第17話
『一体どういうことなんでしょう? あの真喜人さんが、悪質ホストだなんて』
「さぁな……」
長く感じた一日の授業が終わり、オレたちは帰路についていた。
まばらにすれ違う他の児童たちを余所に、オレとセラは眉を顰めながら小声で会話をしている。傍から見たらぶつくさと独り言を呟いているようにしか見えないだろうが、特に誰かに気にされている様子もないのでこのまま話を続けることにした。
『話を整理しましょう。真喜人さんは佳音さんのお母さんとお付き合いをしている。その正体が悪質ホスト。前の世界では、何らかの理由で佳音さんが真喜人さんを刺す事態に陥った、ということでしょうか』
「それだけなら至極単純な話で辻褄は合う、が……」
『なんか腑に落ちませんよね……』
ここからどうしましょうか、と言いかけていることはなんとなく理解できた。
頻繁に鹿野の家に来るような関係の男だ。どういう理由かは知らないが、再びあのような惨劇が起こる可能性は充分にある。こちらも盗聴器を仕掛けているとはいえ、四六時中動向を探るわけにもいかないし、あの男が現在どこにいるのか足取りも掴めていない。真喜人のほうに盗聴器を仕掛けるべきだったか、と少し反省もした。
――悪質ホスト、ね。
玉越が言うには彼女の姉の友人も被害に遭ったらしい。
この街の繁華街で一際目立つホストクラブ。オレが今滞在している商店街からもさほど離れていない。奴はそこのナンバー1「マキト」として人気を集めているらしい。
一見爽やかな好青年だが、実態は多額の売掛金を負わされて売春や闇バイトを紹介するというオーソドックスな手口。小学生のオレでもよく聞くやり方だ。
だが、奴の恐ろしいところは、それでも警察が手出しできないことにある。売掛金自体は決して犯罪ではないし、売春や闇バイトの仲介役を担っても奴が関わっていた証拠が掴めないようだ。というのも、どうやら警察と裏社会両方に口利き先があるようで、どう足掻いても何かしらの手で揉み消されて奴にたどり着くことはできない。
玉越曰く、その友人はなんとか少額の被害で返済を終えてホスト遊びを止めることができたようだが、他にも奴のせいで望まない病気を貰ったり、中には命を絶った者もいるみたいだ。
――間違いない。
全ての情報が一致している。
前世で、オレが殺した男の姿と何もかもが一緒だ。
「うっ……」
そいつのことを思い出そうとする度に、脳幹に激痛が奔る。まるで、頭に鋭いナイフが刺さったかのようだ。
『だ、大丈夫ですか?』
「あぁ、なんとか、な……」
痛みを必死で抑えながら、オレは帰路を歩いていく。
『でもそれが真実だとしたら、佳音さんはまた……』
「幸せにはなれない、だろうな」
真喜人を引き離さないと、いずれは鹿野の心が壊れてまた世界が崩壊してしまいかねない。
しかし、表向きは好青年のあの男がヤバい奴だという情報を、どうやって鹿野に伝えるべきか。ただ鵜呑みにした噂をそのまま言ったところで納得はしないだろう。
――もう少し真喜人に関する情報を集めてみるか。
「それじゃあ、行く場所はひとつだな」
『ひとつって……、まさか……』
オレたちは歩行速度を上げながら、いつもとは違う道を歩いていく。
普段通らない踏切を抜けて、駅の近くを通る。時間帯的に学生たちでまばらにごった返している。少しずつだが、ビルにネオンが灯り始めている。
昼間とは違う駅前の裏道。様変わりし始めるその一路の中央に、目的の店が聳えていた。
「ここだな」
『ここって……』
グレーのビルに飾られた、派手やかな男たちの写真。「BEAT WITH YOU」などと腹の立つ名前の看板を見るなり、オレは辟易とした。
「さて、入るか」
『いや、待って! 待って待ってええええええええええええッ』セラは必死でオレを止めて、『ここって、アレですよね! ホストクラブですよね!』
「見りゃ分かるだろ」
『いや、流石にダメですよおおおおおおおおおおおッ! 貴方まだ小学生ですよねええええええッ!』
「まだオープンしていないし、適当に理由つけておけば問題ないだろ」
『問題ありまくりですううううううううう! 天使がホストクラブなんかに行くだけでも大問題ですよおおおおおおおおおッ!』
「問題か? ホストだって『僕のエンジェル』とかそういう台詞使って口説いてんだろ。天使の風評被害だし、お互い様だ」
『それは貴方の勝手なホストに対するイメージですううううううううッ! 全国のホスト並びにホストクラブの関係者皆様に謝ってくださいぃぃぃぃぃぃl! とにかく、ホストクラブだなんて……』
必死で呼び止めるセラを無視して、オレは裏口のほうへ向かっていく。
「ちょっと君」背後から野太い声がオレを呼んできた。「小学生だよね? こんなところに入っちゃダメじゃないか」
後ろには、ガタイの良いスーツ姿の男が腕を組んでこちらを睨んでいる。見たところ、店の従業員だろう。
『ほら、言わんこっちゃないです』
「あのう、お店ってまだ開いていませんよね?」
「当たり前だ! 開いていたとしても君は入れないの!」
どうやら入れないとの一点張りのようだ。
仕方がない。ここは奥の手だ――。
「ダメですかぁ? 実はぁ、社会科の宿題がありましてぇ、ホストクラブのことを調べてグループで発表……」
ポイッ!
