第59話 しかも明日は、海辺で彼が主催の催しがあるのだとか

 すぐに盗賊ギルドに向かうはずだったんだけど、めっちゃ腹が減ったのでレストランに寄った。


 いやー安定の三人前、超美味かったわ。デザートまでぺろりと食い終わり、エネルギー充填が完了した俺は酒場へと向かい、シックな黒い扉を開いていざ入店。


「やあおっちゃん、俺やで」

「あ! ……あなたでした……か」


 なんかビビってる。盗賊ギルドのおっちゃんってば、こんな心臓で裏稼業が務まるんだろうか。


 とりあえずバーカウンターに座りますよっと。


「おっちゃん。ちょっくら頼みたいことがあるんやけど」

「いや、ちょっと……無理です」

「断るの早くね? わりと簡単な頼みなんだけど」

「一応、聞きましょうか」


 嫌がってる感めちゃくちゃあるわ。まあ、この姿なら珍しいことじゃないけど。


「シーフローブ、あるやろ? 売ってくれない?」


 シーフローブとは、盗賊やらアサシンやらが使う、自分の気配をある程度隠せるローブのこと。原作ゲームでも、こういうギルドでしか入手できなかった。


「……さようですか。あの、その前に一つ聞かせてもらいたいのですが、一体ローブを身につけて何をするおつもりで?」

「ちょっと人を探したいだけ。俺ってば目立ちすぎちゃって困るよ。大丈夫、迷惑はかけない」

「難しいですな……」


 なんか悪いことをして捕まった時、自分たちが協力したと思われることを警戒してるっぽい。こういう疑り深さって、盗賊稼業には大事なんだろう。知らんけど。


「うちにはXXLサイズがありませんので」

「そっちかよ! いやいや、Lでいけるで」


 マスターは俺の全身をチラリと見て、明らかに困惑してる。いやいや、マジよマジ。


 だがさすがは盗賊が集うギルド、スピード感は普通と全く違うというか、一旦バーの奥へと消えたかと思うと、数秒でブツを持って帰ってきた。


「試着してみますか」

「サンキュー。これがLサイズか、余裕じゃん」


 そしてゴソゴソと着てみた。うん、余裕……じゃねえな。キツい。


「飯食ったばっかりだからかな。いやーははは。あ、やっぱもうちょい上のサイズない?」

「XLサイズはあります。予想していたほどではなかったので、一つ上でいけそうですが、何分在庫が少ないもので……」


 ちょっとちょっと。どんだけデブ妄想膨らんでたんだよ。でもビッグサイズは確かに在庫少なくなりやすいんだよな。おっちゃんは渋りたいお年頃。


 しょうがない。俺は懐から煌めく金貨を一枚取り出し、テーブルの上に置いた。


「オオ!? ま、まさか! よろしいので!?」

「どうしても必要になりそうだからさ。これならいいだろ?」

「喜んで! ではすぐに用意します」


 実際の十倍以上の値段をチラつかせたのだから、それは喜ぶだろう。


 でも、実はさっきマーマンどもを坂道で倒しまくっていたら手に入れた金である。アイツら意外とリッチだわ。俺より稼いでんのかよ。


 持ってきてくれたXLシーフローブはこの腹回りでも着るのが余裕だった。よーし、これで活動しやすくなったぞ。


 ちょっとルンルン気分になっていると、同じくして上機嫌になったマスターが白ワインを勧めてきた。


「この一杯はサービスです」

「お、サンキュー」

「いやー、さすがはギレン伯爵のご友人というだけのことはありますな。この騒ぎの中でも堂々としていらっしゃる」

「ん? 騒ぎって?」


 ふふふ、とダンディー感を出しつつ笑うおっさん。


「つい先ほどのことですがね。あの大貴族カイが、国王と大きな衝突をしたという情報が届いたのです」


 これにはビックリ。国王と会ってる上に怒らせた? アイツそこまで下手打ってるのか。


「衝突って物騒じゃん。何があったん?」

「まだ細部は分からないようですがね。どうやら、国王の逆鱗に触れてしまったというもっぱらの噂で……しかも悲鳴を上げながら逃げ出したとか。クックック!」


 盗賊ギルドのおっちゃんからしたら、偉そうな貴族が情けなく逃げる姿が痛快でしょうがないみたい。


 こういう他人の恥ずかしい話って、俺も普通だったら嫌いではない。他人の不幸は蜜の味、とかいうのは確かにある。


 だがこの件については、遺憾の意を表明したいくらいに遺憾である。アイツがやらかせばやらかすほど、俺というよりアルストロメリア家にあらぬ恥がかかるからだ。


 アイツ……マジで何してくれてんだよ。


「いやはや、その逃げ回る姿と言ったら滑稽そのものだったと。しかも明日は、海辺で彼が主催の催しがあるのだとか。一体どのツラを下げて——ひぃいいっ!?」


 突如腰を抜かしてしまうおっちゃん。なんか来たかと思って背後を見たけど、誰もいない?


「……ん? どしたおっちゃん」

「そそそ、その目はァ」

「目?」


 あ、俺にビックリしてたのか。おっとまずい。イラつきが顔に出ちゃってたらしい。それにしても過剰反応なマスターだな。


「あなたは本当に、何者なのです? これほどの威圧感……初めて体感しましたぞ」

「ただの冒険者。オーバーだなおっちゃん。じゃ、またな」

「は、はい。また、来るのですね」


 目的の物は手に入れたし、とりあえず出ることにした。マスターは腰を抜かしたまま、なんか弱々しい声を出していた。


 このギルドマスター大丈夫かな? 盗賊ギルドなのに、これで務まるんだろうかと、いらない心配までしてしまった。


 ……にしても、海辺で催しって?


