第12話

「ごめーん! 先に帰ってて!」

「えええええええッ⁉ どうしてッ⁉」

「あ! もしかして昼間の!」

「しッ! まぁそういうことなんだけど……」

「きゃああああああああああああああッ! ついに!? ついに!?」

「それじゃ二人の邪魔したら悪いからね! ウチらは先に帰るよ!」

 教室内がやたらと騒がしい。

 一瞬だけ意識が飛んだ後、オレは教室内にいた。飛び込んできた光景を見る前に、その声が玉越リカとその連れたちの喧噪なのはすぐに理解できた。というのも、その光景には見覚えがあったからだ。

 ――なるほど、ここからやり直し、というわけか。

 正直面倒くさいが仕方があるまい。

 他の連中が先に帰るのを見届けると、オレはゆっくり玉越に近付いた。

「ねぇねぇ、玉越さん」

「あれぇ、福ちゃんじゃん! まだ学校にいたんだ?」


 そして、数分後――。


「う、うあ、うわああああああああああああああああああああああああッ!」

 ほぼ同じ流れで、玉越を脅したのだった。

『流石に二度目は罪悪感ありません?』

「ない」

 突然話しかけてきたセラに、オレは冷たく言い放った。

『それで、ここからどうしましょうか?』

「どうしましょうか、ってなぁ。お前がここまで時間を戻したんだろ」

『それは仕方がないですよ。だって、元々玉越さんの幸せを元に世界を再生させたのですから。彼女の幸せが最高潮に達した瞬間にまで戻ってしまうのは必然ですよ』

「必然だと思っているのはお前だけだ。そういう大事なことは先に言え」

『す、すみません……』

 ――やれやれ。

 そうなると次はアレをやらなければならない、ということか。折角笛木関連のことが解決したかと思ったのに、また一から説明しなけりゃならないわけだ。

 オレは再び、玉越が忘れていった鞄に手を取り、防犯ブザーから盗聴器を抜き取るのだった。


「そこにいるんだろ! なぁッ!」


 その後の流れは、ほぼ前回と同じ。

「愛し抜け、か……。ははは、間違いない。本当に情けないな」

 笛木が現れて、しっかり説教しておいた。二度もコイツの哀れな姿を目にするのは、どうも頭が痛いものではあるが。


 ――っと、そうだ。

「というわけで、この盗聴器は没収だ」

「えっ……?」

『えっ……?』

 笛木とセラは目を丸くして、呆然とオレのほうを見る。

「なんだ? この期に及んでまだこんなもの使うのか?」

「い、いや……。使う気はないけど……」

「安心しろ。別にお前を脅そうなんて思ってねぇよ。お前がちゃんと反省したら返すことは約束しよう」

「あ、うん……」

「受信機も、だ。渡せ」

 オレにそそのかされるまま、笛木は鞄の中から黒い受信機を手渡してきた。

「……あの」

「だから安心しろ。お前が誰より反省しているってことは、オレが一番良く知っている。あくまでこれは保護観察処分みたいなもんだ」

「えっと、君は僕のことを信じているの? 信じていないの?」

「どっちだろうな。半信半疑以上完全信用未満、ってところか」

「意味が分からないんだけど……」

「分かんなくて結構。ついでだから、もっと意味の分からないことを教えてやろう」

 オレは目を閉じて、ゆっくりと意識を集中させた。

 しばらくするとふわり、とした感覚が服のあたりにしっかりと伝わってくる。

『あ、結局それはやるんですね』


「オレの名はタクト……。天使だ」


 外は既に夕日が落ちかけている。

『タクトさん、急がないと……』

「あぁ、分かっている!」

 もうすぐ鹿野が帰路につく。そうなるとあの真喜人という男と接触してしまう。何があったのかは知らないが、少なくとも彼女が不幸に陥るということを意味する。

 オレたちは急いで追いかけていく。

『あ、あそこ!』

 ――いた!

 昇降口へ向かう途中で、鹿野の姿を見かける。

「おーい、鹿野さん!」

「……拓斗さん」

 何があったのか一瞬分からなかった様子で、彼女は立ち止まった。

「今帰り? 良かったら一緒に帰ろ」

「……いいけど」

 ここまでは前とほぼ同じ流れだ。いや、前よりも早い段階で鹿野と同行できている。時間的には若干だが余裕がある。

『タクトさん、次こそは失敗しないでくださいね』

 時折耳打ちしてくるセラが煩いが、オレは気に掛けることもなく、

「あのさ、鹿野さん……」

「……ありがと」

「えっ?」

「玉越さんと、笛木くんのこと……」

「あぁ……、って見ていたんだ」

「うん」

 一応驚いておこう。前よりは淡白な感じになってしまったが。

 それよりも、しまったな。見られていたことをすっかり失念してしまった。この流れだと……、

「えっと、どこから?」

「玉越さんに私がいじめられている画像を見せたところから」

「どこまで?」

「笛木くんが、『本当に情けないな』ってボヤいていたところまで」


 ――セーフ!

