第61話 つまりワンナイト的な……アレですか

 パッとステージを見た時に思った。もしかしてライブでも始まんの?


 砂浜の上に建てられた野外ステージの周りには、もう結構な人だかりができている。


 作業員っぽい人達が忙しなく動き回り、指示役みたいな人があたふたしながら相談しつつ、どんどん催しの準備は進んでいる。


 しかも近くには売店があるので、これはけっこうな儲けになりそう。


「本当に、カイさまが来られるのでしょうか」

「こういうものが好きな男ではなかったはずだが」

「ええ。あの人は騒がしい催しよりも、わたくしとの穏やかなひとときを求めていましたわ」

「いや、我との刺激的な交流のほうが、アイツは楽しんでいたぞ」

「あらあら、スカーレットさまったら、暑さでおかしくなってしまわれたんですの? わたくしとカイさまは——」


 ああ怖い怖い。すぐ近くで自分のことで言い争い始まるのマジホラーすぎ。すぐに偽者がやってくるのかと思っていたんだが、ステージに上がったのは吟遊詩人だった。


 どうやら前座みたいだな。前世の日本でいう夏ソングほどじゃないけど、わりと夏っぽい楽しげな詩を歌ってくれる。


 この世界での夏フェスでも始まる感じなのか、他の歌い手っぽい人がステージ付近で待機してる。


 どんどん人集りは増えてきて、もう完全に夏ライブ感出てきたわ。これで最高潮に盛り上がったタイミングで、あの偽者は出てくるつもりか。


 だが、そんな状況を吹き飛ばすような一言が、崖っぷち亭の一人から発せられた。


「ごめん、俺ちょっと抜けるわ。実はさ……逆ナンされちゃって」

「「「はぁ!?」」」


 俺まで声出ちゃったわ。モテないことにおいては全ギルドトップクラスと言っても過言ではない崖っぷち亭の冒険者が、逆ナンパされちゃったですって!?


