第56話 俺は何も知りやせんぜオークの旦那!

 マーマン達が殺意に任せて駆け上がってくるその姿。いやー醜い。


 ただ、こうも想定どおりに動いてくれるのは楽だわ。俺はそう思いつつ、背中の剣を抜いてジャンプ。さらに一回転した後に、坂をゴロゴロと転がっていく。


 そう。この体、なんと簡単に坂道をゴロゴロ転がれるのだ。俺ほどのデブになるとできちゃうのよ。なんの自慢にもならんが。


 流石に魔法で文化遺跡を壊しちゃったら大変だし。ここはアナログなやり方でいこう。でも、遺跡島を木っ端微塵にしちゃった俺が言っても説得力なし!


「う、うあああああ!?」

「化け物ぉおおおお!」

「ぎゃーーー!」

「ギョギョー!?」

「こ、こいつ坂道転がってるぞ」

「しかも切ってる!?」

「ひいいいい!」

「うぉエア!?」

「ギョああああああああ」

「死ぬ、死ぬー!?」

「ああああーーー!」


 転がりながら剣を振い、クラッシュアンド斬撃で倒し続ける。ちなみに矢が飛んできたが自然と弾き飛ばした。


 最後の一匹を切り倒したところで、立ち上がって埃をはらう。坂の上で呆然としている騎士と目が合った。


「し、信じられん………この数のマーマン達を全滅させるなんて。君は一体……」

「いや、一匹残ってるで」


 遺体の中に紛れて死んだふりをしているマーマンを、俺は掴み起こす。全滅させちゃったら話は聞けないから、一匹だけ残しておいた。


 まず、こんな所になぜマーマンが大量にやってきたのか。普通あり得ないから聞いておかないと。


「ヒッ!?」

「さー吐いてもらおうか」

「ちょ、ちょちょちょ! 俺は何も知りやせんぜオークの旦那!」

「お前が指示してただろ。ってか俺、オークじゃねーし。人間だし」


 一応ちゃんと否定しておくのは大事。静かに代表マーマンの首筋に剣を当てながら、ちょっと嘆息してみる。


「知らないならしょうがねーな。バイバイ」

「あー! 思い出しかも、思い出しかもー!」


 その後しばらくの間、マーマン野郎は必死になって事の次第を語り出した。どうやらある貴族の依頼により、こうして遥々海から遺跡にやってきたのだとか。


 地図石の件も考えると、もうその貴族って奴はあいつに違いないだろうな。


 貴族野郎は、邪魔する者は殺して構わないし、遺跡の中の物もたった一つを除いてマーマン達にあげると言ったとか。全くとんでもない奴やんけ俺の偽者は!


「で、その貴族はお前らに、何を取ってこいと頼んだんだ? わざわざマーマン連中にさ」

「待ってくれ。その先の話は、私が引き取らせてもらう」


 すると、坂から放心状態で降りてきた騎士のにいちゃんが割って入った。


「その貴族が何を欲していたか。私には察しがついている。そして重大な問題であることは明白だ。こうしてマーマンを討伐してくれたことには礼を言うが、踏み込むべきではないことも、世の中にはある。そのマーマンは私が引き取ろう」


 なるほど、どうしてもここに隠されている物については、知られたくないわけだ。めっちゃ青い顔になってる。相当動揺してるっぽい。


 だが、この騎士は後手に回りすぎてる。このまま正規の手順にこだわって解決をしようとしても、偽カイは裏をかいて目的の物を手に入れてしまう。今はそんな流れの中にいると思う。


