第2話 悪魔は、地獄から蘇る
「……第一工程、完了しました」
「よし、始めてくれ」
子供たちが横たわる薄暗い部屋を、ガラス越しに見る科学者たち。白衣の男の合図で、科学者が何かのスイッチを起動する。
誰もが固唾を飲んで見守る中、軍服を着た男が、少し不機嫌そうな声で白衣の男に声を掛ける。
「もうこのプロジェクトには後が無いぞ。本当に上手くいくんだろうな?」
「理論上は可能の筈です。後は調整しながら施行すれば――」
「前回と一言一句同じだな。……これで何回目だと思っている?」
「……まあ、見ていてくださいよ」
気まずい空気の中、とうに聞こえなくなった悲鳴の代わりに、機械の無機質な音が2人の間を流れた。
軍服の男が忙しなく指をトントンと叩いているのに対し、白衣の男は微動だにせず涼しい顔で子供たちを見ていた。
「……ふぅ」
痺れを切らした軍服の男が、姿勢を崩して軍帽を脱ぐと砕けた口調で話し始めた。
「分かってるとは思うが、俺が催促するのは国防総省からの指示だからだ。このプロジェクトに予算を投じ始めてからおよそ2年。今まで10回以上の試験をこんな風にやってるわけだが……実際のところ、こんなの成功なんてするのか?」
「さぁ、神のみぞ知るのでは?」
気を抜いた軍服の男に合わせ、白衣の男も他人事のように返事をする。
「神のみぞって……お前、それでも科学者なのか」
「……今、我々が行おうとしているのは前人未到の領域そのものです。私も人間である以上、先人の知恵が及ばないものには絶対を言えません」
「……まさか、ここまでして神頼みなんて事は無いよな?」
「大佐。神頼み、は少し高尚が過ぎますよ。何せこれは文字通り、悪魔の計画なんですから」
表情一つ変えず、そんな事を言い放つ白衣の男に、大佐と呼ばれた男はこめかみを押さえて悩むことしかできない。
「屁理屈を言ってる場合か。俺の立場もある。ここだけの話、上はもう手を切りたがっているんだぞ」
焦りを隠しきれない大佐。そこに、ピー、という非情な音が流れた。
「8番、心肺停止。脱落です」
「……チッ」
科学者の1人が淡々とそう言うと、白衣の男は静かに舌打ちをした。
「なぁ、いいか。お前がこの計画に何を求めているのかは知らん。だが、世迷言を吐いているだけじゃ結果は変わらんぞ」
「言われなくても。これでも科学者の端くれなので」
「……聞かせてくれ。これの、何が、お前をそう駆り立てる」
非人道的な世界がガラスの向こうに広がっている。国の未来を思う大佐は、これを信じて見守っていた。しかし、依然として達観した姿勢を見せる目の前の男に、大佐は薄気味悪さを覚えていた。
少しずつ機械の停止音が重なり増えていく中、白衣の男が話し始める。
「大佐。この国の軍人の年間死亡数は?」
「……約1万人だ」
「では退役軍人の自殺者数は?」
「…………その数倍だ」
思う所があるのか、こんな話に付き合いたくないと言いたげな大佐だが、相手の考えを聞くため、仕方なしに話を合わせるしかなかった。
「このデーモン計画は、その数を限りなく0に近づけるための足掛かりです。大佐、この計画の内容については、どこまでご存じで?」
「資料には目を通した。簡単に言ってしまえば、SFによくあるサイボーグを作るのだろう?」
「ええ、そうです。ただ少し補足すると、限りなく機械に近い人肉ロボットですが」
白衣の男は、ようやく子供たちから目線を離すと、資料の表紙に目を落とす。
「人体ほど万能な兵器はありません。しかし、兵士は人間ですから、残念ながら人間の域を出る事は無いのです。そこでどうするか?」
「……人を機械にする、と?」
「えぇ、そうです。五体をただ動かすだけでなく、筋肉の収縮などを含めた神経信号を機械のように精密に操れるようになれば……ヒューマンエラーが無くなるのはもちろん、トップアスリートですら出来ない身体操作を可能にできます。さらに、我々が扱う電子データを脳内で変換し、情報や動きを瞬時にラーニングすることが出来れば、訓練や学習にかかる時間を無くすことも出来ます」
