第54話 まぁたイカサマしてんのかこの店は!?

 もうけっこうな夜中なのに、貴族がこんな場所に来るなんて珍しい。


 そいつは店員や取り巻きの女二人に宥められると、「け!」と吐き捨てるようにスロットコーナーへ向かった。


「うわー、なんか感じ悪い奴っすね」

「僕らも帰りましょうか。もう燃えていた心が冷めちゃいました……」


 既にチャラ男とメガネはテンションが下がりまくってる。まあ、こんな状況ならそうなる。


 だってあんな偉そうにしてる貴族が、女引き連れて豪遊してるんだから。しかし、あれじゃサングラスしてても知ってる奴にはバレバレだろ。


「二人とも帰ってていいぞ。俺はもうちょい遊んでくわ」

「ええ!? あ、あんなに負けたのに」

「ま、マジっすかアレクさん。いや、なんていうか……パネエっす! 自分が恥ずかしくなってきたっすよ。やっぱ俺も負けてられねえ! もう一回夢を勝ち取るっす」

「では自分も!」


 いや、お前らやめとけってもう。破産したらどうすんだって。


「ほどほどにしとき。俺は適当にスロット打ってくる」


 説得力皆無なブーメラン発言を残しつつ、俺はぶらりとスロットコーナーへ。すると、やっぱりさっきの貴族がいた。


 なんだろう、こいつが妙に気になる。スロット島の中央にどっかりと座り、意気揚々とコインを投入してはレバーをぶっ叩いていた。


 美人の姉ちゃん二人は、カイゼル髭貴族の後ろできゃーきゃー言ってる。マジ迷惑な冷やかし客って感じ。けっこうな時間になってきたけど、スロットコーナーは人がいっぱいだ。


 でも、どうやら貴族さんのお隣は空いている。それとなく台へと近づいてみた。


「ああ? お前、この俺の隣に座ろうっての?」


 すると、いかにも面倒くさそうな感じ丸出しで貴族が話しかけてくる。イラッとさせるのが上手いけど、これは多分無自覚にやってるな。


「意外と当たりかも……って思ってさ」


 では俺も普通にスロットを始めるとしようか。椅子に座って打ち始めると、明らかに奴は苛立って体を揺りだした。


「おいお前。この俺が貴族と知っていて、そんな生意気な口を聞きやがるのか。オークみたいな野郎がよ」

「え? 知らんなー。なんて名前の貴族なん?」


 すっとぼけて質問してくると、相手は「ぐぐ」と声を漏らして黙る。お忍びで来てるのが丸わかりなので、こういう返しをされると弱いみたい。


 しかし、なんで俺はこの貴族っぽい奴が気になるんだろう。しばらくコインを投入してゲームを続けていると、そいつは急に騒ぎ出した。


「リーチ! リーチだぁ! BARが揃っちまうぜ」

「きゃー! いよいよね」

「やったわ! 今日は奢ってよ」


 チラリ、と見ると上段にBARが揃いかけていた。ちなみにレールは五つあるタイプのスロットであり、右端に黒くて四角いのがくれば大当たり!


 だが、現実ってやつは厳しい。当たり前のようにBARは下段に停止してしまう。


「ん……んなんだぁこれはあああ! まぁたイカサマしてんのかこの店は!?」


 直後、ドン! というパンチ音が響き渡った。迷惑行為筆頭、台パンだ!


 うぜー。前世でパチンコ屋通ってた時、こういう奴が隣で面倒だった記憶が蘇ってきた。


「この前も当たらなかったぞ。金貨何枚むしり取る気なんだっつーの!」


 その後も騒ぐ騒ぐ。台パン台パン台パン!


 見るに見かねたボーイみたいな男がやってきて「お客様……台を叩くのはおやめ下さい」って注意するけど、こういうおっさんはやめられない止まらない。


「うるせえ! この俺を誰だと思ってんだ?」

「きゃー! 正体明かしちゃうの?」

「素敵ー! パンチしてる姿もカッコいい」


 やばい! 倫理観ステータスが低すぎるぞこのパーティは。いろいろと終わっとる!


