第20話
『えっと、つまりどういうことです? 真喜人さんであって、真喜人さんじゃないって……』
「君の言っている意味が分からない……」
オレはため息を吐いてから、もう一度真喜人を見据えた。
『まさかとは思いますけど、ここにいる真喜人さんは実は名前を語った偽物だってこと、なんてありえませんよね?』
「そのまさかだよ」
『えっ?』
「……どのまさかかな?」
おっと、セラの声はオレにしか聞こえなかったんだった。
「すみません、今のは独り言です」少しだけ誤魔化した後、「単純な話ですよ。さっき、あなたのお母さんはこう言いましたよね? 『真喜人にもよろしく、ね』と」
「あ……」
『そういえば……』
「夕方、この病院で会った時にあなたは教えてくれましたよね。『兄もいるけど今はどこで何をしているのか』って。もしかして、本当の真喜人さんって……、そのお兄さんのことなんじゃないんですか?」
真喜人と名乗っていた男は、ぐっと歯を食いしばっている。
『えっ、えっ、えええ、えええええええええええええええええッ⁉』
セラが時間差で驚きの声を挙げた。
しばらくすると真喜人と名乗った男は口元を緩めて、
「……その通りだよ。そんなちょっとした一言を聞き逃さないとは、凄いな。天使には全てお見通し、ってことか」
「いえ、正直さっぱりワケが分かりません。教えてください。一体どういうことなんですか?」
しばらく男は黙り込む。
だが、観念したかのように彼は虚空を見上げて、
「……正直に話すよ。僕の本当の名前はね、
――なるほどね。
男はベッドの傍らに置いてある写真立てを取った。そこに写っているのは、中学生ぐらいの男子が二人。顔立ちもそっくりで、どことなくそこにいる男の面影を残している。
『双子さんだったんですね。性格は大分違うみたいですけど』
「兄――、真喜人は、学生時代に悪い仲間とつるむようになってから変わってしまった。表向きは優等生だったけど、裏では犯罪紛いの行為を平然とやっていた。僕は最初は注意していたんだけど、まるで聞く耳も持たず、だったよ。結局は兄とは適度な距離を取って、なんとか自分自身をそういう道には染まらないようにするしかなかった」
「元々ホストをやっていたのは正真正銘のお兄さんのほうだったんですね」
「あぁ。君たちも知っての通り、とんでもないホストだったけどね」
美喜人という男は続きを語りだした。
「実は昼間、ホストクラブのある繁華街で出会った女性から聞きました。最近、マキトは突然人が変わったかのように丸くなった、って」
「はは、見抜かれていたか。そうだよ、失踪した兄の代わりに僕がマキトとなっていたんだ」
「失踪した?」
そういえば、兄は今頃どこで何をしているか分からないみたいなことを言っていたな。
「そんなに頻繁に連絡を取っていたわけじゃないんだけどね。ちょうどその頃母が入院し始めて。そのことを伝えようとしたけど、スマホも繋がらなくなっていたんだ。お店に行っても、長いこと無断欠勤をしていたみたいで」
「それで、なんでまたお兄さんのフリをしてホストを?」
美喜人は首を横に振って、「母の治療費が必要だったんだよ。僕はそれまでしがないサラリーマンだったからね。恥ずかしながら貯金もまともにしてこなくて……。なんとかクラブのオーナーさんに頼み込んで、マキトとして働かせてもらうことを許してもらえたんだ」
随分と太っ腹なオーナーだな、と思ったが、稼ぎ頭であろうマキトがいなくなって困るのはお互い様、という理由もあるのだろう。
『それじゃあ、真喜人さん……、じゃなかった、美喜人さんは悪い人じゃなかったんですね』
「お母さんのお見舞いは、美喜人として来ていたんですか?」
「勿論だよ。流石に母の目は誤魔化せないからね」
「そうだったんですね。事情は理解できました」
「騙していたみたいですまなかったよ。佳音ちゃんと、あの子のお母さんにはいずれきちんと話そうとは思っていた」
「それなら良いんですけど……」
オレはわざとらしく胸を撫で下ろしてみせた。
「拓斗さん、今日の恩は一生忘れないよ」
「どういたしまして。それで、これからどうするんですか?」
「……さぁ、ね。兄のフリしてホストを続けるのも限界が来ていたし、いっそ辞めてしまおうかな」
「ふぅん」我ながら気の抜けた反応で、「それだけ聞ければ充分です」
「……もう、話はいいかな?」
「はい。私はこれで。失礼します」
オレはそのまま入口に向かっていった。
『……タクト、さん』
「あっ、そうそう」入口の辺りで振り返ったオレは「命拾いしたな、アンタ」
「えっ……?」
含みを持たせながらそれだけ言い放って、オレは病院から出ていくのだった。
『良かったです。お母さんも助かったし、天使としての仕事もこなせたし、真喜人さんが悪いホストさんじゃないことが分かって』
「あぁ……」
『まぁ、実は双子だった、っていうのはよくあるオチで拍子抜けしましたけどね』
「だな……」
暗い道をとぼとぼと歩きながら、オレは物思いに耽る。
『どうしたんですか? 浮かない顔をして』
「いや、別に……」
『さっきからおかしいですよ』
オレは黙り込んで考えた。
「なぁ、セラ……。オレって本当に、死刑囚、だったのか?」
『えっ?』
オレの質問にセラが戸惑う。
「もしかしたら、オレ……、またアイツを殺していたかも知れない」
『また? って、一体……』
「思い出したんだ。アイツの兄を殺したのは、オレなんだ……」
それだけ呟くと、セラが身体を竦ませて硬直する。
『……そう、だったんですね』
「オレが前世の福音拓斗だったときに、最初に手に掛けたのが真喜人だったんだ。なんで殺したのかは分からない。そこからオレは自分が壊れたかのように犯罪に犯罪を重ねまくって、結果があのザマだ」
『タクト、さん?』
「てっきりオレは、人を騙そうが殺そうが、心を痛めない残忍な悪魔だと思い込んでいたよ。だから、真喜人が生きている姿を見たとき……、もしものことがあれば、また殺してやろうかとさえ考えていた」
『でも、あの人は別人だったから……』
「いや……」オレは首を横に振り、「そうじゃない。仮にアイツが本物の真喜人だったとしても……、オレには殺せたか分からない」
『え、えっと……』
「想像してみたんだ。人を殺すのって、どんな気分なのだろう、って。けど、どれだけ想像しても怖いという感情しか湧いてこなかった。前世のオレは、なんであんなことを平然と行っていたのか、全く分かんなくなってきて……」
――アレ?
こんな弱音を吐く男だったか、オレは?
自分自身が唐突に情けなくなってきた。
抑えて抑えて、何も考えないようにしていた。いや、考えていないと思い込んでいた。
本当は、オレは……。
『タクトさん!』
セラに一喝され、オレは思わず肩を竦ませた。
「あ、あぁ……」
『やっぱり、貴方を天使にしたのは大正解でした』
――えっ?
予想外の答えに、オレは脳に疑問符を浮かべた。
「どういう意味……?」
『さてさて、もう帰りましょう。まだまだ天使のお仕事は終わりじゃありませんよ!』
はぐらかされたような気がするが、一気にオレの鬱屈した感情が削がれたので、やれやれと思いながらオレたちは帰路についた。
翌日――。
「……ごめん、今日はいけない」
「そっか……」
オレは学校で鹿野に真喜人(正確には美喜人だが、そこは伏せておいた)の母親が意識を取り戻したことを伝えた。そのことは喜んだのだが、一緒に見舞いを行こうと提案するとやんわりと断られた。
今日は朝からセラの姿が見えないし、そう言われてしまっては完全に一人で行くしかない。静かなのはいいことなのだが。
「……また、改めて行く」
「うん。幸恵さんにそう伝えておくよ」
そう言って、オレと鹿野は校門で分かれるのだった。
「しかし、セラの奴……、本当にどこへ行ったんだ?」
アイツが姿を消す――。ただの気まぐれかも知れないが、嫌な予感が胸中で渦巻いている。
とりあえず、オレは駆け足で病院へ直行して、幸恵の病室へと向かっていった。
「あら、いらっしゃい」
病室には幸恵がベッドから起き上がったまま、本を読んでいる。見たところ昨日とは打って変わって元気そうだ。
「こんにちは。調子はどうですか?」
「大分良くなったわよ。お医者さんも凄くびっくりしていたわ」
――良かった。
柄にもなく、安堵のため息が出てしまう。
「佳音ちゃんは?」
「あ、今日は来れないみたいで……。そういえば、美喜人さんは?」
「今日は来ていないわよ」
無理もない、か。あの様子だと一晩中付き添っていたみたいだからな。
「そうですか。本当に心配していましたからね」
「そうねぇ。あの子には随分心配掛けたから」そう幸恵が微笑むと、「でも、今日は久しぶりにもう一人の子が来てくれたから安心よ」
……?
えっ――?
「もう一人の、子?」
「あぁ、真喜人よ。私の長男。美喜人の兄よ」
――どういう、ことだ?
何かが、おかしい?
真喜人は、オレが殺したはず……。
いや……。
「今、真喜人さんは?」
「さぁ? ぶっきらぼうに様子だけ見たらすぐに帰っちゃったから。もうちょっとお話くらいしても……」
「ごめんなさい! もう帰ります!」
「えっ、ちょっと……」
オレは一目散に病室から掛け出た。
――何かが、おかしい。
死んだと思っていた真喜人が、生きている?
いや、それ以前にまだ何もかも分からないことだらけだ。というよりも、オレの考えと色んなことが狂っている。
美喜人が言うには真喜人は失踪しているということだ。だが、そもそもがおかしい。
オレは確かに真喜人を殺した。だが、銃で撃って、その後は死体をそのまま屋上に放置したはずだ。事件は発覚しているはずだし、現場はあのホストクラブがあるビルだった。マキトとして働いていた美喜人が知らないはずがない。
それに、あの光景――。
あの男が美喜人ならば、尚更何故鹿野に殺されなければならなかった?
そもそも、この世界は本当に――。
『続いてのニュースです』病院の待合室に置いてあるテレビに、オレは思わず釘付けになった。『先ほど国会で、少年法の改正案が提出されました。今回の改正案では、対象年齢を引き下げて、満十歳以上ならば罪状によっては厳罰化されることに……』
――やはり、か。
今日になって姿が見せないセラ。
アイツ、やっぱりオレのことを――。
あぁ、そういうことか。
よく、分かったよ。
この世界は、オレが死刑になった世界じゃないってことがなッ!
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