第57話 てめえ! それは俺が手に入れた下着じゃねえかよ!

 人は時として気が触れそうになる。この男もまた例外ではないというか、最近ではよくあることだった。


「俺も! 俺もバニーちゃんを探しに行きてえよおおおおお!」


 主要メンバーがいない崖っぷち亭の酒場フロアで、モヒカンヘッドの男が叫んでいた。


 現在のギルド内はたった四名の男がいるばかり。主力メンバーはフィルドガルドにいるためであるが、とにかく寂しい眺めである。


「まったく。さっきから何を騒いでいるのかね。少しは静かにしないか」


 受付の席に座る中年の男は腕を組みつつ、渋い顔で注意をした。彼はギルドマスターであり、常日頃は雑務などしなくても良かったのだが、今回はやらざるをえなかった。


 もしかしたら今月の売り上げノルマを達成できないかもしれない。彼の脳裏には不安がいっぱいだ。


「だっておっさん! みんなバニーちゃんを探しに行ってるのに、俺だけここでちまちま仕事してるなんて我慢できねーよ」

「ギルマスと呼べギルマスと!」


 幽霊船での悪霊騒ぎでうなされていたモヒカンことクリスティーは、数日後にすっかり回復したのだが、崖っぷち亭に向かうと誰もいないことに気づき仰天した。


 そして残ったメンバーや代理受付を頼まれたギルマスに事情を聞き、いてもたってもいられなくなったのだが、肝心の船の都合がつかなかった。


「チックショー、誰だ攫った奴は。許さねえぞオラ! 酒だ! 酒持ってこーい」

「酒場はしばらく休業だよ。静かにしたまえ」

「だって、だってよお! これが飲まずにいられるかってんだ。しかもだぜ!」


 泣き顔一歩手前となったモヒカン男は、ギルマスのテーブルまでやってきて、もう一つの事件のことを口にした。


「家に帰ったらよ、俺が下着岬から取ってきたレア物の下着が全部盗まれてやがったんだ!」

「下着を取ってくるなどと。そんな恥ずかしい真似がよくできたものだな」


 まったく、と呆れた顔になるギルマスであったが、実は彼も隠れてこっそりと探しに行ったことがある。


「オークションで売り捌くつもりだったんだ! アレクのアニキと一緒に会場に行ってさ。もうガッポガッポの予定だったのに!」


 ちなみにこの計画は、まだアレクには話していない。


「君たちはロクなことを考えないな、まったく」

(ほう、オークションか……アリかもしれんな)


 ギルマスは口では否定しつつ、心の中では新たな稼ぎについて考えを巡らせ始めていた。


「まさか全部盗まれるなんて……くぅう!」

「依頼でも受けて気分を紛らわせたらどうかね?」

「……やる。このままじっとしてたら狂っちまう。もう働くしかねえ」


 アレク達のいないエルドラシアは、以前の穏やかな辺境に戻っていた。ゲーム世界でいえば序盤のうちに訪れる場所であり、そもそも平和な土地なのである。


 クリスティーは一人で田舎村の近くに出没した魔物の討伐に向かった。ただ、ここでは多くを語る必要はないだろう。


 Cランク程度の魔物を数匹倒しただけで、依頼は達成された。呆気ない終わりに物足りなさを感じつつも、モヒカンはまた崖っぷち亭に戻ろうとしていた。


 そろそろ夕陽が沈もうとしている。


「アニキ達どうしてんのかな……やっぱり俺もなんとかして島国とやらに……ん?」


 ふと、いつもどおりのエルドラシアの街並みに違和感を覚える。昨日までは決して見たことのない何かが、そこにいたのだ。


「あ、あああああ!? てめえ! それは俺が手に入れた下着じゃねえかよ! 待ちやがれーーーーー!」


 一気に頭に血が上ったクリスティーは、斧を手にして走り出した。彼が追いかける先には大量の下着を持つ犯人がいて、その場から離れようとしていた。


 ◇


 事は信じられないほど首尾よく進んでいると、彼はすっかり信じきっていた。だが、今日は珍しく不安に駆られている。


 フィルドガルド城謁見の間。その近くにあるワイドサイズの椅子に腰掛けながら、落ち着かない様子で周囲を見回している。


(おかしいな……そろそろ吉報が届くはずなんだけどな)


 カイ・フォン・アルストロメリアを名乗る魔族ピエールは、王との謁見を待ちつつも、仲間からの報告が来ないことに戸惑っていた。


 もうすぐ暗黒竜の血を自分のところに持ってきてくれる。そういう手筈だったのだが。


(まあいい。運搬に戸惑っているのかもしれないし。なんて言ったって、あんなヤバイブツなんだから)

「カイ殿。お待たせしてすまない。どうぞこちらへ」

「とんでもないことです。突然お邪魔して申し訳ございません」


 大臣に招かれ、謁見の間に入っていくと、玉座には目当ての人物が座っていた。しかし、何か分厚い書物に目を通しており、近づくまで訪問者に気づかなかった。


「おお、すまぬ! 少々調べ物をしていてな。ところでカイよ、ワシに折行って相談したいこととは何かな?」

「お忙しい中、こうして貴重なお時間をいただけたことに感謝します。ガレス様、実は私はここで事業を行わせていただくパートナーが決まりまして、一週間後には一度グランエスクードに戻り、次なる仕事の段取りを進めていく予定なのです」

