第7話
「それで、何の用? こんなところに呼び出して……」
「じ、実はさ……」
閑散とした校舎裏。笛木と玉越は互いをじっと見つめ合って、身体をモジモジと揺らしている。
『アレ、マズいんじゃ……』
「黙ってみてろ」
セラも落ち着きがないのか、上空をせわしなく飛び回っている。じっとしてろ、と言いたいところではあるが聞くような奴じゃないだろう。
「玉越……さん」笛木はぐっと唾を飲み込んで、「実は、僕……、前からずっと、玉越さんのことが好きだったんだ!」
……。
しばらく、周囲に沈黙が続いた。
『あああああああああああああああああああああああああああああああッ! 言っちゃったあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!』
そんな中で、セラだけが大声を出してのたうち回っている。まぁ、オレ以外にはその声は聞こえないんだがな。
「えっと、その……」当然のごとく、玉越は戸惑い気味に、「あ、あたしでいいの?」
「うん……」
「笛木くんって足も速いし顔もいいし、女子から人気あるんだよ」
「そうなんだ。自覚していなかったな」
「お付き合いは全然オッケーだけど、本当に、いいの?」
「本当にいいんだ! お願いします!」
笛木が深々と頭を下げると、
「こちらこそ!」
玉越は嬉しそうに顔をほころばせた。
「おっと、そろそろ授業が始まるね」
「折角だから一緒に戻ろう!」
「そうだね!」
二人は目に見えないように、そっと手を繋いで、そしてそのまま教室へと戻っていった。
『な、な、な、なななななななな! やっぱりやっちゃったあああああああああああああああああああああああああああああッ!』
「さっきから煩いな」
『だって! 笛木さんって人、絶対鹿野さんに気があると思っていたのに! よりにもよってあんな嫌味な子と付き合うって! それもこれもどれもそれもこれもそれも! 幸せのエネルギーをあんな子に使っちゃったからッ!』
「そのためだろうが。あ、幸せを先生に返す分を貰っておかないとな」
『ううううううううううううう……』セラは戻っていく玉越たちを見据えながらしぶしぶ掌を翳し、『あの子たちの幸せを少しください……』
「明らかにやる気ないだろお前」
いつもの呪文がないことをちょっとだけ寂しく思いつつも、オレたちも教室へと戻っていった。
「ごめーん! 先に帰ってて!」
「えええええええッ⁉ どうしてッ⁉」
「あ! もしかして昼間の!」
「しッ! まぁそういうことなんだけど……」
「きゃああああああああああああああッ! ついに!? ついに!?」
「それじゃ二人の邪魔したら悪いからね! ウチらは先に帰るよ!」
放課後、玉越たちは内輪でワイワイと賑やかに盛り上がっていた。
『ううう……、納得がいきません』
「ま、あの調子なら今日のところは鹿野へのいじめはしないだろうな」
『今日は良くても、いずれまた鹿野さんをターゲットにするのは目に見えていますよッ! トイレでの会話を忘れたんですかッ⁉』
確かに、玉越の性格ならいつまたいじめが始まってもおかしくはないだろう。彼氏なんてステータス程度にしか考えていないような女だし、あの話を聞いている限りじゃいじめなどストレス発散ぐらいのものだろう。
「だから面白くなってきたんだよ」
『サイコパスですか、あなたは!』
元死刑囚に向かって何を寝言ほざいているのか、この天使は。
「安心しろ。これだけで終わらせるわけにはいかないからな」
『終わらせるって、まだ何かやるんですか?』
オレは再び玉越をじっと見つめた。
ゆっくりと彼女の席に近付いて、そっと不敵な笑みを浮かべる。
「ねぇねぇ、玉越さん」
「あれぇ、福ちゃんじゃん! まだ学校にいたんだ?」
玉越はオレのことを不審がる気配もなく、嬉しそうな顔を浮かべてきた。
「うん。玉越さんこそ」
「あぁ、あたしはちょっと人を待っているから」
「それってもしかして……」
オレがそう発して小指を立てると、玉越は驚いた様子で、
「えっ!? なんで知ってんの!?」
「実はさ、見ちゃったんだよね! 校舎裏で……」
「あっ……」玉越は気恥ずかしそうに、「あれ、見られてたんだ! うっわ、はっず! 言っとくけど、このことは……」