「……そんなに都合よくいくものなのか? 何かしらの穴があっても、おかしくなさそうだが?」
「だからこうやって実験しているんでしょう。可能性を求めて」
そんな会話をする2人の周りは、実験の記録や脱落した子供の処理、装置の調整などで研究者たちが忙しなく作業をしている。
大した時間もかからずに、子供たちの命が消えていく。
残ったのは2つの心電図。モニターには、15番に17番と表示されている。
……そして遂に、残っていた2つの信号が……消えた。
「……今回も駄目、か」
「……」
何度目かの失敗を前に、あと何回、同じことが出来るのか誰もが考え始める。
――しかし悪魔とは、死後の世界の、さらに深い場所からやって来るものである。
ピッ。
静まり返った研究室に、悪魔の心音が響いた。
「!? チーフ!!」
「! まさか……!」
「!!」
研究者たちの熱が上がる。この機を逃すまいと彼らは作業に集中する。
「……大佐」
まさかの展開に呆然とする大佐に、白衣の男が語りかける。その顔は、先ほどまでとは打って変わり、無邪気な子供のような笑顔だった。
「これが、我々と契約を果たした……悪魔の姿ですよ」
横たわる、その小さな体躯。頭の装置が大人の手によって外された後も、その胸は規則正しく上下していた。
白衣の男が足早に実験室へと入る。研究者たちも、ぞろぞろとそれに続いた。
「バイタルは正常です。脳からの信号も確認できています」
「見せてくれ……ハハ、凄いな」
白衣の男に手渡された端末に表示される数値はほとんどが正常であり、一部が常軌を逸していた。発せられる脳波は寸分違わず、一定のリズムを打っている。
「洗浄に問題は?」
「ありません。完全にまっさらな状態です」
「よし。体を休ませたら次の工程だ」
まだ目覚めぬ子供。彼はこれから戦闘兵器として生まれ変わる。
「期待に応えてくれて、ありがとう……デーモン」
デーモン。それはサムという名を失った、機械混じりの悪魔だった。
「――これは、政府も気にかける訳だ」
デーモンが誕生してから2カ月の時が流れそうな頃、報告書をまとめていた大佐がコーヒーを片手にそう呟く。話し相手のいない1人の空間で、ただ心の底からこぼれた本音だった。
デーモンは1週間という短い期間で、少しばかりの調整と訓練を終えた。その後、政府は研究成果の調査も兼ねて、国境付近に位置する武装集団が蔓延る街での作戦に、デーモンを秘密裏に投入した。
結果、デーモンは1カ月の期間を要すると推定された作戦に1人で臨み、想定をはるかに凌駕する、5日間という期間で作戦を成功させ、無事に帰投した。
作戦内容は、敵本拠点の特定及び壊滅、加えて重要人物の殺傷。デーモンたった1人による、この異例の作戦で当国に損失は無く、敵リーダーと思しき人間を殺害し、作戦の障害となった敵支部の拠点4つを一夜にして攻め落とした。
その場に居なかった大佐でさえ、それが人間離れした御業であることが容易に想像つく。少なくとも大佐の知る限り、たった1人だけでこんな成果を挙げた兵士は他に居ない。
前回の調査によって想定以上の収穫を得た政府は、デーモンの研究、及び実戦投入に、より積極的になった。
さらに半年という月日が流れた。それまでにデーモンが請け負った任務には、国にとって、大きな転機となったものもある。
それによりデーモンは、更に一目置かれる存在になった。しかし、それとは対照的に、一度は成功した筈のデーモンについての研究は、状況が芳しくなかった。
「――何故だ」
そう嘆くのは白衣の男。部屋の電気も付けずに、監視カメラの映像を眺めている。
そこには、綺麗な仰向けの姿勢で寝ているデーモンの姿があった。彼は白衣の男が心血を注いで創り上げた新人類である。
「……君の、何が特別だったんだ?」
名を介さぬ問いかけが、画面の向こうに届くことは無かった。
