第53話 あ、アレクさん、落ち着いてくださいってば

 戻ってきた俺たちは、ギレンさんや受付嬢が手配してくれた宿屋で夕食がてら、それぞれ手にした情報を共有することにした。


 ってか、もう食堂を俺たちが占拠しちゃってるような光景だわ。


 まず初めにギレンさんとルイーズ、シェイドの外面主力メンバーだが、どうやら国王には会わせてもらえなかったらしく、大臣と話をしたのだとか。


 国王クラスはアポなしはダメみたい。まあ前世の日本でも、いきなり「社長に会いたいです!」なんて言って会えるわけないもんな。


 うちの王都とかはわりといきなりでも問題なかったんだけど。


「わたくし、あの大臣は何かを隠しておられるような、そんな気がしましたの。だって、エチカさまの名前を出した途端、明らかに狼狽えてましたもの」

「知らないという様子では決してないのですが、あれ以上食い下がったらこちらが疑われますからな。程々にして引き上げました」


 お清楚と物腰丁寧伯爵は、国のお偉いさんがバニーを知っていることは間違いなさそう、という印象を抱いたらしい。


 それから崖っぷち亭の連中も知り得た情報を公開したが、役に立ちそうもないので割愛する。もー、クビにしちゃうぞ! って語尾にハートマークつけて言いたい気分!


「俺はギルドを色々と回ってみたよ。つっても門前払いがほとんどだったけどな。盗賊ギルドでは話が聞けたで」


 ざわ、っとなる面々。いや、盗賊ギルドに行くくらいなら、冒険者なら多少やるもんだろ。


「盗賊どもは何か知っていたのですか」と酒を飲みつつ興味津々になるシェイド。


「エチカのことは知ってるってさ。でも、言えないんだと。ここにしばらく住めば分かることだって、随分と意味深なことまで喋ってたな」


 ざわざわ! となる一同。こんなにざわざわしたらハードギャンブルな漫画を思い出しちゃうね。


 すると、みんなから少しだけ離れた位置で食事していたスカーレットが、「ふむ」と腕組みをして思案していた。


「と言うことなら、エチカは本当に王族だったのかもしれないぞ。何かの事情があってエルドラシアに来ていたが、連れ戻されたと言うことではないか」

「でも、王族なら隠したりする必要あるのでしょうか。わたくしが知る限り、王は自分の子供達はむしろ積極的に紹介するものでしたわ」


 そうなんだよな。普通王様っていうのはむしろ誇らしげに子供を外に見せているわけで、隠したりしないはずだ。


 ……でもな、あのバニーは色々とおかしいところあるし、隠したくもなるのかも。黙っていればラブコメのヒロインにいそうな感じだけど。


 次にこのやりとりを引き取ったのはギレンさんだった。


「王族とはいかないまでも、有力な貴族の娘だったという可能性もあります。エチカさんは服装こそ奇抜な方でしたが、常々お見かけする仕草や話し方は、しっかりとした教育を受けた方のそれでした」


