第3話

「みなさん、おはようございます。さて、今日は新しいお友達をご紹介いたします。これからこのクラスで一緒にお勉強をする仲間なので、優しくしてあげてくださいね」

 部屋の中から甲高い女性の声が聞こえてくる。

 ――なんだ、この状況。

 オレは何度もため息を吐いて、「6年2組」と書かれた部屋にゆっくりと入った。

「おお、可愛い!」

「なんかすっごいミステリアスな感じがする!」

 一瞬にして教室中にどよめきが湧きあがる。

「はいはい、静かに! それじゃあ、自己紹介をお願いします」

「あ、はい……」オレは戸惑いながら、「えっと、拓斗たくと福音ふくね、です……。よろしくお願いします……」

 改めて口に出すと本当に酷い。元々の名前から苗字と名を逆にしただけだろ! と何度突っ込んだことだろうか。あのセラとかいう天使には呆れ果てるばかりだ。

「よろしくうううううううう!」

「仲良くしよおおおおおおおッ!」

 児童どもは児童どもで、何が面白いのかはしゃいでいる。よもやオレが元死刑囚だということも知らないで。全く、落ち着きというものを知らない。こいつは先が思いやられそうだ。

「それじゃあ、拓斗さんの席は……」先生は教室内を見渡しながら、「鹿野かのさんの隣が空いていますね。そちらへお願いします」

 先生に促されるまま、オレは教室後方の席へ向かっていった。

 その隣にいる女子児童の顔をなんとなく見つめた。

「……あ、よろしく」

 彼女もオレに気がついて、そっけない様子で挨拶をした。

「あ、あぁ。よろしく……」

 ――なんだ?

 一瞬、この鹿野とかいう女子児童にドキン! と胸が高鳴ってしまう。

 淡い桃色の髪を片方に結わえた少女。赤いワンピースが映えて暖かみを感じる見た目だ。だが、どことなく無表情でそっけない感じがする。

 ――なんだか、オレと似ている?

 一瞬彼女に対してそう考えてしまったが、すぐに首を振ってそれを消した。世の中にオレと同じような人間などそうそういてはなるものか。オレのような、あんな冷たい人生を送ってきた人間など……。

「……何か?」

「あ、いや。これから仲良くできたらなぁ、って」

「ふぅん……」

 ――やれやれ。

 下手に突っかかってこられないだけありがたいところだが、やはり先が思いやられるのは間違いないな。


「おっつかれさまでしたぁ! 福音さん!」

 ――コイツは。

 この姿に変わってから初登校を終えたオレは、校舎裏でこっそり待機していたセラの出迎えを受けた。こちらの気苦労も知らずににこやかな顔を見せつけてくるのがすっごくムカつく。