デーモンが誕生してからこれまで、彼は状況の再現から理論の構築と実践を何度も繰り返した。幸いにも、今まで以上の政府からの人手や資金の援助によって金と時間の余裕は増えたため、以前よりも万全な体制で計画を進められている。
しかし、結果がそれに伴うことはなく、有用な成果は得られていない。増え続ける仮定はどれも、想像の域を出ないものだった。
今まで何人もの子供を犠牲にしたが、デーモンは彼以外に誕生しなかった。時間がただ過ぎ去っていく現状に、白衣の男はまた頭を抱える。
しかし、まだ時間には余裕がある。そうやって落ち着きを取り戻した白衣の男は、寝る間を惜しんで再び研究に没頭した。
それが、長続きしないことも知らずに。
ある日、怪しい動きを見せた隣国に警戒を強めた政府が、いつものようにデーモンを任務に派遣した。
月光も差さない真夜中、海の上に謎の戦艦が浮いていた。
これはとある隣国の船だ。闇夜に身を潜め、密かに当国の水域へと進行しようとしている。
甲板の上では銃を持った兵士が巡回している。その物々しい雰囲気から、これが何やら重大な役割を持っている事は、明白だった。
海上に敵は見当たらない。戦艦に乗っていた誰もがそう思っていると、黒い空から目にもとまらぬスピードで何かが飛来した。
「!?」
甲高い金属音が辺りに鳴り響く。
驚いた兵士が銃を持って慎重に様子を見に行くと、暗視ゴーグル越しに何かが目に映る。それは脱ぎ捨てられた黒いモモンガスーツだった。
何者かが侵入したと敵が悟った時にはもう既に、デーモンは兵士の背後へ回っていた。デーモンは兵士に声を上げる間を与えず、金属製の拳による1撃で首の骨をへし折った。
異変を感じ取った兵士が緊張感を高め、続々と集まってくる。デーモンは兵士が携帯していた銃を手に取ると、その集団との銃撃戦を始めた。
「撃て! 撃て!!」
黒い海の上で、マズルの眩い光が散った。しかし、放たれた弾丸はデーモンに被弾することなく、そのまま闇へと消えていく。
それを銃撃戦というには、あまりにも一方的なものだった。同じ銃器の筈が、デーモンが放つ銃弾は全て兵士の頭を撃ちぬき、甲板を血で赤く染めている。
デーモンが請け負った任務は、この船に積載された生物兵器の奪取。ゆえに敵兵士の生死は問わず、ただ効率を求め戦闘をこなしていた。
デーモンという得体の知れない敵を前に、兵士たちは抗えない恐怖を覚えた。分が悪いと判断した敵指揮官が後退を指示すると、兵士たちは焦った気持ちのまま船内へと身を潜める。
――状況報告を。
サポーターからのデータ信号が、デーモンの脳に受信される。
「……」
――了解。作戦を続行しろ。
言葉を発することなく状況報告を終わらせると、デーモンは戦闘へと戻った。
敵兵士達に出来ることは何も無かった。
もはや同じ人間ではないとはいえ、乗船していた数十人の兵士が、1人の侵入者に全滅させられたのである。無傷で戦闘を終えたデーモンにとっては、それこそ機械のように、正確で容易い事だったのだろう。
「悪魔め……」
そう言い残し、敵の指揮官は事切れた。
デーモンはそれを気にも留めず、来た道を戻り始める。
血だまりと共に床に転がる夥しい数の屍の間を練り歩き、デーモンは目標物がある倉庫へと移動した。
警戒を怠らず部屋に侵入するデーモン。中はとても暗く、白い息が出るほどの寒さも相まって、不気味な雰囲気だった。
周りを探索するが、目標物である生物兵器らしいものは見当たらない。すると少し進んだところで、デーモンは自分以外の生き物の気配を感じ取った。
デーモンは敵兵だと当たりをつけ、見つからないように移動するが、すぐさまその異変に気が付く。
自分以外の息遣い、その発生源は大きなビニールを被った檻の中。
デーモンは視神経をいじり、目のピントを合わせるとその正体が目に鮮明に映る。
「……」
――目標物を発見したか。対処に移行しろ。
「……ぅ……お兄さん、誰……?」
生物兵器、その正体は子供だった。男女数名の小児が、寒さに震えながら檻の中で縮こまってる。
子供、正確には彼らに感染しているウイルスが今回の目標物だ。
