3章

第22話

「……さん、タクトさん!」

 オレのことを呼ぶ声が聞こえてくる。

 もう言うまでもなくセラの声だ。またこのパターンか、と流石にうんざりしてくる。

 オレは瞼をゆっくり開き、上体を起こした。

「セ、ラ……」

「良かった、起きま……」

「ふんっ!」

 ゴチン! という音を立ててセラの顔面に思いっきり頭突きを食らわせた。

「いたあああああああああああああああああああああああああああああああいッ! 何すんですかアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 腫れあがった顔を摩りながら、涙目になっているセラ。だが、オレは謝らない。

「てめぇには言いたいことが山ほどあるんだよッ! まずは……」

「分かっていますよ。ごめんなさい、あなたの記憶を消してしまって……。本当のことを、思い出したんですよね?」


 ――なっ!?

「分かっていたのか!?」

「はい。一応、分かっていることだけは分かっています」

「お前は一体何がしたいんだ? どうしてオレを天使にした? それに、今までどこに……」

「ひとつずつ答えますから、一気に聞かないでください!」

 流石にセラが困惑したようで、オレは舌打ちしながら軽く深呼吸をした。

「じゃあ、まずはどうしてオレを天使にしたのか改めて聞くことにしようか」

「はい……」観念した様子で、セラが話し始めた。「多分もう気付いているかと思いますが、七月五日がどういう日なのかご存知ですね」

「あぁ……」

 それはもう分かり切っている。前世ではオレが真喜人を殺害した日。そして、オレの心が壊れ始めた日。運命の日、とでも言ってしまえばいいのだろうか。

「私はずっと、以前の世界から佳音さんのことを見守ってきました。少しずつ小さな幸せを集めて分け与えながら、世界が崩壊しないように注意していたんです。だけど、一度……、あなたが佳音さんと出会わなかった世界がありまして、そのときは一度崩壊してしまったんです。先ほどと同じように、真喜人さんによってお母さんが殺されて……。その日もまた、七月五日でした」

 なるほど……。オレが全く鹿野に干渉しなかった世界があったのか。

「それにしても、そんなに簡単に世界は崩壊するものなのか?」

「例え楔でも、余程大きな絶望をしなければ簡単に崩壊したりはしません。けど、佳音さんの場合……、世界に与える影響力が人一倍、いえ、十倍ぐらい大きいのです」

 そんなに大きかったのか。本人が気付かなかったとはいえ、恐ろしいものだ。

「で、オレが死刑になった世界では?」

「順番に話させてください。まず、私は世界を崩壊させないために色んな人から幸せを分け与えて少しずつ溜めようと思いました。そんなとき、あなたを見つけたんです。そんなあなたに、幸せを与えました。友達ができる幸せを、です」

「オレを? なんでまた?」

「佳音さんと同じ、ぼっちなな者同士、きっと仲良くなれると思ったからです」

 もう一発痛い目に遭わせてやろうかと思った。が、ここは抑えておこう。

「でも、その先の結果は……」

「……進みました。最悪な方向に」

 怪訝な顔でセラが話す。言っている意味は分かる。オレが荒んでしまった結果、最悪な結果になってしまったのか。

「……結局、オレのせいか」

「違います! ……と言いたいところですが」セラはかなり言いづらそうだった。「彼女にとってあなたの存在はかなり大きなものでした。最初はささやかですが幸せも溜まって、このまま上手くいけると思っていました。ですが、あなたが真喜人さんに手を出したばかりに彼に利用されて、そして殺害、更には他の犯罪にも手を染めてしまった結果、あのような事態に……」

「やっぱそうか……、すまない……」

 オレは頭を下げた。久しぶりだろうか、こんな心から素直に謝罪をしたのは。

「いえ、こうなってしまったのも私の責任です。上手くいくだろうと高を括った結果、あなたを死なせてしまったから。天使失格です」

「そうじゃねぇッ!」

 オレは思いっきり怒鳴った。

「タクト、さん……」

「オレが、オレが……、全部悪いんだ……」

「……そんなに自分を責めないでください」

「責めるに決まってんだろッ! オレは、ずっと、ずっと……」


 ……あれ?

 オレの、頬が温かい?

 なんだ、これ?

「泣かないでください、タクトさん。分かっていますから」セラはオレの頭にそっと手を添えて、「好きだったんですよね。佳音さんのことが」


 ――えっ?