「すっっっっっっっっっげぇ疲れたんだがッ!」

「登校初日ですからね! 無理もありません!」

「無理させてんのはてめぇだろうがあああああああああああああああああああああッ!」

 オレはまたもやセラのこめかみに拳をねじこんだ。

「い、いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい!」

「なんでまた学校に通わされているんだオレはッ!」

「だ、だから説明したじゃないですかああああああああああッ! 人間界で人々の動向を観察するには、人間界に溶け込むのがいいって!」

「だったらお前も通えッ! 俺だけじゃなくてッ!」

「わ、私はいいんですぅ! 私は、あなたの上司なんですからぁ! 見守るのが仕事なんですぅ!」

「ブラック企業の上層部かッ!」

 はぁ、はぁ、と息を荒げながら、オレはセラから拳を放した。

 そうだ――。

 オレは人間界に降り立った直後、この天然天使から言い渡されたのは「人間界の小学校で人々の様子を見ろ」ということだった。

 正直、「はぁ?」という感想しか湧きおこってこなかった。天使というものは姿が見えないところで、そっと人目につかずただ見守れば良いものだと勝手に思っていたのだが。

『これは任務なんです』

 どうしてだ、と聞いてもこの言葉の一点張りだった。説明不足にも程がある。

 結局、根負けしたオレはしぶしぶと言われるがままに小学校に入ることになったわけだ。

 しかも――、

「それで、お久しぶりの学校はどうでした? 相変わらずでした?」

「ったく……。まさか、またこの学校に通うことになるとはな」

「全く知らない学校よりはいいじゃないですか。どうですか、久しぶりの母校は?」

「母校、と言われると微妙なところだな」

 ――何せ、オレが卒業する前に死んでしまったのだからな。

 出羽島でばしま小学校――、ここはオレが生前通っていた小学校だ。まぁ、いつの間にかほとんど学校に行かなくなっていたから、他の先生や児童の顔なんて覚えていない。かろうじて建物内部の構造だけはなんとなく覚えていた程度だ。更に言えば、その中でどんな学校生活を送っていたかなど、思い出したくもない。

「これで失われた青春を取り戻せられればいいですね」

「全く興味ない。あくまでも天使の仕事のためだ」

「むぅ、可愛げありませんね。顔は可愛いのに」

 ――ばっ!

 オレは思わず赤面してしまう。

「可愛いっていうな!」

「可愛いです! そこは自信持ってください!」

「あのなぁ……」オレは頭を掻きながら、「ま、確かに他の変な学校に行くよりかはマシか。ここもあまり良い学校とは言えないけどな。わざわざ手続きしてくれてありがとな」

「珍しくお礼を言ってくれたところ悪いんですけど、別に手続きをしたわけじゃありませんから」

「えっ、じゃあどうやって入学……」

「簡単です。この学校の人たちの認知を変えただけですよ。今日、拓斗福音という転入生が来る、という、風にね。書類だけは偽造しましたけど」

 ――おいおい。

「認知を変えるって、そんなことできるのか?」

「はい! 私の能力で!」

 そんな能力があったのか――。

 流石天使、と言いたいところだが、そんなことを平然と言われても戸惑うしかない。今後下手を打ったらコイツの力で何されるか分かったものではないな。しばらくは大人しくしていたほうが良さそうだ。

「まぁ、いっか……」

「あ、でも、間違えて六年生のクラスに転入させてしまったのは申し訳ないです! 亡くなったのが十一歳って聞いていたものですから、うっかりしていまして……」

 ――そうだ。

 オレが亡くなった年齢は十一歳。そして、その時のオレは、五年生だった。

 わざわざ生前の学校に転入させたにも関わらず、どうして六年生なのかは今までずっと疑問ではあった。まぁ、そんな理由だとは思っていたが。

「別に構わない。今日だって授業も特に問題なくこなせたからな」

「えっ!? 授業についていけたんですか!?」

「当たり前だ。なんなら中学校二年生くらいまでの授業にならついていける自信はある」

 オレがそう言うと、セラは「えぇッ!?」と素っ頓狂な悲鳴を挙げた。

「あ、頭いいんですね!」

「獄中にいた頃は暇だったからな。退屈しのぎに教科書や参考書ぐらいは差し入れしてもらっていた」

「それを読みふけっていたんですね。もうすぐ死刑になるのに」

「あのなぁ……。オレはこれでも死刑囚としては模範的だったんだからな」

「死刑囚の時点で模範的もへったくれもないような気がしますが……。多分『模範生』になるよりも『猛反省』してほうが良かったんじゃないですか、なんちゃって」

 ――また拳をお見舞いしてやろうか?

 オレはセラを蔑んだ目で睨みつけた。上手いこと言ったつもりでどや顔になっているところが凄く腹立つ。

「そういうわけだから、今のところ何も問題はない。報告は以上だ」

 これ以上コイツと話すのも億劫だったので、オレは適当に切り上げようとした。

「あっ、ちょっと待ってください」セラがオレを呼び止めた。「まだ教えなければならないことがありますよ」

「何だ?」

 オレはため息混じりにセラを見据えた。

「生理用品と、女子トイレの使い方です」

 ――なっ!?

「いや、そんなことどうでも……」

「どうでもよくありません! あなたは女の子になりたてなのですから、きちんと知っておく必要があるのです!」

「だってオレ天使……」

「関係ありません! 知っておく必要があるのです! さぁ! 基本のところからレクチャーしますから、しっかり聞いてください!」

「お、おい! ちょっと待……」


 その後――、

 オレは数時間に渡り、凄まじいほどの保健体育の授業をセラから受けるのであった。

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