「お前、嘘はやめろって」

「え? どんな人にナンパされたの?」

「裏切る気か」

「まさに抜け駆けじゃん!」

「みんなで鑑賞してるんだから、ここにいろよ」

「何でお前がナンパされて、俺はナンパされないの?」

「一夏の思い出を作ろうったって、そうはいかんぞ!」

「その娘可愛いの?」

「裏切り者ー!」

「舞台女優で言ったら誰似?」

「女優の名前なんて知らんだろ」

「歳は?」

「スタイルはどうなん?」

「俺もついて行っていい?」


 もはや正気ではいられない面々から罵声だったり、親身を装って阻止しようとしたり、挙句にどんな女か必死に聞き出そうとする始末。まあ、俺もめっちゃ気になってるけど。


「まあ詳しい話は後で。じゃ!」


 しかし、チャンスは絶対に逃さないとばかりに、その男は勇ましくも疾走した。青春真っ盛りだ。


 そしてうちの崖っぷち亭メンバーは、それを黙って見送るような連中ばかりではなかった。


 ◇


「お待たせー」

「あ、ごめんね急に」

「いいっていいって! 俺全然暇だったし」


 ソフィアビーチからしばらく歩いた先、人気がなくなった岩陰にその美女はいた。


 金髪を後ろで結い上げており、快活そうな二十代前半ほどの女。笑うとできるえくぼが可愛らしく、男はすぐに虜になる。


「美人すぎる」

「おっぱいでけえ」

「アイツ……許せん」

「裏切り者に制裁を」

「え、この後どうなっちゃうの?」

「あんなことやこんなことが始まっちゃうに決まってるだろ」

「言うてここビーチだよ」

「いや、燃え上がったらもう場所なんて関係ない」

「捕まるだろ普通に」

「羨ましい……」

「いいのかよ、このままで」

「どうすんだよ?」

「阻止しようぜ」

「いや、なんかアイツはどうでもいいんだけど、女のほうに嫌われないかな」


 そして崖っぷち亭の他メンバーも七人ほどが追いかけてきており、少し離れた岩陰から様子を探っていた。


「ねえ、早速だけどさ。ここなら誰もいないでしょ……しちゃおっか」

「え!? し、しし。しちゃおっかって、何ヲ!?」

「もー、分かってるんでしょ」


 静かに近寄るブロンドの美女。大胆な行動に驚きを隠せない当人と覗き魔達。さらに美女は細い指先で、男の体を触り始めた。


「私ね、とっても飢えてるの」といい、優しく抱きつく。もう男は顔中がタコのように赤くなり、されるがままになっている。


「そ、そうなんだ」

「うん。ね、食べていい?」

「え!? な、なんか大胆なこと言うんだね。は、ははは」

「そう? このくらい普通でしょ。ねえ?」


 この時、離れたところから様子を見ていた冒険者達は、もはや発狂寸前であった。人の幸せを何よりも許せない面々である。


「死ね! もう死ね!」

「ちくしょー! なんでこんなに上手くいくんだよ」

「人生不公平過ぎる」

「アイツ戻ってきたら処す」

「悔しいよう。マジなんでここにいるのか分かんないよう」

「今後あいつとは仕事しねえ!」

「ずっとぐちぐち文句言ってやる」

「あ、やばいって。いよいよ始まる。始まっちゃう」


 しかし、口では非難しつつも、彼らはもはやこの後に始まるであろう行為を想像し大いに興奮していた。夢中で岩場から送られる視線に気づくことなく、美女は強く男を抱擁している。


「私、もう我慢できないのよ。ある人に頼まれてここに集まってきたけれど、飢えて飢えて仕方がないの。あなた、満足させてくれるんでしょ?」

「あ、そ、そういう。つまりワンナイト的な……アレですか。まあ今はまだ昼間ですけどね、はははは……もちろんですよ!」

「嬉しい! 美味しくいただくわ」

「では、まずは……」


 男は少しだけ美女を肩から離すと、静かに瞳を閉じてキスの態勢に入る。この展開に崖っぷち亭のメンバー達にも緊張が走った。瞬きすら惜しいとばかりに、誰もが凝視を余儀なくされる。


 女は微笑を浮かべたまま、数秒ほど男の顔を眺めていた。心なしかその顔は黒ずみ、奇妙な空気を纏っている。


「そうね。顔から食べるのも楽しいわね。それじゃあ……」


 男は接吻をしようと、唇をひょっとこのようにして近づけようとしつつ、膨れ上がった好奇心からつい薄目で女を見た。


 女はなぜか笑った顔のままだ。しかし、静かに頬の辺りに手をかけ、引っ張る動作をした。


 直後、美女の顔は引き剥がされ、中から大きな魚人の顔が現れる。開かれた歯はサメのように尖っていて、口自体も異様に大きい。


「……へ?」


 崖っぷち亭のメンバーはあまりの出来事に、頭の中が真っ白になった。そして何より、マーマンに肩を掴まれたままの男は、突然の出来事に理解が追いつかず固まっていた。


「あ……ああ……あ」

「ギョッギョ! いただきまぁす!」


 マーマンの口がさらに開かれ、鋭利な歯が冒険者の顔面に突き刺さる——直前、俺の投げた剣が奴を貫いた。


「ギョグウウウウウ!?」

「めんどくせー真似しやがって」


 実は俺も野次馬の一人だった。で、なんか怪しい魔力だったから剣を取ってきてついてきたってわけ。マジでドキドキ展開だったのに残念。


 半魚人は一撃で絶命し、その場に大文字で倒れた。うちの不幸な騙され冒険者は、腰が抜けてペタンってなってる。


「あ、あああ!? 魔物だったのかよ!」

「すげー遠投! さすがはアレクさん」

「一瞬で決めるの神業すぎるだろ」

「おーい! 大丈夫? 噛まれてない?」

「なんかごめん……」

「すげー!」


 俺は哀れな同業者のそばにやってきて、卑劣な魔物から剣を引き抜いた。


「にいちゃん、あんま気にすんなよ。こういうこともある」

「は、はい。ありがとう、ございました」

「それと、まだ気を抜くな。さっさと出てこいよ。いるんだろどーせ」


 うんざりしつつ、俺は海辺へと振り返る。すると、隠れていた魔物達がウヨウヨと陸に上がってきた。


 マーマン、飛びクラゲ、悪魔カタツムリ、おまけになんとクラーケンまで。


 揃いも揃って海とか水中系の魔物ばっかりだ。全部で何匹いるかは定かじゃない。

真っ先に上がってきたマーマンが勝ち誇るように笑う。


「ギョッギョ! 逃げていればいいものを。まあどの道同じことかな。うちのボスが、貴族になりすましてこの国を手に入れるのも、もう間近だからな」

「ペラペラ喋っていいんか。三下だろお前?」

「ギョ……貴様ぁ、舐めるなよー! お前ら、かかれえええええ!」


 そのボスってやつも、大体誰だか分かってきたわ。こういう連中を引き連れてるのが魔王軍にいたけど、印象が薄すぎて忘れてた。


 崖っぷち亭メンバーが悲鳴を上げる中、俺と奴らの戦いが始まった。


ーーーーーー

【作者より】

ここまでお読みいただき、ありがとうございますmm

次回、ピエールとルイーズ、スカーレット達の話になります!

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