 今まで何処にいるか掴めなかったけど、急に公に出るようになったな。これは何かありそうだ。


 ◇


「お帰りなさいませ、アレクさま。皆さま、既にあなたさまの帰りを待っておりましたのよ」

「わりー、ちょっとドタバタしててさ」


 宿屋のロビーに足を踏み入れると、ちょうど近くにルイーズとシェイドがいた。お清楚ちゃんはいつもキラキラで挨拶をしてくれる。寡黙なドワーフは会釈。いろいろと正反対な二人って感じ。


「実は大変な情報を掴んだ者がいるのです。詳しくは食堂でお話ししましょう」

「収穫あった感じ? 俺も今日は、けっこうレア情報あるで」


 食堂には、ギレンさんと受付嬢、それからスカーレットと崖っぷち冒険者ーズの面々が揃っていた。


 しかもみんな、既に熱い議論を開始している模様。


「やっぱり間違いない! エチカちゃんを攫ったのもその連中だ」

「いやいや、流石にあからさますぎね?」

「海で人攫いとかあるー?」

「今はシーズン、ビーチは混み混みだ。ありえるだろ!」

「でも、お金持ちの船に乗ってたんでしょバニーちゃん」

「きっとエチカちゃんは可愛いから、特別扱いされたんだよ」

「くそー! 許せねえ人攫いども」

「確定だ確定! 明日殴り込みに行くべきだ!」

「海だー!」

「うおおおおおお!」

「そういえば俺水着持ってないや。でもいっか」

「え? まさか裸で泳ぐ気なの?」

「一人ヌーディストビーチを決める気か」


「普通に捕まるやろ」と、つい話に参加しちゃったわ。


 険しい顔で腕組みをしているケモ耳とは対照的に、我らが温厚貴族ギレンさんは終始苦笑いしてる。


「実はですねアレクさん。ここ数日、フィルドガルドの海辺で人が行方不明になっている、という噂があるのです。それがエチカさんと関連があるのでは、というのが、冒険者の皆さんの主張なのです」

「まったく! そんな話がアテになるか」


 イラッとしてるの丸わかりなツンツン魔王娘の一言に、崖っぷち男性陣がビクっとなる。ちなみに何人かが、恍惚とした顔になってるのが気になりまくり!


 すると受付嬢が、「うーん」と悩みつつ天井を仰ぎ見ていた。


「でも、私達もずっと調査をしているのですけれど、どうしてもエチカさんの所在は掴めずじまいなのです。フィルドガルドの地方のことも調べてはいるのですが、エチカさんのようなお嬢さんは、いらっしゃらないようですよ」


 受付嬢は公的機関を回り、お役所書類からエチカに該当する人を探そうとしたらしい。するとそれに続いたのは清楚な冒険者達のアイドル。


「わたくしもフィルドガルドの教会を回り、調べてみたのですわ。でも、なにか……隠しておいでと申しますか。妙にはぐらかされてばかりでしたの」

「ワシもその場を見ていましたが、あれは怪しいです。しかし、確証は何もありません」


 ドワーフニキも渋い顔。じゃあ次は俺の番か。


「俺もエチカのことは分からなかったんだが。二つほど知ったことがあってさ。一つは遺跡にあるっていう物騒なお宝。もう一つは……カイとかいう貴族の話」


 ガタッと立ち上がるケモ耳とお清楚。ちょちょちょ! 怖い怖い!


 とりあえず俺は森で騎士と会ったことや、遺跡で起こったことを説明した後、明日海辺でカイが主催の催しがあることを伝えてみた。


 もう容赦はしないぞ偽者野郎。うちの聖女と魔王娘の怖さを思い知れ!


 すると、さっきまで海のことなんてどうでも良さそうだったスカーレットが声を上げた。


「よし、決まりだ。人騒いが起こっているなら見過ごすことはできぬ。我は明日海に向かうとしよう」

「わたくし、囮捜査でしたら経験がありますの」


 二人の決意表明に、うちの冒険者たちは大歓喜して総立ちになった。


「やったー! 海だぁ!」

「うおおお!」

「囮捜査ってことは、聖女さまの水着姿が!?」

「だ、だめだ。もう理性が持たない」

「とうとうリア充になれるぜ」

「スカーレットさまの水着を拝める幸せ」

「海デビュー!」

「本場の海、水着のお姉ちゃん、楽しみー」

「やっとカイ様に会えるわ」

「あたし誘惑しちゃおっかな」

「きゃー!」

「エチカちゃんを探しに海へ!」

「くうう!」

「受付嬢さぁん!」

「たまんねー」

「うへへへへ!」

「捜査、これはあくまで捜査!」

「いやっほーぅ!」


 ギレンさんと受付嬢が苦笑するなか、気合が入りまくっちゃう俺達であった。



ーーーーーー

【作者より】

みなさんこんにちはー!

最近の台風のトリッキーさに翻弄されている私であります。


なんとか次回は水着回をできそうな予感! しかしながらストックは現時点でゼロ(;▽;)これはなんとかせねばですね。


お楽しみいただけるようキリの良いところまで書いていくつもりですので、

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そしてここまでお読みいただき、ありがとうございます!

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