「ほう。つまりワシの国とグランエスクードの間で、仕事を始める機会を得たということか。して、どのような仕事なのだ?」


 ピエールが説明したのはグランエスクードとフィルドガルド間の、観光面を活性化させることだった。


 船と宿泊関連などの融通を利かせ、今よりも簡単に書類の手続きも行えるようにする。そして費用についてもいくらか割引をすることで、フィルドガルドには途方もない収入が舞い込んでくると、熱く語ったのである。


 ガレスは当初うんうんと相槌を打っていたが、現実的には難しい問題が山積みとなっていることにすぐ思い当たった。


 だが、グランエスクードで類を見ない英雄となったこの男であれば、いずれの問題も解決してくれるのではないか、という期待も持っている。


 カイを装うピエールは、わざわざ説明しやすいよう羊皮紙を何枚も絵付きで書いて国王に手渡した。なかなかの熱の入りようだ。


 しかし、王はその資料に目を通すうちに、疑念のほうが勝ってしまった。ただ、自分は細かい点においては必ずしも知見があるとは言えないため、ひとまず国内で従事する者に話を聞くことにする。


「この件は、おってワシから回答させてもらおう。お主の熱意は気に入ったぞ」

「勿体ないお言葉、恐れ入ります。ガレス様……実は本日ですが、もう一件ご相談がございまして」

「なんじゃ? 言ってみよ」


 なかなか骨のある男だな、とガレスは感心する。実は最近、国王は部下に苛立ちを見せてばかりだった。ここ最近の若者はなっておらんと、そう彼は憤慨していたのである。


 いつだって自分の顔色を窺ってばかりの部下、聞かれればハイとしか答えない部下が増えているように感じてならない。このままでは国全体がおかしくなってしまいかねない危惧すら、胸の内にしまっていたのだ。


 何より腹立たしかったのは、以前エチカの交際者と決めた男が、接するほどに良い男の皮を被った軟弱者だったことに気づいた時だ。


 怯えて逃げ出したあの男を思い出す度、自分の見る目のなさを呪ってしまう。落ちた戦いの腕とは反比例するように、人を見る目は磨いたつもりだった。


 ガレスは若かりし頃、島国の動乱を武力によって正した男であり、小狡く立ち回る人間よりも熱意と勇気に溢れる存在を愛した。


 この男は最近よくある若者とは違う……そう思っていたのだ。


「実はなのですが、グランエスクードに帰る前に、一度でけっこうですので、エチカ王女とお会いさせてはいただけないかと」

「なんだ、そのような話か。構わんに決まっておろう。エチカは今日も部屋におる。会ってくるが良い」

「いえ……こちらではなく。一度私と彼女で、この美しい島国の景色を眺めながら、優雅な語り合いをしたいと考えているのです」

「うむ? つまりどういうことじゃ。お主がしたいことを明確に申せ」


 ピエールは静かに唾を飲み込んだ。こんなに緊張したのはいつぶりだったろうか。しかし男は意を血した。


(大丈夫、余裕余裕! 今の俺はめっちゃキテる。このビッグウェーブで全てを勝ち取ってやるぜ)


 そして一歩前に出て、強気に言い放った。


「エチカ王女と二人、海での一時を過ごさせていただきたいのです!」


 この時、ふと周囲にいた騎士達がざわつき、大臣が驚きに目を見開いた。特別変化が見られなかったのは国王のみ。


 しかし、無表情であることが逆に恐ろしいのだ、と大臣は焦らずにはいられない。


「カイよ。娘と二人で過ごすというお主の希望、それは以前も聞いてはおった。だがその時、ワシはお主に伝えたはずだぞ。まだならぬと。時期がくれば、ワシから許しを与えると」


 徐々に国王から覇気が溢れ出してくる。ピエールは確かに話を聞いていたものの、今日まで忘れていた。


「ですがガレス様。愛とは時期を逃すと習熟せぬもの。何よりも繊細かつ、時として残酷なものなのです。お互いの気持ちのすれ違いにより、悲しい結果を招くこともございます。急がねばなりません。先日エチカ王女と話した時、私は感じました。今しかないと!」


 この一言に、ガレスは首を傾げる。そして静かに立ち上がった。


「今しかない、お主はそう申すか。おかしな話ではないか。愛は時間と共に育ち、焦るほどに果実は色合いをなくし、悪くすれば腐ってしまう。いつ何時でも、しっかりと相手に向き合っていれば、かかる時間など問題ではない……そう得意げに語っていたのは、どこの男であったかな」

(そんなこと言ったっけ? ……ハッ!? い……言ってたわ。やっべ!)


 まずい、とピエールが過去の記憶を手繰り寄せていた時、ガレスは一歩、一歩と巨人の足取りの如く、威圧感を膨らませながら近づいてきた。

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