第10話 フローラの思い、モンの企み
「フローラ様、あれを渡してしまって本当に良かったんですか?」
『竜討つ剣』のメンバーの1人がフローラに話しかける。
彼の言う『あれ』とは、ルフレイが最後にもらった指輪のことである。
「『商会長の指輪』のこと? 別にあれを付けていなくても商会長という立場は変わらないわ」
あの指輪は『商会長』を示す、マルセイ家に代々伝わってきた宝である。
だが彼女は、『商会長の指輪』という家宝を躊躇いなくルフレイに渡した。
これは商会長としてのポストを捨てるにも等しいと彼は思ったのだ。
だが彼女にはある考えがあった。
「しかしあれには追跡機能がついているのでは? 話を聞くに、彼の住んでいる島は未だ誰にも発見されておらず、彼も場所を秘匿したいと思っているのでは?」
そう。『商会長の指輪』には、魔力による追跡機能が備わっているのだ。
これは商会長が誘拐されたときなどに、どこに囚われているのかを的確に探し出すのに使われる。
しかし、誰でも追跡を行えるわけではなく、追跡には専用の機械が必要だ。
その機械を扱えるのは商会長であるフローラと副商会長の2名のみなので特に問題はないと考えた。
「別に場所の情報を売ったりしようなど思ってないわ。恩を仇で返すような真似はしたくないの。ただ追加の御礼の品を届ける場所を知るために必要なのよ」
そう、フローラはあくまでも純粋にルフレイに助けてもらったお礼がしたいだけであった。
受けた恩は倍で返す。これが彼女が父から受け継いだ彼女の家のルールであった。
「それにしても商会長があんなに男性と嬉しそうに話す姿、初めてみましたよ。あ、もしかして彼のことすk――」
『竜討つ剣』のメンバーの1人がふざけて言う。
直後、フローラのアッパーがきれいに炸裂して彼は気絶してしまった。
彼女のパワーに残ったパーティーのメンバーが仰天する。
フローラ自身、そこまで力が強いわけではない。
そんな彼女がここまでの馬鹿力を発揮した理由は唯一つ、彼の言ったことが図星だったからである。
逆にそんな行動が怪しいと全員が思うのだが、当の本人は気づいていないようである。
フローラは顔を真っ赤にしてモジモジする。
彼女は、颯爽と現れ彼女らを助けた灰色の船、それを指揮していたルフレイに恋をしてしまったのだ。
だから、せめて彼に最大限のお礼をしようと彼女は意気込んだ。
◇
「おかえりなさいませ、商会長」
港町フォアフェルシュタットについたフローラを出迎える小太りの男がいた。
アルミン=モン 42歳、マルセイ商会の副商会長である。
「モンか……うん、ただいま」
フローラは副商会長であるモンのことが嫌いであった。
彼には裏金疑惑や、従業員の女の子へのセクハラまがいの行動など問題が多く見られたからである。
しかしモン自体は非常に有能な人材で、さらに彼のアルミン家は長年マルセイ家に仕えてきた一族であり、彼を無下にすることができなかった。
「おや商会長、『指輪』を着けていらっしゃらないようですが、どうなさったのですか?」
モンがフローラの指を見つめて言う。
彼は観察眼も非常に優れているのだ。
「えぇ、実はですね……」
フローラはモンに今日あったことを長々とモンに話した。
海賊に襲われたこと、謎の灰色の船に助けられたこと、その船に乗っていた男に指輪を渡したことを。
その時にルフレイのことを彼女はかなり誇張して話した。
最後には彼女は興奮しすぎて顔がゆでだこの様であった。
モンは嬉しそうにルフレイの話をするフローラにうんざりしたようだ。
「で、近日中にその島に大量の贈り物を送るわ。そっちでも良さそうな品を見繕っておいて頂戴」
モンにそう言いながら、彼女は悦に浸る。
あぁ、ルフレイは自分のプレゼントを喜んでくれるだろうか、と。
モンはフローラの話を聞き終わった後、黙って頭を下げて歩き去っていった。
◇
――夜中、マルセイ商会の一室で怪しい機械を操っている男がいた。
