第23話
「ひとまずこれまでの状況を整理しましょう」
「そうだな」
考えることは多すぎるが、分かってきたことも多い。一つずつ紐解いていけば案外シンプルな真実だったりするはずだ。
「まず、何よりも真喜人さんのことですよね?」
「あぁ……」
――奴は、何故鹿野の母親を殺害したのか?
――いや、そもそも奴はこれまでどこにいたのだろうか?
――何故このタイミングで奴が現れたのだろうか?
「悪い人なのは間違いないんです。でも、謎が多すぎます」
オレが奴に関わっていた頃は、本当にロクでもない男だった記憶がある。が、悪知恵は働くことがあっても突然行方不明になるようなことはなかったはずだ。第一、弟が自分に成りすましていたと知ったら真っ先に店にやってくるだろう。
どうやらこの世界では、前とは何かが違っているようだ。根本的な、何かが――。
「今の世界と前の世界の違いといえば……」
思案を巡らせてみたが、ひとつしか思い浮かばない。
「タクトさんが、女の子になっていること、ですかね?」
――やはりそれか。
「今更なんだが、聞いてもいいか?」
「なんでしょうか?」
「オレを天使として蘇らせた理由は分かった。が、何故女子にした?」
「はい、そのほうが可愛いからです!」
「ほほう……」
ゴチン! と柔らかめな鈍い音と共に、セラの脳天にチョップが直撃した。
「いたあああああああああああああああああああああああああああああああいッ!」
「てめぇ……、まさかそれだけの理由か?」
「う、うぅ……。やっぱり天使といえば女の子じゃないですかぁ」
「男の天使もいるだろッ! 旧約聖書の時代には少なくともッ!」
「ですけど、私の中では天使というのは女の子なんですッ! 昔、遠い昔にそんなお話を聞いたんですッ! 可愛らしい女の子の、とっても優しい物語を……」
――やれやれ。
埒が明かないな、コイツは。
「……って、ちょっと待て」
「なんでしょうか?」
「その物語って……」
一瞬、心当たりのある話が思い浮かんだ。
が、すぐに首を横に振って、考えるのをやめることにした。
「……タクト、さん?」
「まさか、な」
今はそんなことを気にしている暇はない。
「いいんですか?」
「あぁ、話を進めよう」オレはわざとらしくコホンと咳ばらいを挟んで、「で、次の疑問は鹿野が美喜人を刺した件だな」
「うぅ……、あれは悲惨でした」
あの光景はどれだけ見ても忘れることはないだろう。どれだけ地獄を見てきた自分でも、あのときの血生臭い匂いは記憶に残っている。
「オレだってあれを思い出そうとすると頭が痛くなる。けど、さっきも言ったけどあの件を振り返らないことには先に進める手立てがないんだ」
「仕方がありませんよね……」
まずはあのときの光景をもう一度確認したいところだが。
「そうだ、最初にオレが目覚めたときに見たあの鏡……」
「『記憶の姿見』ですね」
アレってそんな名前だったのか。思ったよりもそのまますぎる名前だな。
「何でもいい。もしかして、アレを使ってあのときの光景をもう一度見ることはできるか!?」
一か八か聞いてみる。オレが死刑を執行されたときの様子が映ったくらいだ、鹿野が美喜人を刺したときの様子も見えるかも知れない。
「見られなくもないですけど……」
「なら見せてくれ!」
「あれをそんな使い方する人、見たことがないですよ」
「そんなの知ったことかッ!」
今は一刻の猶予もない。できることは何でもやるしかない。
セラはやれやれ、といった表情でため息を吐きながらオレを例の鏡の前まで案内した。
「それじゃあ、いきますよ」
透明だった西洋風の鏡に色彩が広がっていく。その見覚えのある光景に、オレはずっと目が釘付けになっていた。
『……拓斗、さん?』
鹿野の引きつった声が聞こえてくる。今でもはっきりと脳裏に焼き付いている。鹿野が真喜人を刺したときの、あの光景だ。
「あまり見たくはないですけど……」
「一旦映像をここでストップさせてくれ」
はい、とセラが声を掛けると、鏡に映った光景がピクリとも動かなくなる。そんな動画みたいな扱いでいいのか、これ。
