第3話
開けっ放しだった引き戸から教室に入ると、すでにクラスメイトはかなりの人数が集まっていた。
私は適当に顔見知りと挨拶をしながら、眼で目的の子を探す。
教室の真ん中あたりで一人読書をしている子を見つけた。
私も人のことはいえないけれど制服に着せられている印象だ。私服しか見たことない彼女の姿はそっくりさんにも見えなくなかった。
どうせ赤毛のアンだろう。暇があれば読んでいるのだ。おかげで私のバイブルにもなってしまった。これだけ人がいるのにまだ仲の良い友達は来ていないのだろうか。彼女に話しかける子は誰もいないようだった。
私は、彼女の後ろから声を掛ける。
「実夕」
私が話しかけると、実夕は驚いて顔を上げた。
彼女は小柄で大人しく自己主張を全然しない。私とは正反対だったけど、ちゃんと他人を気遣えるのが彼女の長所だ。相手の気持ちになって言葉を選べるというのは簡単そうで難しい。言葉を選びすぎてテンパっちゃうところもまた可愛かった。
「……清佳ちゃん。久しぶりだね」
ぎこちない笑顔で実夕はそう笑った。クラス名簿で私の名前は確認できたはずなのに、気付かなかったのだろうか。それに今のは、私というより話しかけられたことに驚いたように見えた。
「実夕、私立受験するって言ってなかった?」
聞くと、実夕は困ったように笑ってみせた。
受験に失敗したという可能性を私は完全に捨てていた。この子は勉強はすごい出来るし、志望校も堅実に滑り止めも万全だったはずなのに。だから気を遣わなかったのだけれど、実夕は小さい声で「落ちちゃって」と呟いた。
「そっか。ごめん」
「いいの。私こそ言えてなかったから」
「お互い、スマホ持ってないもんね。まぁでも良かったよ。同じ学校で同じクラスとか」
実夕は私とは違う、大和小出身だった。けれど塾が一緒だったのだ。
ちょうど学区の境目に家があることから学校は違っても家が近所だったので帰る方向が同じだった。話すようになったきっかけは覚えていないけど、私のなかではいつからか実夕が一番の友人といえる人になっていた。
この予想外の出会いは素直に嬉しい。
私は顔が綻ぶのを自覚しながら聞いた。
「塾はやめないんでしょ?」
「うん、そのつもり」
「そっか。正直私はもういいかなと思ってたんだけど、母さんに頼んでみようかな」
「清佳ちゃん、塾、行かなくても勉強出来るもんね」
「いやいや、実夕に実力テスト勝てたことなかったじゃん。塾の先生にも超期待されてたし」といってから、私は言葉を止めた。
「ごめん。失言」
「いいよいいよ、気を遣わないで」
もう憂いはないという顔で実夕は首を横に振った。
実夕の志望校は誰もが憧れる中高一貫のお嬢様校だった。偏差値七十オーバー、面接試験まである徹底ぶりだった。私は気の弱い実夕に女子校って大丈夫なのかなと合格した先の心配をしてたくらいだったのに、どうして落ちたのだろう。
謎過ぎて何をどう失敗したのか聞きたくて仕方なかったけれど、私から触れるの良くないことだ。向こうから話してくるのを待つしかない。よし、忘れよう。
私は空いていた前の席に座って、話題を変えた。
「じゃあ今日さ、学校終わったら図書室行ってみない? 卒業までに全部読もうと思ってるんだ」
「清佳ちゃんなら、本当にやりそうだね」
そういって、実夕は苦笑した。
行く行かないの返答がないな思ったときに、私は自分の視野が狭くなっていたことに気が付いた。
チラチラとこちらを見る視線を感じる。
注意深く見てみると知らない顔、大和小の女子たちだった。つまりは実夕と同じ学校である。
実夕を見ると、気まずく俯いていた。
私は実夕の学校での人間関係を知らない。今ひとりでいたことから現時点で仲の良い人はいないのだなと思っていた。誰か仲良しがいるなら加えてもらおうかな、という気持ちでいたのだけど
どうやら、雲行きが怪しくなってきた。
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