領主の苦悩 409話

 昨日は久しぶりに執事のセバスチャンとゆったりとした時間を過ごせた。いつもクリシュかレイシアが、何がしかの新しい企画や案件、トラブルを持ってくるから、その解消や進行でゆっくりする暇がないんだ。

 まあ昨日も婚約だの、なぜそうなったのか分からない手紙が二通も届いていたんだが、あいつ等が帰って来ないと分からないからそこは後回しでいいよな。


 二日酔いでも仕事はしないとな。役場の執務室で、上がってきた報告書のチェックをはじめた。


 ……新規事業多くないか? いや、多すぎだ。


 貴族子女のための教育整備事業。

 平民のための教育整備事業計画。

 石鹸工場と研究所。(終盤)

 米栽培のための開墾と整備。


 他にもレイシアが始めたさくらんぼの祭りもあるし、仕事は増えるわ、開業資金はいるわ、維持費はいるわで、今、予算が足りないんだ。レイシアが学園に通ってから、どれだけ仕事が増えたのか! 新規事業には、予算が必要なんだよ! 人手もな!


 どれも魅力的な事業だし、やらなければいけない事業だ。


 分かっている。分かっているんだ。けれど金が……予算が……。


 一時は借金を前納しようかと話していた時もあったんだが、やらなくてよかった。

 レイシアが特許で稼いでオヤマーの借金を無くしたあとは、レイシアに特許料が行くようにもしたし、毎月返済もしている。レイシアには伝えていないけどな。

 復興も進み、特産品の価値も上がった。税収も回復したどころか上がった。


 しかし、それ以上に出ていく予算が増えていく!


 分かっている。5年後、10年後のための投資だ。災害特例で、国への税が低くなっている今のうちにやるべきだということは!


 二日酔いで思考が堂々巡りしているな。だめだ。一息つこう。私はお茶を貰おうとベルに手をかけた。その時、ノックの音が響いた。


「どうぞ」

「失礼します、旦那様」


「どうした。来客か?」

「神父様より言付けを言い渡された孤児が参りました。こちらが神父様からの手紙でございます」


 手紙というよりメモか? 四つに折られただけの紙を広げて見た。


『大変な事が起きた。今すぐ教会まで来てくれ。詳細は……見て確かめてくれ」


 走り書いたような崩れた字でそれだけ書かれていた。盗賊か魔物でも出たのか? いざという時のために、我が領の騎士団長に教会まで来るようにと秘書に伝言を依頼し、執事と馬車に乗り込んだ。



「どうしたバリュー。何があった」


 教会に着くや、急いで馬車を降りるとバリューに問い正した。


「森まで一緒に。話はそれからです」

「森? やはり魔物か!」

「いえ、危険性はないと思います。ただ、これからどうしたらいいのか……」


 最悪の事態ではないようだ。だが、何だ、この歯切れの悪さは。


「ではご案内します」

「お待ち下さい、神父様」


 セバスチャンがバリューを止めた。


「失礼ながら、森に入るのでしたら護衛がいなければいけません。孤児たちが食料を取りに行けるほど安全な所だとは知っていますが、領主様に万が一の事があってはいけません。今、騎士団長が向かっておりますので、到着を待ってからでよろしいのではないでしょうか」


 バリューはハッとしてセバスチャンを見た。


「失礼しました。仰る通りです」

「何が起きたのか教えて頂けないでしょうか」


 バリューは少し考えているようだ。そしてこう言った。


「神の奇跡か、あるいは何か悪い事の前兆か……。とにかく予備知識なしに見てほしい」


 結局、訳が分からぬまま騎士団長を待つことになった。



 魔物どころか小動物も出会わないまま森の中を進んだ。軽く積もった雪は、何度も通った跡が付いていたため迷うことなく現場についた。


 ……何だこれは


 森の中だというのに、その一面は木が生えておらず、広々とした土地には雪がなく緑の草原が広がっていた。その中央には泉があり、湯気がたっていた。。


「こんな場所、なかったよな」


 私はみんなに聞いた。


「聞いたことありませんな」


 騎士団長がいう。バリューもセバスチャンも頷いた。


「温泉か? 温泉だよな」


「温泉だと思われます」


 バリュー……、どういうことだ?