「大丈夫、黙っておくから安心して!」
「マジ!? 頼むよ。まぁ、クラスとかはいいけどさぁ、教師とかに知られるとマズいから」
「そうだね、先生に知られるとマズいよね」オレは懐からスマホを取り出して、「昨日鹿野さんをいじめていたこと、なんてね」
それを口にした瞬間――、
玉越リカの顔が思いっきり引きつった。
「な、な、なんの話……」
「あれ? 私は最初からそのことを問いただそうと思っていたんだけど」
「いや、その……、笛木くんと……」
「笛木君がどうかしたの?」
オレはわざと意地悪な目付きで笑みを浮かべた。
次第に玉越リカの顔が険しくなってくる。
「アンタ……、何が言いたいワケ?」
「これ」オレはスマホの画面を玉越に見せつけた。「昨日、あなた校舎裏で玉越さんをいじめていたよね? 声を掛けそびれたけど、こうして証拠写真はしっかり撮っておいたから」
画面に映し出された、二枚の画像。玉越が鹿野の資料集を引き破る場面、そして草を投げつける場面。オレは物陰から、しっかり撮影させてもらっていた。
「何、これ……」
「私が聞きたいんだけど。何で鹿野さんをいじめていたの?」
オレが問いただすと、玉越は口を噤んで何度も舌打ちを繰り返す。
「……先生にチクるつもり?」
「それでもいいんだけどね。ただ、アンタのことだから先生に言ったところで私か鹿野さんにまたち逆恨みしてきそうなんだよね」
「そんなことは……」
「信用できると思う?」
そう冷たく言い放つと、「うっ……」と玉越は狼狽えた。
「脅すつもり? バッカじゃないの?」
「脅すだなんて人聞き悪いよ。私はただ、これ以上鹿野さんに危害を加えるなって言っているだけなんだけど」
「はぁ⁉ それが脅すってことじゃないの!?」
「言っておくけど、今朝トイレで話していたことも聞いていたんだよ。先生に注意された腹いせで鹿野さんでストレス発散しようとか何とか……」
「悪い!? だったらチクりなよ! あたしらは叱られるだけだから! でも、鹿野も……」
「誰が先生にチクるって言ったの? もっと知られたくない人もいるでしょ」オレはふっと笑み、「たとえば、そう、笛木君とかね」
「なッ……」
玉越の額から、段々と大量の冷や汗が流れてくる。
「笛木君がそのことを知ったらどうなるだろうね? 折角告白されて付き合った人が、まさかこんな陰湿ないじめをしていたとか、かなり幻滅すると思うけど?」
「……アンタ、やっぱそのことも知ってたんじゃん! 性格悪いっての!」
「あなたほどじゃないけどね。別に私はお金とか要求しているわけじゃないし、難しいことをお願いするつもりはないの。ただ、鹿野さんにこれ以上ちょっかいをかけないで。それだけで見逃してあげる。約束しないのであれば、この画像を笛木くんと先生に見せるから!」
それだけ言って、俺はスマホを仕舞った。
玉越はもう言葉を発することもなかった。次第に、ポロポロと涙が零れ堕ちていくのが見えた。
同情するつもりは微塵もない。自業自得だ。泣けば済むことでもないし、本来ならば鹿野に謝らせるまでさせるべきだ。だが、最早そこまで求める必要もあるまい。
「う、うあ、うわああああああああああああああああああああああああッ!」
大声で泣きじゃくりながら、玉越リカは教室を飛び出していった。
『なるほど、こういうことでしたか! いい気味ですね!』
「まさかこんな安直な手が利くとはな」
『いいんですよ! いじめさえ辞めてしまえばいいだけの話なんですから』
「あぁ……」
コイツも大概性格悪いな、とオレは呆れ果てる。一応、天使のはずなんだがな。
オレはふと、玉越の席の横に目を向ける。
案の定、彼女の物かと思われる鞄が掛かっている。
『あーあ、荷物置きっぱなしで行っちゃいましたね』
「あの分じゃ戻ってはこないだろうな」
オレは教室の外を見る。日も大分傾いており、児童たちの姿もほとんど見えない。勿論、玉越リカの姿も、だ。
『これで天使のお仕事は……』
「いや、まだだ。やることは残っている」
『えっ……』
「鞄置いていったか。好都合だな」
『好都合って……』
「そこにいるんだろ! なぁッ!」
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