第10話
その日の夜は、塾の日だった。
歩いてもいける距離だけれど、帰りの夜道を考えて塾まではバスを使っていた。約束せずとも、実夕とはいつもバス停で待ち合わせをしている。
私は誰もいないバス停のベンチで座って待っていた。
実夕がやってくる方へ首を向けるも人が来る様子はなかった。いつもなら実夕の方が先に来ているのだけれど。
まだ少し、時間はある。
大きくため息を漏らした。
部活を切りあげて早く帰ってきても母さんは何も聞かなかった。ただシャワー浴びておいでと言って、濡れたバッグを私から受け取った。
事情は、言わなくてもわかったようだ。
住宅街にひっそりとあるバス停の周りは静かで車もあまり通らない場所だった。
私はベンチの背もたれにだらしなく背を預けながら、空を見つめる。
雨こそ降らないけれど星どころか月さえも拝めない曇天だった。まるで私の心を見ているようで気分が悪くなる。
また首を巡らす。
来たのは実夕ではなくバスだった。たまに遅れるくせに今日は時間通りに到着し、前方の扉が開く。さすがにみっともなかったので姿勢を正した。
乗りませんか、マイクを越しに運転手さんが言った。
実夕が走ってくる様子を想像する。
ごめんね清佳ちゃん、待ったよね。そうやって何もなかったかのように来てくれることを祈った。
窓から乗客が怪訝な顔でこっちを見てくるのがわかった。粘るのは無理だろう。
私は運転手さんに向かって、首を横に振った。すると間髪入れずに扉が閉まってバスが発進した。
次のバスでは塾には間に合わない。実夕が早めに行っている可能性もあったけれどあり得ないだろう。弱いと決めつけた私には会いたくなんてないのかもしれない。
私は深呼吸をしてから、考えた。
仮に、実夕が自己主張を出来たとしても山口さんには届かないだろう。
聞く限り、もう一年以上も実夕を自分のグループに入れている女だ。私が出張ったところでも簡単に実夕を解放するとは思えなかった。
けれど実夕は、自分自身での解決を望んでいるようだった。その真意は一度負けたからという強がりなのか。それもとも別の理由があるのか。
信念を持て、清佳。父の声がふと、流れ込んできた。
そうだ、迷ったときには原点に返ろう。私が心の軸にしていること。
この一件は、大人は頼りにならないことだけはわかっていた。
子どもには、子どもの世界がある。だから私たちは自分たちで生きる場所を、自分の手で作らなければならない。
私にできることはなんだ。私のしたいことはなんだ。
実夕のためにできることは。
答えは、一つだけだった。
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