「お前……、分かっていたのか?」

「言ったでしょう、ずっと見守っていたって。正直、外から見ていて凄く分かりやすかったです」

 恥ずかしいな、と思いながらオレは涙を拭った。

「……泣いて損した」

「ふふっ、ちょっと可愛かったです」

 腹立つな、と思いながらオレはセラを睨みつけて「ふっ」と鼻を鳴らした。

「それで、何でオレを天使として蘇らせたんだ?」

 ようやく一番気になっていた部分を聞くことができた。ここまで来るのに異様に長かった気がしなくもない。

「はい。あなたなら、きっと幸せにしてくれると思ったからです。佳音さんを、いえ、世界中全ての人を!」

「どこをどう見てそんな風に思えたんだ?」

 仮にも死刑囚になった人間に対してそんな物言いができるコイツはある意味凄い気がする。

「勿論あなたが前世で行なったことは決して許されることではありません。本来なら、責め苦――、あなた方にとって馴染みやすい言葉を使えば『地獄』でしょうか。口では到底言うのが憚られるほどのキツい罰を受けるレベルです」

「ぐっ……」

「ですが、あなたはまだ小学生です。反省する時間はたくさんあったはずです」

「その前に死刑が執行されてしまったがな」

「おかしな話ですよね。少年法は本来、やり直すチャンスを与えるためのものなのに、それを潰してしまうなんて……」

「その引き金を引いちまったのは、他でもないオレ自身だがな」

 ちょうどその頃、少年法の年齢引き下げ案が出ていた。病院のテレビで流れていた、あのニュースだ。そんなことを歯牙にもかけずに数多の犯罪に手を染めてしまったオレのせいで、あっという間にその案は可決されてしまった。しかも、その死刑第一号が他でもなくオレ自身という皮肉付きで。

「あればかりは運が悪かったとしか言いようがありません」

「もうワケが分かんねぇよ。今、オレが誰を殺して、誰が生きているのか」

 世界が崩壊して、また再生しての繰り返し。出鱈目にいじくりまわされてしまって、結局何が正しいのかややこしくなりやがって。

「これだけは言えます。あなたは、天使に生まれ変わってからは、何の罪も犯していません」

「盗聴はしたけどな」

「それはノーカウントで構いません」

 いいのか? と聞き返したかったが、ツッコんでも仕方がない。このままじゃ先に進まないな、とオレは気を取り直すことにした。

「……それで、また世界が崩壊したわけだが」

「はい。非常に申し訳ないです」

 謝るだけなら天使はいらん、と吐き捨ててやりたいところだったが、ぐっと堪えた。

「元に戻る可能性はあるのか?」

「……一応。運よく、美喜人さんのお母さんからも幸せを分けてもらいましたから」

「前と同じパターンってわけか」

「ですが、残念なお知らせです」セラは俯き気味に、「世界を再生できるのは、これが最後だと思ってください」

「最後、なのか」

 不思議と驚きはしなかった。幸せを消費するのだろうから、いずれは枯渇するに決まっている。少なくとも、あと一回分あるだけでも朗報だった。

「ごめんなさい、私の不手際です」

「それを謝られてもな」

 先ほどから互いに謝ってばかりで調子が狂う。そろそろ前を向いてしっかり今後のことを考えていかないとな。

「どうしましょう……」

「突破口はある」

「えっ……」

 セラは怪訝な表情を浮かべた。

「前の世界……、鹿野が美喜人を殺害しただろ?」

「はい……。あのときは、以前の世界よりも大分早いタイミングで崩壊してしまいました」

「つまり、何かイレギュラーなことが起きていたわけだ。その原因が分かれば……」

 オレがそう言うと、セラが「はっ!」と目を見開いた。

「で、でも、あれは崩壊した世界だから……」

「失敗は成功の元、って言うだろ。確証はないけど、あのとき何があったのか……。もしそれが分かれば、世界も、鹿野も、みんなが幸せになるヒントが見つかるかも知れない!」

「だといいですけど……」

「一か八かの賭けだ! いいか、セラ! もう一度あの光景を見せてくれ!」

「は、はい!」


 ――こうなったら!

 やれることはとことんやってやろう!

 最後のチャンス、絶対……、鹿野を救ってやるッ!

 

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