この子供たちは、そのウイルスが分泌されるための媒体として調整が施された器である。
デーモンは冷静に状況を判断し、すぐさま檻をこじ開けた。大きな物音に子供たちが声を上げる。
突然の事に怯えていた子供たちだったが、解放された事を理解すると、ゆっくりと体を起こし始める。
――目標を誘導……。
ここでの仕事は無事に終えた。
しかし、作戦通り引き揚げようとしたところ、話の雲行きがおかしくなる。
――情報が更新された。作戦変更。目標を破壊しろ。
突然、任務内容に変更が起こった。
子供たちの手を引こうと差し伸べたデーモンの腕が止まる。
「? お、兄さん?」
まるで機械のように動きが止まったデーモンを不安そうに見つめる子供たち。
意思を持たない筈のデーモンが疑問をもった。
「……」
――そう、破壊だ。「生物兵器の裏がとれた」と報告を受けた。今から情報を送信する。……もう現物は不要だ。お前の身体は免疫を高めることができるが、感染するリスクがあるかも分からない。破壊しろ。
サポーターは「何故デーモンが疑問を?」と少し違和感を覚えたが、特に気に留めず説明をした。
生物兵器についての概要、理にかなった回答を受信し、デーモンは機械としての正気を取り戻す。
いつも通りの機械のような動きで、子供たちに銃口を向けた。
「ヒッ……!」
それが何のための道具であるか理解しているのか、銃口を向けられた子供たちは尻もちをついて怯え始めた。逃げ出そうとする者もいたが、凍えた体が言うことを聞かないのか全く抵抗になっていない。
デーモンがトリガーに指をかけた。
「……?」
しかし、デーモンの意思とは裏腹に、それが引かれることはなった。
――何をしている。命令だ。それを破壊しろ。
急かすようにサポーターの信号がデーモンの脳内で反復するが、デーモンの身体は微動だにしなかった。
デーモン自身も自分に何が起きたのか理解できてなかった。いくら体に信号を送っても、筋肉が痙攣を起こすだけ。
ついに要因が分からない汗までふきだし始めた。発汗も操作できるはずなのだが、体が全く言うことを聞かない。
「ゆ、許して……!」
子供の口から出てきた命乞いの言葉を聞いた瞬間、デーモンの心臓の鼓動が跳ね上がった。
デーモンに意思はない。その筈が……彼は漠然と「こんなのは嫌だ」と思った。
――デーモン。迅速に終わらせろ。逆らうな。
しかし、デーモンならば任務を遂行しなければならない。強烈な命令の信号が頭に響いた。
引き金を引く。それがデーモンの意思かも分からなくなってきた頃、初めて聞く懐かしい声が聞こえた。
「サム」
デーモンの体の震えが止まった。銃口の先を見てみると、なぜか初めて見る子供の姿があった。
先ほどまで居た子供はどこへ行ったのか、この自分と同じくらいの背丈の子供は誰か。情報を処理する速度が早い筈のデーモンの脳は、全く機能していなかった。
「サム」
その子供はただ「サム」と言葉を繰り返した。デーモンはそれが何か分からない。しかし、自分はそれを知らなければならないと分かっていた。
「サム」
そう呟く目の前の子供の身体が、塵に変わっていく。
何故かはわからない。
何故かは分からないが、デーモンは目の前の子供を抱き留めようと両手を伸ばしていた。まるで、それがかけがえのないものだと言わんばかりに。
「……ッ……? な、なに……?」
気が付けばデーモンは銃を捨てて、自身より一回り小さい子供を抱きしめていた。
「……ごめん……ごめんね」
口から出た謝罪の真意は、デーモン本人にも分からない。その相手が怯える子供たちへなのか、それとも……名前も知らない、あの子供に向けてなのかも。
訳も分からず、ただ涙を流す悪魔。未だ記憶は戻らず、自分が何者かは見いだせていない。分かっているのは、手を差し伸べるように現れたかつての幻影が、彼の心を蘇らせたことである。
――デーモン。任務を遂行しろ。
「……断る」
――……発声の許可は出していない。理解できていないのか?