とあれやこれやという間に、裏道から放り出されてしまった。
『……それで上手くいくと思ったんですか?』
「流石に無理だったか」
さて、どうしたものか……。
そう悩んでいると、
「あら、お嬢ちゃん。もしかしてホストクラブに興味があるの?」
見るからに派手な女性がオレに話しかけてきた。二十、いや、三十手前ぐらいだろうか? 種類は良く分からないがブランド物のバッグに、明るい茶髪。化粧も無駄に派手だ。
「あ、実は……。イケメンのお兄さんたちがいるみたいだから、つい魔が差して……」
段々恥ずかしくなってきた。前世でもこんなアホな演技をすることはなかったのに。
「ふぅん……」女性はオレの顔をまじまじと見て、「実はさ、お姉さんここの常連なんだけど……、ちょっと良い話があるのよ」
――あぁ、これ絶対ヤバい話だ。
「お断りします」
「まだ何も言っていないじゃない」
「お姉さん、私を何かヤバい目に遭わせる気ですよね! エロなんたらみたいに!」
「しないわよ! 人聞きの悪いこと言わないの!」
オレは警戒心丸出しで思いっきり睨みつけた。この女、どうも変な感じがする。
「怪しい……」
「まぁ、いいわ。こっそりお店の中に入れてあげられないこともないけど、一応犯罪だからね。お嬢ちゃんも犯罪者になりたくはないでしょ」
――まぁ、一応“元”犯罪者でしたが。
と皮肉をぶつけてやりたいところだがここは黙っておこう。
「それじゃあ、自分はこれで」
「ちょっと待ちなさい」女が呼び止めてきた。「アンタ、本当は違う目的があって来たんじゃないの?」
女の面持ちが一気に真顔になる。なんだろう、ここは隠さないで素直に話しておいた方がいいのだろうか?
「はい。本当は、ちょっと気になることがあって来たんです」
「気になること?」
「実は……、友達のお姉さんの友達が……」
嘘のない程度に事情を話して情報を聞き出しておいたほうがよさそうだ。ひとまずマキトの名前を伏せて、ある程度のことをしっかり話しておいた。
「なるほどねぇ……。悪質なホストに売掛金を……」
「だから気になって独自に調査をしているんです」
「正義感は立派だけど、流石に無茶よ。それに、ここのホストは皆優しいからそんなことはしません」
――無駄だったか。
「でも、その友達が本当に……」
「ちょっとこっち来てもらっていいかな?」
そう言って、女はオレの手を引っ張って物陰まで連れてきた。
彼女は目力を強めて、オレをじっと真摯な表情で見据えた。
「えっと、なんで……」
「あなた、もしかして『マキト』のことを言ってる?」
――えっ?
「マキト、さん……。そうです。名前出したらマズいかなと思って」
「マズい、なんてレベルじゃない。彼の推しはたくさんいるし、下手な噂を立てたらあなただってタダじゃ済まないわよ」
どうやら、相当ヤバい奴だということだ。
「……やっぱり、噂は本当だったんですね」
彼女は頷いて、
「あまり首を突っ込まない方がいいわよ。ちょっと前まで、彼は本当にブイブイ言わせていたんだから」
「ちょっと前まで……?」
その一言が気になり、オレは尋ねてみた。
「それがね、最近ちょっと丸くなったっていうか、人が変わったみたいなのよね。お客さんにも以前では考えられないほど気を遣うようになって……」
――人が、変わった?
どちらかといえばオレが見た真喜人の姿と重なる。ただの表向きの性格なのだろうか、謎は深まるばかりだ。
『反省して心を入れ替えたんですかね?』
そう簡単に心を入れ替えるものだろうか。それも考えにくい。
「だからって、あまり深入りしないことね。ホスト遊びもほどほどにしなさいよ」
「ありがとうございます。ただ、最後の台詞はお姉さんに言われたくはありません」
「ぐっ……、そうね。私もほどほどにしておくわ」
そう言って、女は去っていった。
『何なんでしょうかね、あの人――』
「さぁ、な」
今の女……。
全く見覚えがないはずなのに、どこか既視感がある。
彼女の声、どこかで聞いたことがあるような……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます