第55話 盗人オークめ! 死ねえい!

 おかしい。あの紋章はアルストロメリア家の物であり、微かな痛み具合などが俺が持ってたやつとそっくりだった。


 つまり俺の偽者ってあいつだったのかよ。


「このタイミングでかぁ……ちっくしょー」


 今から追っかけても捕まえられるんだけど、スロットマシーンからコインが出続けてるわけで。


 下手に席を外してずっといなかったら、どっかの奴が盗んでこないか心配。しかもこんな時に限って、メガネとチャラ男が見当たらない。


 どうすっかな。いろいろと悩んでいるうちに時間は過ぎ去り、空箱がいつの間にかコインの山になっていった。


 ◇


「アレクさん、ごちそうさまでした!」

「マジ感謝っす!」

「オッケー。じゃあまた明日な」


 その後、前世も含めてかつてない大勝ちをした俺は、しょぼくれる二人に特大肉料理と酒を奢った。


 あのコインが増え続ける光景は堪らん。気がつけば十分以上スロットの下皿から出っ放しで、いつの間にか放心状態になってた。


 で、宿屋に入るのがけっこう遅くなり、もうそろそろ寝る時間。普段ならすやすやタイムだけど、どうも気になることがいっぱい。


 ペンダントは屋敷に置いてきたのに、なぜあいつが持っていたんだ?


 まあいいか。そのあたりの事情も吐かせる。あいつが俺の偽者をしているというなら、なんの気遣いも必要ない。ボッコボコにしてやんよ。


 そして一番手掛かりになりそうなのは、この奇妙な小石だ。以前俺は、ペンダントにこんな石を入れてはいなかった。しかもその石は、触るとぼんやりと光りだした。


 なるほどね、これ地図石じゃん。


 地図石とは、ある場所を指し示す光を一定時間放ち続けるというアイテム。おそらくはどこかに辿り着けるように、誰かが石とその場所を繋ぐよう設定したんだと思う。


 相当魔力の高くて技術のある奴しか、位置の設定はできない。ペンダントの件といい、きな臭い感じがしてきたな。


 さて、じゃあ明日はこの地図石が示す場所に向かってみるか。そう思い寝床につくと、もう五秒もしないうちにすやすやタイム発動。


 気づけばカジノに毎日通う夢見ていたわ。あー怖い!


 ◇


 翌日、ギレンさんと聖女、魔王娘の三強が率いるメンバーは、またもそれぞれが情報収集するべく動きだしていた。


 特にルイーズとスカーレットの気合は凄い。バニーよりどっかの悪役貴族を追っかける気満々。灯台下暗しとはまさにこのこと。ずっと潜み続ける所存!


 そういえば崖っぷち亭のメンバーは、どうやら海近辺に探索に行くらしい。いやそれ、絶対遊びたいだけやろ。水着用意してる奴とか普通にいるし。


 俺は昨日カジノでロクでもない貴族に会ったことは伝えたが、詳しいことは伏せて、今日も個人行動するつもり。


 まあいろいろとわちゃわちゃしていたんだが、そのあたりは割愛で。この早朝からの騒ぎっぷりを話しているとマジで日が暮れちゃう。


 ただ最後に、ギレンさんがどうも意味深なことを話していたっけ。


「どうもこの国は、王への忠誠と畏怖が尋常ではないようです。何人か貴族にもお会いしましたが、誰もが主を讃えているようでしたが、同時に恐れている気配も察しました。グランエスクードも王への忠誠は高いものではありますが、何か異質といいますか……用心したほうがよろしいかと」


 やっぱ貴族としてバリバリ活動しているギレンさんにとって、王に対してどう周りが接しているのか、という点は重要なんだろう。


 つまり王が従える騎士とか、そういった連中の権限も自然と強くなっているはず。万が一捕まったりとか……あれ? ギレンさんもしかして、また俺がオークと間違えられる展開を心配してる?


「うっす! 俺は大丈夫っす」


 やっべ。ちょっと嫌な予感がしてチャラ男の口調が移っちゃった。


 とりあえず俺は馬を借りると、一人フィルドガルドの王都を離れ、草原の向こうにある森へと進んでいった。


 地図石から白く細い直線上の光が放たれ、目的地へと続いている。森の中には開けた道があり、どうやら村とかに続いていそうな雰囲気がした。


 さらに道を進むと蝶々とか鹿っぽいのがいて、いやー長閑だねえと癒されていたんだが、一時間ほどした時だろうか。なんか物々しい音が聞こえてきた。


 遠くから、一人の白地に金枠の鎧を纏った騎士が、馬に乗って駆けてくる。けっこう前から魔力を検知していたので、地図石を光らせるのをやめたんだが、気づいて近寄ってきたんだろうか。


 しかし、鎧がやたらと汚れてボロくなってるな。ってかめんどくせー。またオークと勘違いされちゃうパターンなの? どうなん?


