第2話
――天使、だって?
「またオレの拳を喰らいたいようだな」
「ちょ、ちょっと待ってください! ちゃんと説明しているじゃないですか!」
「なぁにが『天使』だッ! 天使ってアレか? フランダースの犬の最終回に出てくる……」
「良く分かりませんが多分それで合っていると思います。しっかり説明させていただきますと、天使とはユダヤ教、キリスト教、イスラム教に出てくる神の使いとされている者たちの……」
「知るかァァァァァァァァァッ! 本当だとしたら人選ミスにも程があるだろうがッ!」
「いえいえ、これはあなたにしか頼めないことなのです! 本当なのです! あなたの刑が執行された後、浮遊していたあなたの魂を捕まえるのに苦労したんです!」
チッ、とオレは舌打ちをしてから、一度ため息を吐いた。
「で、そこまでしてオレを天使にしたワケは? 大体、何で女になっているんだ?」
「んー、女性になった理由はよく分かりませんが、多分そちらのほうが可愛いからじゃないでしょうか?」
「……可愛さって必要か?」
「強面の天使のほうが良かったですか? 私はその姿、好きですよ」
――話にならねぇ。
ここまで会話していてひとつだけ分かったことがある。コイツとはまともにやり取りしても面倒くさいだけだ。
「そもそも分かっているのか? オレは“死刑囚”なんだぞ。それも、前例のない十一歳で死刑になった男だ」
「分かっていますよ。でも、私はあなたが良いんです」
「何でだ?」
「あなたが、本当は誰よりも心優しい人、だからです」
――心、優しい?
「はっ、もうお前のおふざけには付き合いきれねぇな」
「おふざけじゃありません! これは本心です!」
「分かったように言いやがって。お前は何を知っているんだ?」
「それは……」
そこまで言いかけて、セラは口を噤む。
何が目的なのかはよく分からないままだが、よもや元に戻せなどとは言うまい。オレは既に、“死んで”しまっているのだから。
「ったく、しゃあねぇなぁ……」
オレは頭を掻き、セラをしっかりと見据えた。
「分かってもらえましたか?」
「何も分かってねぇけど、要するにオレに天使をやれって話だろ」
「そうですそうです!」
本当に嬉しそうに笑顔を向けるセラ。
こうなったら適当にやることをこなして、とっととあの世へおさらばしてやろう。それが現状一番手っ取り早い。
「で、天使って具体的に何すればいいわけ?」
「そうですねぇ……」セラは少し考え込んだ後、「人々を幸せにしてください!」
……?
――は?
「しあ、わせ?」
「はい、幸せです!」
――馬鹿か、コイツは。
「やっぱり人選ミスにも程があんじゃねぇかあああああああああああああああッ! オレを誰だと思っていやがんだ!」
「で、ですから福音……」
「オレが言うのもおかしいけどなぁ、普通死刑囚にそんなモン頼むか⁉ まずそういう人間は地獄行きになるもんだろうがああああああああああああああああッ!」
「地獄行きたいんですか!? ちょっとしか知りませんけど、あそこすっごく怖いところですよ! 針の山に串刺しにされたり、火の山に放り込まれたりするイメージですよ!」
「お前も詳しくないんかいッ!」
「すみません知りません!」
「だったらいいよもう地獄行きで! なんかそっちのほうが納得いくから! 絶対オレに幸せを与える仕事とか無理だから!」
段々自分で言ってて情けなくなってきた。
っていうか……、
「私たち……」
「何の話をしていたんだっけ?」
こんな漫才することになるとは、な。一応オレ、死刑囚だったんだけど。
「えっと、幸せにする仕事のお話です」
「あっ、はい」
面倒くさいから素直に話を聞こう。
「もう少しかいつまんで言うと、人々を見守って幸せを分け与える仕事です。勿論、誰彼構わず幸せにすれば良いというものではありません。相応の代償を支払った者、また努力をした者にきちんと見返りとして与える。それが、天使のお仕事です」
「ふん……」
――胡散臭い。
幸せ、など生前のオレには縁が薄い代物だった。周りにいる大して努力もしていないような連中が成功していくのを見ていく中、オレはただ一人取り残されているだけ。
そんなオレに幸せを与える仕事? 馬鹿すぎるだろ。
「あ、その顔は信用していませんね」
「その説明で信用しろというほうが無理だ」
「やっぱり……、やってはくれな……」
「やってやんよ」
俺がそう答えると、セラは「えっ……」と不思議そうな顔を浮かべた。
「やってやるって、本当ですか?」
「あぁ。どうせ死んじまった身だ。オレだってあそこまで罪を犯したことを後悔していないわけじゃない。ま、罪滅ぼしじゃないけど、少しぐらいは手伝ってやる」
「本当に、本当ですか?」
「本当に本当だ」
「あなた詐欺だけはやっていませんでしたよね?」
「脅迫はやっていたが、詐欺ができるほど弁が立つわけじゃないのは確かだな」
まだ訝し気にセラがオレを見てくる。
が、少しすると涙目になって、
「あ、あ、あ、あ、あ、ありがとおおおおおおございまあああああああああす! 正直、断られるんじゃないかって思っていたんですよおおおおおおおおおッ!」
「ダメ元だったのか! てかこんな姿に変える前にやるかどうかぐらい確認しろッ!」
「ううううううう、嬉しいですうううううううううッ!」
――やれやれ。
何を考えているのか、さっぱり分かんねぇな。
だが、これはいい機会かも知れない――。
オレが天使の仕事を引き受けた理由。それは、人々の“幸せ”がどういうものなのか興味があった。
オレの世界には、「笑顔」などというものはなかった。あるのは、ひたすら負の感情だけ。
死ぬに当たってある意味での心残りは、その笑顔というものは一体何だったのか知らなかったこと。あくまでも些細な興味本位だが、地獄に行く前にそれを理解できるチャンスだ。
ふっ、とオレは不敵な笑みを浮かべる。
「では、早速行きましょうか」
セラがいきなり促してきた。
「行くって、どこへ?」
「決まっていますよ」セラはにっこりと微笑んで、「地上……、あなたが生前暮らしていた場所です!」
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