台詞じゃない?」
そう苦笑した私の顔は思っていたより暗くなっていたのだろう。母さんはいつもより大袈裟な明るい声で言った。
「全然違う意味でってこと。なんたってこのパターン二回目なんだから」
「二回目?」
「そ。なんだろうねぇ、親子っていう運命を感じるよ。ほら、さっさと帰ろ。休み時間になったら帰りづらいだろ」
そういって、母さんは行ってしまった。どういう意味だろう。考えるも、確かに休み時間になるのは面倒だった。いまはとてもじゃないが、実夕と顔は合わせられない。
私は逃げるように、母さんの後を追って、駐車場の車に乗った。
てっきり、このまま山口さんの家に行くのかと思ったら、母さんの仕事が途中だったので終わらせてから行くことになった。
先方にも電話は入れているらしい。散々嫌味を言われたと母さんはため息をついていたので、やはり知り合いではあるようだった。
私を家に下ろしてから、母さんはそのまま仕事へと向かい、私はといえばシャワーを浴びて、ご飯を食べて、その日は休日のような一日を過ごした。
自室のベッドに横たわり、右手の拳を見つめる。
あいつの歯に当たった傷が今さらズキズキとしてきた。シャワーを浴びていても何も感じなかったのに、暴力を振るったことを忘れるなと言われているみたいだった。
「二回目って、どういう意味だろう」
母さんにとっての一回目と今回の私のことを重ねるなら、やはり謝罪だと思う。でも自分の仕事の傍ら、父さんの絵を売る窓口もしていた母さんが謝りに行くのはしょっちゅうだった。父さんはお客さん相手でも普通に怒鳴るし、物も投げつける変人だったからこっちがほぼ悪いので、さぞストレスだったろう。
そこで思い出した。
山口さんを殴る前に、彼女は自分の父親が絵を売って貰えなくて水をかけれたと言っていたではないか。
ということは山口さんのうちに行くのが二回目ということだろうか。
そうだとしたらなんとも確かに、呆れた話である。
本当に困った親子だな、なんて自分で思うのはバカみたいに聞こえた。
でも、数えるほどの思い出しかない父と共通するものがあったということは、それがなんであれ嬉しいな、とも思えてしまった。
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