彼はアルミン=モン。マルセイ商会で副商会長をやっている男だ。
今日、フローラが話した情報を聞いた彼はとても興奮していた。
なんと彼女の口から話されたことは新しい島の発見に関する情報だ。この発見を王家に献上すればどれだけの金が懐に入るのか……と。
「この事実を王家に報告すれば、フローラを商会長から蹴落として儂が新たな商会長になれるだろう。そしてフローラを妻にしてやり……グヒヒ」
モンが奇妙な声を上げながら笑う。
実は、彼はフローラがまだ子供の頃から彼女に想いを寄せていたのである。
しかし彼女はそれを一切受け付けようとせず、逆に蔑むような目で彼を見ていた。
だから復讐してやろうと、彼女の大事なものを奪ってそして彼女を自分のものにしてやろうと思ったのだ。
「あの女、俺が追跡装置を使えることを知っていてあんなことを俺に話したのか。愚かだな」
彼は追跡装置を使って、指輪の位置を探る。
機械は指輪の魔力をゆっくりと辿っていく。
しばらくすると、機械に1つの地図が映し出される。
機械は指輪の位置、つまりルフレイの位置を示していた。
「おっ、見つけたぞ。しかし思ったよりも離れていなかったな。何故今まで見つかっていなかったのか不思議なぐらいだ」
彼は追跡装置に示された情報を紙に移しながらつぶやいた。
追跡装置によると、ここフォアフェルシュタットから800km程先の洋上にその島はあるようだ。この距離なら王国の帆船でも十分往来が可能である。
「あとは王城に持っていって、情報を売り払うだけだ。今すぐに出発しよう」
モンは店の馬車に乗って王都へと向かう。
彼は今後の安泰な人生を思い描いていた。
彼がこの後どうなるのかも知らずに。
◇
「おかしいわね、何度呼んでも返事がないわ。一体モンはどこへ行ったのかしら」
フローラがイライラした声で言う。
モンに、ルフレイへの贈り物について相談しようと思っていたのに呼んでも返事がないからである。
なんとも使えないジジイだと思いながらも、フローラは文句を口に出すことはなかった。
「あなた、モンがどこへ行ったか知らない?」
フローラはそこら辺にいた従業員に聞く。
漏れ出る彼女のただならぬ雰囲気に身をすくめながら、従業員の女は答えた。
「モン様であれば、先程王都への急用だと言って馬車で出ていかれましたが……」
「王都へですって? こんな時間にいかなくてはならないほどの急用などあったかしら」
何のことだかさっぱりな彼女であったが、考えるうちにある仮説を思いついた。
彼女の頭に浮かんだのは、考える限り最悪の結果だった。
嫌な予感がした彼女は、追跡装置のある部屋へと急ぐ。
追跡装置の保管されている部屋は普段は厳重にカギがかけられているが、行ってみると鍵は開いていた。
部屋に入ってみると、部屋の中は散らかっており、先程までモンがいたであろう痕跡が残っている。
「なんてことをしてくれるのよモン。よりにもよって大事な恩人の住む島の情報など……」
こんなことになるなら前から彼を解雇しておけばよかったと思う彼女であったが、時すでに遅し。
仕方なく馬車に乗ってモンを追うべく、フローラは馬小屋に向かった。
しかし馬小屋に着くと、さっきのモンの馬車で最後だという。
フローラは絶望してた。
彼女が善意の気持ちで行った行動が、ルフレイにとっての問題の元凶となるかもしれないからである。
「あぁ許して下さいルフレイ様。貴方を困らせることになってしまいそうです」
フローラはモンを追うことを諦め、その場に座り込んだ。
朝に馬車を借りたとしても、王都に到着する頃には情報は王家に行き渡っているだろう。
自分の失敗によってルフレイの住む島が王国軍に荒らされる様子をフローラは想像する。
彼女は目を閉じて静かに涙を流した。
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