「……よく聞け。俺は、もう……兵器には戻らない。絶対にだ」
デーモンはそう言い残し、脳内の暗号回線を切断した。送受信されていたデータは稼働を止め、操り人形だった彼は自由という権利を取り戻す。
「……はやく逃げよう」
「う、うん」
状況をいまいち飲み込めない子供だったが、目の前の悪魔が自分達を害することはもう無いだろう、と何となく感じ取っていた。
続々と子供たちが立ち上がった。彼らは、重い足取りで部屋の入口へと向かっていく。ドアの隙間から漏れている光を頼りに。
「……」
「……!」
サムに抱きしめられていた少年が、無言で彼の手を握った。少し驚いたサムだったが、戸惑いながらも、その手をしっかりと握り返した。
血にまみれた冷たい手だった。しかし、子供たちからしてみれば、それはもうとっくの昔に諦めていた、救いの手だったのだ。
「……行こう」
「うん」
サムと子供は、誰も居なくなった倉庫を後にした。
気が付くと、外は物の輪郭がうっすらと見えるほどに明るみ始めていた。子供が転ばないよう、気を付けて甲板を歩く。
「はやくはやく!」
「ま、待ってよ!」
酷い環境に閉じ込められて衰弱していたはずの子供たちが、元気そうに走し回り、はしゃいでいる。体の疲れを感じないほど、自由を謳歌しているようだ。
「あ! みて!」
一人の子供が、空を指さした。その指の先に映る空が、さらに明るみ始めている。
「日の出だよ!」
海の地平線から、眩い光が顔を出し始めた。少しの時間が経つたびに、さらにそれは形を大きくしていく。
子供たちは感嘆のため息を漏らし、サムは言葉を呑んだ。
心を取り戻してから初めて見る太陽。自分は、これを毎日のように見ていたのだろうか、とサムは失くした記憶に思いを馳せた。
「……お兄さん、ありがとう」
サムの手を離し、仲間に混ざった子供がそう言った。その顔からはもう先ほどまで漂っていた悲壮感は感じられない。
「……うん」
自分の意思で無いとはいえ、今まで数々の人を殺してきたサム。そんな自分が感謝されてもいいのだろうか、と彼は少し戸惑った。
しかし、そんな思いとは裏腹に隠し切れない安堵と喜びが、その顔に表れていた。
ひとしきり感情を噛みしめたサムは、ゆったりとした動きで、全員が乗れる救命用のボートを探そうとする。
「? 何の音?」
子供の1人が、何かの音を感じ取った。瞬間、サムは自分が物思いに耽ってせいで、この危険を察知できなかったことに気付く。
耳に入ってくる異音が、だんだんと大きくなっていった。
「! みんな海に飛び込んで!!」
もはや時間など無かった。ただの子供に瞬時に行動できる判断力も期待できない。
一人だけで海に飛び込むのは簡単だった。しかし、サムはもう彼らを助けることを決めていた。サムは、困惑することしかできない子供たちを抱え始めようとする。
しかし、デーモンに他人を救う機能は備わっていなかった。
船首に黒い何かが突き刺さったと思うと、次の瞬間には火の海が燃え広がった。
続く爆破の衝撃で、サムの身体が大きく飛ぶ。なんとか受け身を取ろうとするが、火に包まれゆく子供たちの姿が、サムの目の端に映った。
それに気を取られてしまい、更に巻き起こった大爆発がサムの意識を刈り取った。
――船の破壊を確認。デーモンの身体を回収する。
――大規模の嵐が発生。作戦中止。全機、一時帰投。
――数時間後、捜索を再開。
敵戦の轟沈後、政府は約5日間にわたり、デーモンの回収を試みた。しかし、この作戦による収穫は皆無。デーモンの肉片はおろか沈んだはずの船すら発見が叶わず、自我を取り戻したと思われる通信記録を最後に、デーモンは完全に姿を消した。
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