「発見した子どもたちによりますと、お昼前森の中から、白い線のようなものが突き上げるように上がったのを見たそうです。しばらくしたら消えたので、三人でそこまで走って見に行ったそうです。そうしたところ、ここにたどり着き、近づくと温泉ができていたと。一人が入ってみたらとてもいい湯だったと言っていました」


「入ったのか?!」


「はい。一人が『そのまま上がったら風引くよ』と気付き、私の所までタオルを借りに来ました。私はそこで初めて知り温泉に向かいました」


「その子供は? 大丈夫だったのが?」


「ええ。シュワシュワして気持ちよかったと言っていました」


「シュワシュワ?」


「はい。子供が着替えたあと冒険者たちが何事かと来たのですが、他領の冒険者らしく温泉を知らないようでしたので、『領主に報告するまで近づかないように。天変地異なのか神の祝福なのか、何かの前兆なのか分からない今、憶測で話すと神罰が下るかもしれない。報告があるまで近づかないようにギルドに報告して下さい』とお願いしました』


 バリュー、よくやった。ん? 他領の冒険者?


「他領の冒険者が温泉に近づけたのか?」


「はい。お湯の熱さに怖がっていました。魚が住めないじゃないか、と言いながら」


 どういうことだ? 温泉は神の恵みじゃないのか? ターナーの民のために神がもたらした温泉。今回のこれは民のためにもたらされたものではないのか?


 どうしたらいいのだ? バリュー!


「私はやはり神の、アクア様の恩恵だと思っています。お湯が吹き出したばかりでなく、森が草原になり、中央にお湯を溜めるくぼんだ土地ができるなど、自然の営みではありえません」


 そうだな、しかし……


「私に何を行えというのだ? いきなり温泉が湧き出ただと? しかも他領のものが近づけるとは!」


 ただでさえ金がなく時間もない所にこんな新しい問題が! くそ〜、どうする俺!


「しばらく調査のため、この一体を禁足地とする。騎士団で見回りをし許可なきものは誰も近づけないように」


「はっ!」


「調査はバリューに任せる。好きだろ、こういうの」


「かしこまりました」


「では帰ろう。帰ったら各ギルドにこのことを報告。セバスチャン頼む」


「かしこまりました」


 俺は問題を先送りにした。仕方ないだろ、こんなこといきなりどうしろって言うんだよ! は〜。



 港町サカから息子と料理長、メイド長たちが帰って来た。レイシアは直接王都に行くのか。相変わらず自由だな。


 報告はどれもこれも頭が痛くなることばかりだったよ。俺の周りおかしくないか? おかしいよな。



 後日、温泉の話を聞いた息子は、バリューと調査に乗り出した。


「お父様! あれは絶対神の祝福です。他領の人が入ることのできる温泉なんて、ビッグチャンスじゃないですか! 僕が計画を立てていいですよね! 僕が学園に通う前には、賑わって大儲けできるようにします。頑張ります! かなり予算が必要だと思いますが、そちらはお父様にお任せしますから。ああ、楽しみですね。お姉様に負けないように頑張るよ!」



 ……クリシュ……何をやる気だ? だからな、予算今でもカツカツなんだよ。新事業も手一杯抱えてるし……。聞いてるか、クリシュ。


「お客様がたくさん来るなら、お姉様のメイド喫茶開けるかも! まずは、神父さまと計画を作らないと!」


 ……聞いてくれ〜。予算が……時間が……


 俺の言葉は息子には通じていなかったようだ。やる気のある息子を応援したい気持ちと、現実の忙しさに挟まれた俺は、「どうしたらいいんだ〜!」と叫ぶしかなかった。

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