第7話

 早送りのように桜は葉桜に変わり、私は手芸部に入っていた。

 

 少なからず私の父親が画家であることを知っていた人からは当然、美術部に入るのだろうと決めつけられたけれど、私は絵が超がつくほど下手なのだ。

 キャンパスに景色を描くよりも写真で撮った方が早くない? なんて思っているくらいだった。


 そんな私の趣味は、昔からもっぱら手芸だ。絵は描けなくても手先は器用なのだ。先輩がうざかったら辞めようと思っていたけど、みんな優しかったから続けようと思った。


 そんな話を、私は未だに実夕にはしていなかった。


 実夕は部活には入らず、まっすぐ帰っていた。

 山口さんたちも帰宅部で、実夕とはいつもいっしょに帰っていた。学校にいるときもべったりで休み時間になれば、山口さんのもとに実夕と付き人みたいな女二人(確か名前は竹下と野田)が集まるの繰り返し。昼休みは四人でどこかで食べに行くみたいだった。

 

 学校で実夕と話す機会は必然とないので、実夕との会話は週二回の塾のときだけだった。いま人気のテレビ番組の話や芸能人の話。家であった面白いことや楽しかったこと。私もそこに合わせて話した。

 

 学校の話はお互いにしなかった。まるで違う学校に行っているみたいだなと思う。別にそれでもよかった。実夕がそれで良いのならと。


 五月の連休が空けて、梅雨の時期に差し掛かった頃だった。もうすぐ初めての中間テストが待っていて、髪の毛がうまくまとまらないジメジメしたこの季節はいつも気持ちが鬱蒼としていた。

 私は放課後の部活で刺繍を一つ作っていた。どこかで実夕にあげようと思っているやつだ。


「朝宮さん、呪いのページって知ってる?」


 同じ部活の保坂先輩と小泉先輩だった。手芸部は全部で六人しかいなくて、一年生は私だけ。今日は私たち三人しか活動していなかった。

 二人の先輩も優しくて良い人だけど、何を作るでもなくお喋りしているだけだった。廃部にならないか心配である。


「知りませんけど……呪い、ですか?」


 小泉先輩の方が目を輝かせて応えた。


「そう、人を呪ってくれるホームページがあってね。本気で呪いたいって思わないと見れないらしいのよ」


「へぇ……」


 全力で興味がない話だった。いまはそんなのが流行ってるのか。

 私は愛想笑いで切り抜ける。


「知らなかったです。先輩は呪いたい人いるんですか?」


「んー、本気でって言われるとねぇ。嫌いな人はけっこういるけど」

 

 クスクスと仲良く笑い合う先輩たちを見て、平和だなぁと思う。この人たちはお互いに呪い合ってる可能性は考えないのかな。


 私は「ちょっとトイレに」といって部室を出た。


 外はどんよりとした曇りで、廊下は節電か電気も消えていたから暗く感じた。呪いなんてくだらないけど、心霊的な連想をしてしまって意味もなく振り返ってしまった。当然、何もいない。


 人を呪ったところで何があるのだろう。

 人を呪えたとして、それは無条件なのだろうか、何か対価があるのでは、なんて考えるのは漫画の読み過ぎかな。


 そんなことを考えながら、お手洗いをすましてからの帰り道だった。


 二階からの窓の外、一つ下の階下になんとなく目がいった。

 これも呪いという言霊なのだろうか、何か予感めいたものがあったのかもしれない。私はいつも人があまりこない遠くのトイレを使うのだけど、この日は暗く感じた廊下が不気味で、部室から一番近いお手洗いを使っていたからだ。


 普段は通らない廊下。

 パラパラと細かい雨が降る中、階下には見覚えの傘が広がっているのが見えた。

 淡い白に外縁が四つ葉のクローバを模したデザインがある可愛い傘だった。塾のときに隣りにある見慣れた傘だ。私はそれを見た瞬間、脚を踏み込んで駆け出していた。


 別の知らない誰かであってくれ。

 

 そう願いながら、私は階段を三段飛ばして駆け下りる。スカートに空気が入ってふわりと形を盛り上げた。すれ違う男子生徒に見られた気がしたけれど気にしなかった。早く勘違いを正したい。骨折り損だったと一人で笑いたい。


 その傘の主がいた場所は、ゴミ捨て場だったから。

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