 誤差の範囲だとは思うが、運良く前回とは微妙に違う流れになってくれたみたいだ。あの後の流れを見られていたらどうしようかと思っていたが、なんとかなってくれたみたいだ。

『良かったですね、バレていなくて』

 今度ばかりは本当にそう思う。

 オレは自分の鞄をチラチラ見ながら、なんとか中身を知られないように気を付けようと誓った。

「あ、それでね、鹿野さん」

「……うん」

「ちょっとさ、今日の宿題で分からないところがあって……。良かったら、一緒にやらない?」

 ベタで少々苦しいところがあったが、オレは思い切って鹿野に投げかけてみた。

「珍しいね……。拓斗さんって、頭が良いと思っていたけど」

「あ、その、私だって完璧じゃないから。ほら、今日の宿題って社会科じゃん。実はそこまで得意じゃなくて……」

「ふぅん……」鹿野は何を考えているのか分からない様子で、「別に、いいけど。今日は塾もないし」

「あ、うん。ありがとう!」

 なんとか上手くいった。

 それからしばらくは前回と同じような話をして下校していった。その間の細かな所作や口調を冷静に観察していくが、いかんせん鹿野が感情を表に出さない性格だから難しい。

 ――だけど。

「あのさ、鹿野さんって、何か悩みとかないよね?」

「……えっ?」

 鹿野は驚いた様子でオレのほうを見てくる。

「ほらさ、玉越さんのいじめは解決したけど、なんだかまだ浮かない顔をしているなぁ、って」

「別に、ないけど……」

「それじゃあ、もうひとつ質問だけど……」

 とオレが質問しようとした矢先、

「おおい、佳音ちゃん!」

 背後からクラクションの音と共に、聞き覚えのある低い声が耳に届いた。

「……真喜人さん」

「随分帰りが遅かったんだね。そちらはお友達かい?」

「うん……」

「鹿野さん、知り合い?」

 以前見た顔だが、一応知らない振りをしておこう。

「私のお母さんの……」

「あぁ、俺はこの子のお母さんとお付き合いしていてね。佳音ちゃんとも何度かお食事とか行っているんだ」

「へぇ、そうなんですか……」


 ドクン!


 ――また、だ。

 再び心臓が高鳴る。

 この男、オレはやはり知っている。

 出会ったのは間違いなく、オレが死刑になる前……。


 何故、コイツがここにいる?

 オレはしばらく、奴の顔をじっと睨んでいた。

「君、どうしたの? 僕の顔に何かついているかい?」

「あ、ええと。何も……」

「ならいいけど、ちょっと顔怖かったよ」

 そう言われて、オレは強張った顔を少しだけ緩める。

「……今日、これからうちで拓斗さんと宿題やるから」

「これから? 随分遅くなるよ。親御さんが心配しないかな?」

「あ、大丈夫です。うちも両親が遅いんで」

「そっか。それじゃあ、二人とも乗っていくかい?」

「……うん」

「はい、お願いします」

 ――よし!

 今のところオレの思惑どおりに事が運んでいる。

 あとは、あの悲劇を絶対に起こさせない。鹿野を、世界を、崩壊なんてさせてたまるか!


 そして――。

「あ、そうそう。佳音ちゃんのお母さんも帰りが遅いってさ。お友達もいることだし、このままどこかで御飯食べてから帰ろうか」

「え、そんな……。お構いなく」

「いいのいいの。気にしなくて」

 気さくに話しかけてくるこの男の存在。

 ちょうどいい。お前のこともしっかりと調べさせてもらうとするか。


 オレは前世の記憶を呼び起こす。

 ビルの屋上で、オレはコイツの顔を睨みつけている。奴は怯えたような表情で、たかだか小学生のオレに壁際まで追い詰められていく。

 しばらくして、鈍い破裂音と共に、コイツは身体を項垂れてその場に伏してしまう。

 壁に残った、赤い痕。オレの右手に残る衝撃と、熱。その場に漂う、血と煙の臭い。


 そうだ、この真喜人という男は――。


 オレが死刑囚になったときに、最初に殺した男だ。

 

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