第4話 スルイスの村ー④
洞窟の中は外とは違い、ひんやりとしている。入り口付近まで雲が来ていたからなのか、天井からは水滴が落ちてくる。
ミー二は外の光が届いているうちに作業を進めた。右手の手袋を外すと、背中に背負った大きな袋から、黒く塗り潰されたグラスと、黄色の紙を取り出した。グラスの中には油がしみ込んだ綿が入っている。ミー二は黄色の紙を適当に折り曲げて、親指と中指で摘まむと、ミー二は少年に目を閉じてと指示をした。
ミー二は黄色の紙をぱちんと音を立てて擦り合わせた。すると黄色の紙は白くまぶしく燃えあがった。ミー二は素早くグラスの中に放り込むと、細かい穴の開いた透明の蓋をして、灯りを作った。
洞窟は上に登っていくように続いていくが、足場には特に危険がなく、難なく進んでいくことができた。入り口付近はコウモリの糞などの異臭が強かったが、奥に進むにつれて、その匂いは少なくなっていった。さらに進んで行くと、地面の砂利が少なくなり、洞窟の壁や天井がなめらかなものに切り替わっていった。
「たぶん、もう少し進めば、知ってる道につながってるとおもう。 いつも洞窟の雰囲気に近づいてきたから」
少年の言葉にミー二は頷くと、少年の手をとって進んで行った。
「少し聞きたかったんだけど、ダージーンって人はどんな騎士なの? すごくその人の事が好きみたいだけれど」
「ダージーンはね。 使命を与えられた騎士なんだ。 魔法の剣も持ってて、女神さまに選ばれたんだって。 この島には僕が生まれた時に来たんだって。外から来る、いろいろな魔物を倒してくれたんだ。 だからあの竜もきっと倒してくれるよ」
少年はまるで自分の事のように誇らしげに紹介した。
「あの竜はいつ頃からいるの? 私も色々なところに行ったことがあるけど、あんなのは見たことが無いんだ」
「どうだろう…… あんまりわからないや。 いつも、いつの間にか魔物が居なくなってるから……」
洞窟のまわりの色が、黒っぽい色から茶色に変わりはじめると、少年はこっちだと、ミー二の手を引いて進んで行った。洞窟の穴がどんどん広くなっていくと、天井から灯りが吊るされている通路に辿りついた。ちょうどミー二が作った灯りは消えたところだったので、タイミングが良かった。
少し進むと日の光と木の影が、洞窟の出口の先に見えてきた。
「ここが、僕の村。スルイスの村」
いくつかある丘の上に集まるように黄色の屋根の丸形の家が建っていた。丘の下辺りには牛のような生き物が歩き、寝そべって自由にしている。そして、村のさらにその奥のほうにはこの距離からでも明らかに太いとわかる大きな木が何本も生えていた。
「あの奥に見えるのがカーサローアの森、カーサローアっていうのは広大って意味なんだって、あそこの先にダージーンがいるよ」
ミー二は洞窟を出て、村へと続く道を少年と歩きながら、周辺の解説を聞いていた。とても穏やかな村で、そこまで人の数は多くなさそうだった。そして、村の中心には大きな教会が建っている。中心に大きな鐘がある真っ白な教会だった。
「あの教会はこの島で唯一の教会なんだ。 他の村からも人が集まって、天使様にお祈りをしてる。 僕だけまだ入っちゃけないって言われてるんだけどね」
教会を越えて進んで行くと、あそこが僕の家だと、少年が指を指したので、ミー二は手をつないで向かっていった。ただ、村人が外を出歩いている様子がなかった。まだ、誰ともすれ違うことが無いことに少年は違和感を感じていなかったので、ミー二は黙ったまま少年に連られて家に向かった。
「ただいま。 父さん、母さん」
少年が扉を開けると二人の大人が両手を合わせて机に向かっていた。先に机の手前側にいた母親が少年を抱き寄せた。
「お帰りなさい。 怪我は…… ないのね。よかった」
ミー二は少年の親の態度に少し嫌悪感を抱いた。思っていたよりも落ち着いている。というより、焦っている感じがしなかった。家庭の事情がどうであれ、まだ幼い少年が一人、行方がしれない状況にあったというのに。
「お母さん、この人がね。助けてくれたんだ」
少年は母親にミー二を紹介した。ミー二は軽く会釈をすると母親に近づいて、事の経緯を説明しようとした。
「ええ、聞いています。 ……本当にありがとうございました」
母親はミー二のほうを向いてしっかりとお辞儀をした。ただ、こころがこちらに向いていなかった。
(この感じ…… 他の村人もそうなのか……)
「少年、おねえさんはここでお暇するね。 後、聞きたいんだけど、あの森を抜けたら、騎士がいるんだよね?」
少年は母親に抱きつかれたまま、ミー二のほうに顔を向けて頷いた。
「僕もいくよ」
「いいや、せっかく村に戻れたんだから、ゆっくり休んで。 それに、ほら、お父さんにも、ただいまを言わないと」
ミー二は少年の頭を撫でると家を出て、一人で森へ向かって歩き始めた。
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