と、ツッコミを入れている場合じゃない。
鏡に映っているのは、血の海で横たわっている男。そして、包丁を持ったまま立ち尽くしている鹿野の姿。
あのときは唖然としたまますぐに世界が崩壊してしまい、冷静に状況を確認することができなかったが、ここでしっかりと見ておかないと。
「倒れている人の顔、よく見えませんね」
「この位置からだとな」
あとこの光景から分かることは……。
「佳音さんが持っている包丁って、やっぱり鞄の中に入っていた?」
「あれで間違いないだろう」
もう一度、血が滴っている包丁をじっと眺める。改めて、包丁は鹿野が隠し持っていた物と全く同じだった。
「うーん、何で佳音さんはここでこれを取り出したんでしょうかねぇ」
「……さぁな」
慎重に見つめるが、全くといっていいほどここからは得られる情報が何もない。
「もしかして、ですけど……」セラは顎を押さえながら、「この倒れている人、美喜人さんじゃなくて真喜人さん、ってことはありません?」
……。
「ない」
オレはキッパリと言ってやった。
「うぅ、否定されました。でもでも、こういうのってミステリーじゃ定番じゃないですか! 死んだのは実は双子で入れ替わっていたって……」
どこからそういう知識を得ているんだ、コイツは。
オレは呆れ気味に、
「あのなぁ、オレはこの直前に美喜人と会ってんだよ。鹿野を迎えに来てたときな」
「いや、だからその時点で本当は真喜人さんだったとか……」
「それはない。服も一緒だったからな。更に言えばこの後で一度やり直した世界で、オレは美喜人とずっと一緒にいたし、母親が倒れて駆けつけたときも相手はオレのことを覚えていたからな。お前が世界の再生でミスっていなければ、ここで倒れているのは十中八九美喜人しかありえねぇよ」
「そんなぁ……」
――とはいえ。
他に見るべきものもなさそうだし、これ以上の情報は……。
――いや、待て。
「このときは、ただ単に隠し持っていた包丁が美喜人に見つかって、そこで逆上した鹿野が刺してしまった、とか?」
「ちょっとちょっとちょっと! 佳音さんに限ってそれはありえませんッ!」
「ない可能性も……」
「ないですッ! 絶対ッ! 第一、それだったらあなたに見つかったときも同じようにあなたが刺されていましたよッ!」
まぁ、それは一理あるが。
それにしても、セラはなんだかやけにムキになっているな。今に始まったことではないが、鹿野のことをやたらと気に掛けているというか。コイツもコイツでよく分からないことが多すぎる。
さて、他に見るべき個所はないだろうか。
「ん?」
ふと、画像の部屋の奥で何かが光っているのが見えた。
「どうしました?」
「これって……」
オレが指差すと、セラは頷いて
「テレビじゃないですかね?」
待てよ……。
「そういえば、オレが鹿野の家に行ったときも、美喜人はテレビを見ていたな。あのとき見ていたのは、たしか……」オレは思案を巡らせて、「犬神家の一族、だったか」
「それってたしか金田一耕助シリーズでしたっけ?」
「あぁ……」
流石に有名なタイトルだからセラも知っているようだ。
どうやらこの刺されたときも、あのときと同様にテレビを見ていたということか。
「流石にテレビを見ていただけで何かがあった、ってことはないですよね?」
「……もしかしたら」
このときと、前回と違う状況。
考えられるのはテレビを見ている時間、だ。
オレは頭を抱えながら、しばらく鏡面を睨みつけていた。
「……タクト、さん?」
突如として現れた、本物の「真喜人」。
仮にここにも現れていたとしたら?
セラの推理が、もしかしたら当たらずとも遠からずな状況だとしたら?
「セラ、世界を再生させてくれ」
「えっ? いいんですか?」
「あぁ……」
時間はない。
だが、もう一度あの世界で見ておかなければ分からない真実がたくさんある。
――待ってろよ。
絶対今度こそ、鹿野を救って見せるからなッ!
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