八章 神々の打ち上げ(バッカス視点)408話

「来週で仕事が一段落つくからさ~、私をねぎらうパーティーを開いてよ~」


 水の女神アクアのねーさんが放った、欲望だらけの心の声が俺に届いた。


「飲み会か。久しぶりに開くか。酒は俺の担当として、問題はつまみだな。まあ、ヘルメスのおっさんにまかせとけばいいか」


 そうとなれば早速連絡だ。俺はプレゼント用に秘蔵の酒を差し入れようかと考えていた。


 ◇


 準備のため朝早くねーさんがいるターナーにいったら、ねーさんと若いお嬢さん風の神がいた。誰だっけ? 見覚えあるよな。


「バッカス、なに呆けてんの? 森の神のボアよ。私達最後の作業があるから、会場準備よろしくね」


 はい? 仕事まだ残ってたのかよ。っていうかなに? 何でボアが起きているんだ?


 多くの神は人間に見切りをつけて長い眠りについたり隠れたりしている。ボアもその一人だったように思ったんだが。


「レイシアに起こされたのよ」

「そうなのです。レイシア様が教会に活気をもたらしたのです。少し人間を信じてもいいかなと思い直しまして、こうしてアクアさんのお手伝いをしていますの」


 は? レイシア? 


「とっとと終わらせるわよ、ボアちゃん。じゃ、パーティ準備よろしくね、バッカス」


 なんか分かんないけど頼まれたものは仕方ねえ。とりあえず酒運び込むか。


 ◇


「お~い。そろそろ準備終わるんだけど。ねーさん達、まだ時間かかりそうか?」


 アクアのねーさんなにやってんだ? ボアの嬢ちゃんと地面に向けて魔法をかけたり土いじりしたりしている。ああ、せっかくの美貌が泥だけだ。


「何やってるんですか、ねーさん。もうすぐ終わるとか言ってたのに」

「もうすぐ終わるわ。私には感じることができる」

「だから何だよ!」

「いいから見てなさい!」


 ボアが木の根っこをうにゃうにゃと動かしている。アクアが水ならボアは森の木々を扱う。それにしてもシュールな情景だな。土がボコボコと波打っているのって気持ちわりーな。


「今よ! ボアちゃん」

「はい!」


 ねーさんと嬢ちゃんが思いっきり魔法を地面の一点に向けて放った。透明で薄い青い光と緑の光が、織り交ざるように絡み合いながら地面の奥まで刺さるかのように吸い込まれていった。


「どうですか? アクアさん」

「いいわ、成功よ。よくやったわボア」


「もう一度やれと言われてもできませんよ」

「大丈夫。さあバッカス、飲むわよ! 準備できているよね」


「あ、ああ。おっさんらがお待ちかねだ」

「ボアちゃん打ち上げよ。この作業は今日でお終い。ご苦労様だったわ。今日の主役は私とあなたよ! 好きなだけ飲んで。バッカスがいくらでも用意してくれるからさ」


「そんな元気ありませんよ~」

「大丈夫。仕事明けの酒は別格よ! 明日の心配しなくていいしね」


 あ、アクアのねーさん、飲む前からタガが外れてる? ハイテンションのねーさん。いいぞ、いくらでも飲ませてやるよ! やったれ~!


 ◇


「私のために集まってくれてありがとう! 今日はみんなで私をもてなすように! あ、助手のボアちゃんもほめ讃えてあげて! じゃあ今日は、みんなの奢りということで……、かんぱ~い!」


「お、おう」

「「「かんぱ~い!」」」


 おっさん、「お、おう」とかとまどってるんじゃないよ。どうせ使うこともない金だろ。今日はねーさんのわがままなんだから、こうなるの分ってたよね。


 今日の参加者は、まあいつも通りだ。アクアのねーさんとボアの嬢ちゃんが主役。酒手配担当の俺とつまみ担当のヘルメスのおっさん。マルスの野郎とカク・ヨームのぼうず。みんななんだかんだで人間びいきの変わり者だ。