「一人で連れ帰るのは危ないぜ。俺も一緒に行くか?」

「手伝ってくれるのか。本当にすまない」

「ちな、報酬は?」


 俺はにいちゃんと会話しながら、さりげなく掴んでいたマーマンの手を緩める。魔物は黙りつつ、慎重にこちらの様子を観察していた。


「今回の活躍は破格だ。私から多くをいただけるよう取りはかろう」

「それってもしかして、金貨がもらえたり?」

「ああ、もちろ——あっ!?」


 その時だった。マーマンが勢いよく逃げ出し、そのまま遺跡の中へと猛然とダッシュしてしまう。


「あ、やべー逃しちゃった」

「く! ま、待て!」


 もう必死の形相になった騎士が続くように遺跡の中へ。よしよし、これで俺も遺跡の中に自然と入れる。


 あのマーマンにとって逃げ道があるとしたら、もう遺跡の中しかない。そして、偽の俺が何を欲していたのかを知る必要もあるわけで。


 マーマンと騎士を追いかけるように、破壊された扉の中へと足を踏み入れる。でも、よくある遺跡って感じで、特別な感じはしないなぁ。


「ダンジョン・マッパー……は発動しないか」


 どうやらダンジョン判定もされてない。魔物はさっきのマーマンくらいしかいないようだ。あの特徴的な魔力を感じながら、静かに先へと進んでいく。


 奴らに依頼したのは偽の俺だろーけど、地図石を持ってるってことは、目的の品が遺跡のどこにあるかも掴んでいたってことだよな。


 さすがに今地図石を発動させると、騎士のにいちゃんの疑い度数が爆上がりするので、石は使わず探索チックに進む。けっこうな迷路っぽいので、時間がかかりそうだなぁ。


 でも、検知している魔力から察するに、マーマンは一直線に進んでる。そして騎士もまた、曲がったりはしてるけど同じ所に向かっているようだ。


 一体何が出てくるのか、ちょっぴり楽しみでもある。不謹慎な俺であった。


 ◇


 地下への階段を何度も降りた先にそれはあった。


 周りは淀んだ瘴気に包まれ、ゴツゴツとした岩がいくつも転がっている。一本道であり、もう迷うことはない。


 突き当たりまで進んだところで、一人と一匹が戦っていた。騎士と近場にあった棒を手にしたマーマンの戦いは、火を見るよりも結果は明らか。


「そのへんでいいんじゃね?」

「あ、ああ」


 死なない程度に傷をつけられたマーマンが、倒れて床を這う。騎士は肩で息をしていたが、さっきみたいに青い顔じゃなかった。


「ぐ、ぐぞう! とっておきのお宝が、お宝が」


 魔物はなおも這い続けてる。奥には何やら壁に埋まっている意味深なクリスタルが。


「観念しろ! 貴様には全てを吐いてもらうぞ。まずは王都に……?」

「あ、あがががが!」


 これは悪趣味な光景だ。クリスタルが赤く輝き出したかと思えば、突如して黒い光の触手が伸びてきて、マーマンを掴みやがった。


「な、なんだと!?」


 こんな状況を予想もしていなかったにいちゃんは、ビビって後ずさる。


「すげーことになってんな」


 俺はといえば、同じように呆然としたフリ。うん、こういうの知ってる。多分暗黒竜シリーズって言われてる、魔族系の超パワーアップアイテムだわ。


 ただ、これらのアイテムを使うには資格が必要だ。もし資格なき魔物が触れようとした時、なんらかの拒否反応を起こす場合が多い。


 他の暗黒竜シリーズの場合、ただ単に反応してくれないだけっていうのがある。恐らく偽カイは取ってくるだけなら余裕! って思ったのかもだけど、これはそういう生半可なものじゃない。


「あぎゃーーーーあああああ!」


 あっという間に触手がマーマンを締め上げ、全てを吸い上げていく。骨だけの哀れな姿にしてしまった。そして何事もなかったように触手はクリスタルへと帰っていく。


 真面目な騎士さんは呆気に取られ、体が震えちゃってる。


「うわーこわ! 帰ろーぜ」

「あ、ああ」


 なるほどね。もう見るものは見た。あのクリスタルの中には血が入ってる。要するに暗黒竜の血っていうアイテムで、適した存在が使えば別次元の強さを手に入れることができるやつだ。


 ちなみにだが、この暗黒竜シリーズというアイテムの中で、最も強大な物を手にしていたのは魔王である。


 大変だったなー戦った時。そう黄昏つつも、結局のところマーマンから偽カイの居場所が聞き出せなかったことを後悔した。


 だって近づいただけであんな目に遭うなんて、予想もできんって。


 俺は疲弊した騎士さんと二人、王都までは一緒に帰った。で、馬を預けた後、城の近くまでは同行した。


 道中で俺は騎士のにいちゃんに、さっき見たことについては決して口外しないことを何度も確認される。


「はいはい、おっけーおっけー」

「すまないが念の為だ。それと、申し訳ないが城まで来てもらいたい。お礼の件も含めつつ、君の素性も確認が——」

「あ、急用があったのを思い出したわ」

「な……ま、待て!」


 っというタイミングで、俺は騎士の側から消えた。これ以上めんどいのは勘弁。


 これからは色々と準備が必要になりそうだ。そう考えつつ、以前お邪魔した盗賊ギルドへと向かった。

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