第3話 少年-④

 翌朝。 少年の心の世界を治療したミー二は、そのまま少年が眠っている長机に備え付けられた椅子で横になって休んでいた。


 窓から日の光が差し込むと、起き上がり、凝った体を動かして、昨日の晩に焼いた魚の残りを食べるためにカウンターへ移動した。


 昨晩、ミー二は治療を終えた後、そのまま眠ってしまっていた。秘術による他者の世界の修復の経験があまりなかったミー二は、自身の世界を修復するのとは勝手が違うことからかなり時間がかかってしまった。


 カウンターの机にはエーレが仕上げた少年用の衣服が用意されていた。

 エーレの仕事の早さに感心しながら、ミー二はカウンターの奥の調理場へ入っていき、昨日の焼いた魚を鍋に入れて、水を張り、塩とエーレが発明した固めた野菜の出汁を二つ入れて、鍋を網の上にのせる。火熾し道具で炭に火を点け、鍋を温めていく。

 野菜の出汁を溶かすように混ざながら、魚は食べやすい大きさにほぐしていく。

 沸騰しすぎないように鍋を時折、火から外しながら調整していく。出来上がったら器によそうのだが、一人分かつ、ミー二自身が飲むだけなので鍋のまま、かき混ぜるスプーンで口に運んでいく。


「しみるわー」


 思わずこぼれるその言葉に自身で驚きながら、左手でひたすらに、魚のスープを口へ運んだ。

 横に揺れながら飲み進めていると、カウンターの手前から布がぱたっと音を立てた。誰か起きてきたのかと階段へと続く廊下を除くが誰もいない。すると後ろから幼い声がミー二を呼んだ。


「あの、 ごめんなさい。 ぼく、机の上で寝ちゃってたみたいで…… それにここがどこかわからなくて……」


 ミー二が昨日助けた少年が裸足のまま立ち上がり、ミー二のほうへ駆け寄ってきた。


「よかった。 目が覚めて。 私はミー二。 ここは私の家であって、仕事場でもある酒場ホンスーン。 君は昨日、石の道で倒れていたんだ。 何か思い出せる?」


 ミー二はあえて竜に襲われたことを言わなかった。気を失ってからの記憶が曖昧のようで、ミー二の秘術が正しく効果を発揮しているなら、だんだんと蘇ってくるはずだからだ。


「えっと、昨日の朝、いつもみたいにどうくつに食べ物をもって行ったんだ。 それで、家に帰るとちゅう、それで、……それで」


 ミー二は屈み、左腕で少年を抱き寄せると、大丈夫と耳元で言った。


「ごめんね。 怖かったね。 つらいことを思い出させてしまって、……ごめん。 ここは安全だから」


「……だいじょうぶ。 ぼくにはダージーンがついてるから。 ……おねえさんもダージーンと同じ騎士なの?」


 少年は鼻をすすりながら涙を我慢していた。ミー二は想像以上に少年が強い心を持っていることに驚いた。


「ダージーン……? ううん。私は騎士じゃないよ。 ただ、一応私は王様に仕えているから騎士のような立場だけど…… 私はこの酒場の接客係。 この酒場は星で出来ているから、いろんな所に行って、困っている人にご飯を届けて助ける仕事をしているんだ」


 ミー二は少年の肩に手を置いて自己紹介をすると、少年は、はっと何かを思い出したようだった。


「そっか、あのとき、助けてくれたのはおねえさんだったんだね。 なんか、ボーンって音がきこえてたような…… って、おねえさんの手、だいじょうぶなの?」


 少年はだんだんと元気を取り戻しながら、ミー二の右腕がないことに気が付き、ミー二の心配を始めた。ミー二は少年の心の切り替えに少し面食らってしまったが、竜に傷つけれられた少年の心の世界は問題なく修復している証でもあった。


 昨日、襲ってきた竜は少年の。心の世界の輪郭を侵食し、腐らせる最低な暴力。

 心の世界の傷は、傷ついた出来事を思い出すたびに広がり、その人は活力を失い、心が沈んでいく。放置すれば取り返しのつかないことになる。少年は昨日の出来事思い出したうえで、十分な明るさを取り戻していた。その様子からミー二の秘術は問題なく作用していることが確認できた。

 おそらく普段から元気で強い子なのだろう。ミー二は少年の話す姿をみて、竜に襲われたことを意に介していないように感じた。


(心配のしすぎだったかな。案外こういうのは子供のほうが、切り替えが早いのかな)


 ミー二は少し痛む右腕の説明をした。


「私の腕はね、もっと前に無くなっちゃったんだ。 それで普段は義手を着けているんだ。 だから、あの竜に食べられたわけじゃない。 ……まぁ、昨日、着けていたやつは、ぶん殴って竜の胸にくれてやったけどね」


「すっげぇ…… やっぱりおねえさん騎士じゃないの? 竜に立ち向かえるなんて、ダージーンみたいだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る