 ねーさんが一気に飲み干すと、「おかわり!」とグラスを突き出した。カク・ヨームのぼうずが、かいがいしく注いで回ってる。


「それでなんじゃ。なにをしておったのか教えんのか」


 みんなそれが知りたかった。ねーさんに視線が集まる。


「それはねえ。……内緒よ! 大丈夫そのうち分るから。ねぇ~」

「本当に大丈夫なのですか?」

「疑ってるの、ボアちゃん」

「そう言うわけでは」

「いいから飲みなさい。ほらほらほらほら」


 こぼれるって、ねーさん。そんなに注がなくても。

 一気に飲まざるを得なくなった嬢ちゃんは、酒を半分ほど飲むと、ドンとテーブルに置いた。


「大変でしたのよ~! アクアさんにどれだけこき使われたか~!」


 酔ったのか? 疲れてると酔いって回るの早くなるからな。


「うんうん、頑張った。よくやったわよ。よしよし」

「あ~ん。おねえさま~」


 なんか分からんが、今度は抱きついて甘えだした。


「いっつもこうなのよ。そのうち笑いだして止まらなくなるからね。笑い上戸みたい」


 手慣れた感じでイスに座らせて様子を見ているねーさん。何かよく分からないけど、勝手にしてくれ。

 あっ、おっさんとマルスの野郎がカク・ヨームのぼうずに小言を言ってるようだ。


「祝福をホイホイ掛けたらいかんと教えたつもりじゃったが」

「ごめんなさい」


「何があったか知らないけど、俺は魔法を授けるようになるまで慎重に対応はしてきたんだ」

「儂もじゃ。特許を与えるのは人の生活に必要だからだ。お前はまだ見習いのようなもの。目を付けられては動きづらくなるぞ」


「ごめんなさい。レイシアが聖句を唱えているのをみたらつい」


 ああ、可哀そうだな。


「おっさん、そのくらいにしてやれよ」

「おっさん言うな」


「大体、レイシアに最初に祝福のキラキラ出すほど与えたのはおっさんが先じゃん。アクアのねーさんがちょびちょびと長いことかけて育てたのマルッと無視してよ」


「んぐ」


「もともと、マルスもおっさんも、さんざんやらかして今の好き勝手勝ち取ったんだろう。若いヤツがやらかしたらケツ拭いてやれよ。まあ、今日はなんだか知らねえがねーさんのお祝いだ。説教はこのくらいにして楽しむぞぼうず」


 無理やり乾杯させて飲ませた。


「ほれ食え。サカの新名物クラーケン焼きだ。レイシアが関係している食べ物だ。おっさん、チョイスいいじゃねえか」


「ああ。クラーケンは魔物だけあって身が容器保存できるからな。とは言ってもそろそろ無くなるみたいだから貴重なものだぞ」


「えっ? レイシアの料理? 私に食べさせなさいよ!」

「レイシアの料理? なにそれ。あはははは」

「あっ、笑い上戸の段階に入ったわね。ほら、食べなさい」

「なに? おいしい! あはははは」


 大丈夫か嬢ちゃん。まあ、暗いよりましか。

 やっと、ねーさんと嬢ちゃんが中心の楽しい飲み会になったな。ねーさんが何をやってたのかは分からねえけど、俺たちゃこうやって気分よく飲めればいいんだ。中々集まることもないしな。


「あっ」


 ねーさんが声をあげた。


「来るよ、ボアちゃん」

「あはははは。……え? 本当に?」


 笑っていた嬢ちゃんが真面目な顔になった。みんな静かにねーさんを見つめた。


「あそこだ。見て」


 ねえさんが指差した瞬間…………。




 ブワシャーっと地面から大量の水? いや、蒸気が上がっているからお湯か! お湯が地面から吹きあがった。


「成功よ」

「やりましたね、アクアさん」


 何やってんだねーさん!

 キャーキャー盛り上がっている女性二人に対し、固まるしかないよな俺ら。


「あの、ねーさん……。これは…………?」


「温泉よ! レイシアが私にお願いしたのよ。叶えないといけないじゃない! ね~」

「レイシア様のお願いですから」


 やらかしやがった!!!!

 ヘルメスのおっさんとマルスの野郎が本格的に固まってしまった。しかたね~な、そりゃ。


 レイシア一人のお願いで温泉吹き出させたってか? あほかこいつら! カク・ヨームのぼうず! キラキラした目で見ない! 称賛しない!


 ま、やっちまったもんはしかたねえよな。後処理はおっさんとマルスに押し付けよう。ここは酒担当の俺の出番だ。



「ねえさん! 最高品種のスパークリングワイン持ってきたんだが、お祝いに開けるか」


「いいじゃん! 気が利くねバッカス」


 ねえさんに渡すと、勢いよく栓を抜いた。

 ねえさんの温泉のように、発泡したワインが思い切り噴き出した。


 うお~! もったいねえ!


 俺はあわてて、吹き出したワインを空の桶で受け止めた。

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