 確かに仕草とか、そういうところは上品だったな。俺も悪役貴族時代は苦労したっけ。唐突に思い出すトラウマほど嫌なものはないね。


 で、この一言に崖っぷち亭のメンバー達がやけに反応を示しやがった。


「エチカちゃん、もう貴族のお嬢様以上は確定したね」

「やっぱただのバニーじゃなかったんだ」

「これは逆玉のチャンス……!」

「どうしよう。急展開過ぎる」

「夏の海で告白する準備はできてる」

「お前に告白する機会なんてねーよ」

「俺たちのアイドルが、高嶺の花だったとは」

「これはなんとしても会わなければいかん」

「ふぅー! テンション上がるう!」

「あああ! 楽しみが増えてすぎて辛い」

「あたしはそれよりカイさまが気になるわ」

「ねー、ここに来てるんだよね」

「うちの男ども全部とカイさまをトレードしたい」

「なんか怖いこと言ってる」

「あの貴族いるらしいじゃん」

「爆発しろ、イケメンめ」

「イケメン嫌い!」


 なんか後々になって文句言われてるんだけど。やっぱ陰口って傷付くわ。まあいいか、もう戻らないし。


 だが、ここでガタッと立ち上がったのはお清楚スイカボンバーとケモ耳極薄大胸筋魔王娘だった。


「まあ! カイさまがここに!? それは本当ですの?」

「ふむ。では我が調査を行なっておく、ルイーズとシェイドはエチカを探しておくように」

「いえいえ、スカーレットさまのお手を煩わせるまでもありませんわ。エチカさんの捜索と、ドラスケちゃんのお世話だけよろしくお願いします」


 うわー……なんか言い合い始めたやんけ。まあいいや、探してもらったほうが俺的にも都合がいい。


 そんなことを考えていると、隣にいた受付嬢に指でツンツンされた。


「アレクさん、あのお手紙……持ってきてますよね?」

「え、あ、うん」

「ここにいらしたとは意外でしたが、とにかく……お早めに渡してくださいね」

「……ほーい」


 めっちゃ囁くやん。一体何事だよ。とりあえずアイテムボックスには入れたままだし、後で読んでそれっぽい返事を書くとしよう。


 ただ、結局バニーがどこにいるのかは掴めずじまいだった。もし城だとしたら入るのも大変だし、どっかの貴族だとしても接触が難しかったりする。


 とにかくこの日は解散し、明日もまた手分けして探すことになった。


 ◇


 ふぅー、食った食った。安定の三人前豪華牛ステーキ定食を無事完食。


 この姿で宿の廊下を出歩くだけで、「きゃあーオークよ!」とか普通に騒がれちゃったよ。


 そんなに似てるかー? と憤慨しつつもギレンさんが払ってくれた金で借りた一室に入ろうとした時のことだった。


「オー……アレクさんですよね!」

「今オークって言いかけた?」


 崖っぷち亭の男性冒険者の一人、細身のイケメン風メガネが話しかけてきた。ホントの名前は知らん。


「あ! すみません! つい間違っちゃうんです。ところでアレクさん、エチカちゃんがいるかもしれない場所を、僕ら見つけたんですよ」


 お? どうしたこの有能ムーブは。メガネの男に続くように、金髪顔黒のチャラ男っぽい奴が登場して頭を下げてきた。


「ちわっす。実はっすね、マジで信憑性高そうな場所なんです。しかも、昼からやってるっちゃやってるけど、メインは夜……つまりは今っすよ」

「へえー今なんだ。じゃあこれから行くんか?」


 すると、メガネの爽やか風青年とイケイケな風貌の顔黒男が、ほぼ同時にサムズアップ。なんか目的地っていうか、目的そのものが俺と違う気がする。


「でも少し危ない所で、僕らだけでは心許ないというか。そこで腕っぷしの強いアレクさんに、一緒に来てもらえないかなって思ってたんです」

「このとおりっす! どうかちょっとだけでも、お願いします!」


 危ない場所ってなんぞ?


 まあよく分からないが、もしかしたらバニー見つかるかもしれんから、行ってみるとするか。


 ◇


「あーはいはい。この看板、確かにバニーだわ」

「でしょう! ではアレクさん、行ってみましょう」

「ウヒョー! 楽しみっすねえ!」


 ここってばカジノじゃん。看板に描かれているバニーガールの絵がめっちゃ上手い。感心してる場合でもないが。


「バニーがいなかったらすぐに出るぞ。マジ、あんまりギャンブルはしないほうがいい」


 しょうがないから扉を開けて店内を覗けば、大型ショッピングセンター並みに広くてビックリ。スロットにポーカーにルーレットと、お馴染みのゲームが配置されている。


 そしてバニーもいっぱい。この中にマジでエチカがいるんじゃねっていうくらい沢山いる。


「分かってますよお! よーし、まずはルーレットから」

「スロットからにしねえ? アレクさん、スロットどうっすか?」


 こいつらってば完全に遊ぶ気しかないじゃん。呆れてしまう俺ではあったが、スロットという単語には少々ぞわりとする思い出がある。


 前世のフリーター時代、俺はパチンコパチスロにハマっていた時期があった。あの時期こそマジもんの黒歴史であり、回想するたびに悲しくなる。


 一時期はバイト中にも「ボーナス、確定!」という幻聴が聞こえたり、どこぞの世紀末救世主伝説の悪役よろしく「あ、足が……か、勝手にぃー!?」とパチンコ屋に入ったりもした。


 あの時失った金を、もっと有効活用していれば! ソシャゲのガチャに費やすことができたものを!


 ……いや、もうこの考え自体ダメだわ。


「スロットはやめとくわ。俺、バニー探してるから」

「ええ、そう言わずに! 一回だけでもどうっすか?」

「やらねーよ」


 まったくしょうがない連中だな。俺はもう欲に負けたりはしないんだからね!


 ◇


「ちくしょー! 二度と来ねえぞ!」

「あ、アレクさん、落ち着いてくださいってば」

「そうっすよ。ちっとばかし使い過ぎちゃいましたね」


 ボロ負けした。ちょっとだけならいいかとポーカーした瞬間、もしかしたら転生してるわけだから、ビギナーズラック発動しちゃうんじゃね? なんて考えたのが甘かった!


 くそー、せっかく貯めていた銀貨達が八割減っとる。怖い、ギャンブルマジで怖過ぎぃ!


 あまりにもな懐の寒さに震える俺とは裏腹、メガネ青年とヤンチャ風にいちゃんもけっこう負けてしまった。つまり今のところ誰も勝ってない。


 ああ……この世界にラーメン屋があれば、みんなで反省会とか言って食いに行くんだけど。そんな暖かい場所はここにはない。


 しかも、やっぱエチカバニーもいないときてる。


「……帰るかー」


 悔しい、なんて悔しいんだ! と心の中で叫びながら出口に向かおうとした時だった。


「なんだこの店はァア! 二度と来てやらんぞ!」


 俺の心の叫びと大差ない声が聞こえる!


 しかもいかにもなパーマ髪とカイゼル髭という金持ちルックス。でも身元はバレたくないのか、サングラスをつけていた。一体どこの貴族だ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る