 その青年は俺の前に立ちはだかるように止まると、なんか興奮した様子だった。


「君、その様子を見る限り旅人か?」

「いや、冒険者」

「すぐに引き返したほうがいい。この先は危険だ! ある遺跡の近くに魔物の集団がいるぞ。私はフィルドガルド偵察騎士団の者だが、これから部隊を呼んでくる。途中までは同行しても構わんぞ」


 ホッとしたわ。「貴様オークだな!? 成敗!」なんて展開になって返り討ちにしたら国賊認定されちゃうところ。


「へー、魔物ってどんな奴ら?」


 まあ大体魔力の量と質から、どんな連中がたむろってるかは想像ついてるけども。変なことは言わずにおこう。


「ほぼ全員武器を持ったマーマンだ。五十匹以上は間違いなくいる。おそらく何名かは遺跡の中に侵入しているのだろう」

「ほーん。マーマンなら大丈夫だな。じゃ」

「な!? ちょ、ちょっと待て!」


 俺はスッと馬を誘導して騎士をすり抜け、その後は軽く鞭を入れて疾走した。思ったとおりの連中っぽいが、どうして遺跡なんかに半魚人モンスターが集まるんだろうか。


「待て! 待つのだ!」


 あれ、見捨てるのかと思いきや騎士が追っかけてくるんだが。真面目というか正義感の強いタイプなのか。


 でも、意外と太ってても乗馬スキルは落ちてなかった俺。簡単には追いつけない。そしてしばらく進んだ先で馬から降りた。スッと近くの木に縄をくくりつけ、馬が逃げないようにして、問題の場所へと進む。


 急斜面の上から、身を隠しながら覗いてみる。するといるいる!


 瘴気で目が真っ赤になったマーマン達が。剣とか槍とか弓矢とか、金槌とか装備しちゃって物騒すぎ。


 ちなみにマーメイドはいないっぽい。男だらけのハンマー祭り。めっちゃデカイ扉をみんなで叩いてる。


 どうやら遺跡の中に入ろうとしているみたいだが、扉が頑丈でまだ侵入はできていない模様。ただ、近くにあったテントがぐちゃぐちゃで、騎士っぽい連中が倒れていた。


 少しして、息を切らしながらさっきの騎士が側にやってきた。


「君、よくここまで来れたものだ。どれほど深刻か見て分かっただろう。悪いことは言わん。さっさと逃げるのだ」

「あんた、どうやらあそこで倒れてる連中の仲間だったみたいだな。なんとか逃げられたのは、あんた一人だったと」


 やたらと鎧がボロボロだったのは、マーマン達に襲撃を受けたからで、要するにたった一人生き延びたってところか。


「さっき偵察騎士団とか言ってたけど、本当は常駐の見張り番みたいな感じ?」

「……あまり首を突っ込むと後悔するぞ。もう一度言う、早く逃げなくては見つかって殺される」

「言うてマーマンだろ。先帰ってていいぞ」

「馬鹿を言うな」

「ってか、あの遺跡には何があんの?」

「……ただの文化遺産だ。さあ、もう行こう」

「へえー、俺ってば歴史に興味あるから気になるわ」


 俺と焦りまくりな騎士が話を続ける中、マーマン達は必死になって扉をぶっ叩き続けていた。


 そして何やら甲高い音が響きまくり、とうとう扉は大破。


「ウォー!」

「いやっほぅ!」

「やったぜ! これで財宝ゲットー」

「ギョッギョッギョ!」

「ボスのいうとおり、ここからが肝心だぞ」

「楽勝楽勝! イェア!」

「やったじゃん。中に何があるんだっけ?」

「お宝お宝!」

「そりゃお前、あの暗黒竜の——ん?」


 ふと違和感に気づいた半魚人達が、こっちを見上げてる。俺はもう隠れる気もなく、普通に立ち上がって姿を晒していた。


「お、おい! なんて馬鹿なことを!」と、ちょっと後ろにいた騎士が怯えたトーンで叫んだ。


 マーマン達は数秒ほど固まった後、「はあ!?」と騒ぎ出した。


「オーク、オークだ!」

「なんでここに!?」

「まさか横取りに来やがったのか!?」

「殺せ! 小デブなオークを殺せ!」

「豚め!」

「え!? あの騎士もいるぞ。オークと仲間なのか?」

「知らん! どっちも皆殺しだ!」


 またオークって言ってる。おじさんもう傷ついちゃうぞ!


「オークじゃねーし。ってか、その先に何があるのか教えてくれよ。こっちの騎士さんダンマリなんだわ」

「うるせー! オークだろ」

「ぶっ殺す! みんなかかれー!」

「殺せ殺せ」

「ウオオオオオオ」

「盗人オークめ! 死ねえい!」


 しかし、怒りでエラまで真っ赤になった魚人は回答する気ゼロの模様。そしてみんなして坂を登ってくる登ってくる。


「く! 来るぞ!」と後ろのにいちゃんは悲鳴まじりの叫び。


「やっぱマーマンの相手は楽だな。よっと」


 これなら魔法も使う必要ない。俺は軽くジャンプし、殺意の只中へと正面から向かう。


 直後、野蛮な咆哮は悲鳴へと変わっていった。


 

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