「これ以上叩かれますと、退店していただくことになります」


 すると、店員の兄ちゃんが毅然とした態度で出禁にするという意味合いの警告に出た。


「ち! 分かった分かった。もう叩くのはやめる。反省してる」

「素敵ね! 大人の男って感じ」

「静かにしてる姿もカッコいい」

「は、はあ……とにかく、よろしくお願いしますね」


 凄まじき三人の言動に押されたか、店員は一旦は引き下がるつもりらしい。そしてツカツカと去って行った後、また「け!」と苛立ちの声が。


「ちょっと殴ったくらいでピーピー騒ぎやがって。そんな奴が成功するかっての」


 サンドバッグかよってくらい殴ってた気がするんだが。ここまでの直情型はなかなか見たことがない。


 しかし、それにしても今日の俺は散々だ。全然当たらないからなー。っていうか、なんでギャンブルって途中から全然当たらなくなるんかね。


 やっぱり欲が強くなっちゃうと当たらないのかな。でもこういう場所っていうのは、そもそも欲があるから行くわけで。


 ああ、無欲で打ち込む方法があればいいのに。


 前世でもギャンブルで負けまくってたからなぁ、と運のなさを嘆いていると、貴族の男がため息を漏らした。


「ったく、仕事は上手くいってるってのに、ギャンブルは負け続きかよ」

「え、もしかしてあの話? 上手く行ってるのー」

「ねえねえ、そんな子供なんかほっといて、あたしとデート行ってよー」

「ははは! 悪いな、仕事だからさ。女子に大人の男ってものを教えてやるのよ」


 なんだなんだ。すげー気になるワードが出てきてるぞ。俺はスロットのリールを見ながらも、自然と聞き耳を立ててしまう。


「でもまだ子供でしょー。私のほうが楽しいよ、特に夜はね」

「ふっ、それはまた今度で頼むぜ。お……おおお! 七が、七が……そろ……そろ……揃わねえじゃねえかああ!」


 ガツっとスロット台を両手で掴んで睨みつける貴族オヤジ。さっきの台パン注意が何気に効いてる。


 それにしても気になって、スロに集中できんなーと思っていた時だった。


「あ」


 俺の台、BARが当たってんじゃん! ちなみにコインは九十枚入れてて、BARは二千倍になるので、十八万コインになる。


 これで銀貨の負けが半分戻ってくる。いやー良かったよかった、とホッとしていると、隣の貴族がめっちゃ睨んでた。


「なんだよ」

「いや、別に」


 ここで悔しい気持ちを悟られたくない、ということなのか。貴族おじはすまし顔でスロットを再開していた。


 この時、俺は奇妙なことに気づいた。なんかこいつの髪の毛、ちょっと変じゃないか。


 いや、やめておこう。あまりジロジロ見るものじゃない。それよりも下ザラに注がれるコインを見つめていよう。やべーどんどん増えてる。なんて素晴らしい時間なんだろ。


 当たりコインが出きった後、俺はまた黙々とスロットを続けることにした。もしかしたら高設定かもしれん。ここは粘ってみよう。


 隣の貴族もどんどんコインを投入してる。マジやべー顔になってきてる。でも後ろで騒いでるお姉ちゃん二人は、全然気にせず騒いでた。


「こ、この糞台が。さっきからチェリーとプラムしか当たってないだろうが!」

「ねー、クッソ台ね。でもクソ台で頑張ってる姿かっこいいー」

「諦めない男って素敵ー」


 さっきから素敵botみたいになってない? 気になっちゃうんだよなー。


「あ……オオ!?」


 やべー変な声出ちゃったわ。七が、七が揃いそうじゃんか!

 これ揃ったら一万倍だよ!?


 そして、真ん中に揃い続けた七が、右端でついに一つに連なった。


 どういうわけか揃っちゃった……もう、こんな日が来るなんて夢にも思わなかった。


「イカサマダァ!」


 しかし、この感動を隣にいるおっさんが邪魔してくるんだけど。


「てめえ! 絶対に何かしてる。不正してんじゃねーのかオイ!」

「うるせえな。何もしてねえよ」


 この至福の時間を邪魔しやがって。するとあろうことか、この貴族おじときたら俺の台にパンチを始めやがった。


「きゃー! ワイルドでカッコいいー」

「隣の人にまで台パンするなんて素敵!」


 イカれてるなこいつら。ってかこの行為は許さん。


「オラオラオラ……オ!?」

「お前、スロット台殴るなよ」


 カツラ疑惑オヤジの右拳を左手で掴む。


「この野郎、舐めや……ぐぅうううー!?」


 右手で殴りかかろうとしたので、ちょっとばかり掴んでる拳をギュッとしちゃう。ピキ、とヒビが入る感触があった。やべ、ちょっとやりすぎか。


「この程度で、な、舐めんなーー!」

「ほい」

「あああああー!?」


 それでも向かってくるので、左手でくるっと回すように投げる。ドシン! という音と共に床に転がるバイオレンス貴族。


「ぐええ!」


 もう周りの客は悲鳴をあげたり、散々な状態でその場を離れていて、いつの間にかスロットコーナーは俺達だけになっていた。


 で、騒ぎを聞きつけた店員数名がやってきて、怒りを露わに貴族に詰め寄る。


「出て行ってください! あなたはもう来なくてけっこうです」

「な、なんだと!? ふざけるな、この豚がー……ハッ!?」


 俺は呆然としてた。なんと床に、白い巻き髪のカツラが転がっていたのだ。それとペンダントが転がって中が開き、小石が転がってきた。


 とりあえず、小石はさりげなく拾っておく。


「こ、こいつ……ああああー! 覚えてやがれよーーーー!」

「カツラが取れても素敵ー!」

「待ってーー!」


 必死にカツラとペンダントを手にした貴族は、ものすごい速さで店から逃げ出して行った。すぐに続いてくイカレネキ二人。


 マジで嵐……いや荒らしだったな。ため息を漏らしていると、店員さんが俺のところにて頭を下げてきた。


「この度はご迷惑をおかけして申し訳ございません」

「気にしなくてオッケー。ああいうの困っちゃうよな」


 だがそんな中、俺の心は大きくざわついていた。


 奴のカツラが顕になったことも多少は動揺したが、それどころじゃないものを目にしたからだ。


 あいつが一瞬落としたペンダント……めちゃくちゃ見覚えがあるんだけど。


 ってかあのペンダント、俺のじゃね?

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