第52話 誰だよカイって

 さて、とりあえずフィルドガルドの冒険者ギルドっていうのはどんなもんかな。


 そう思いを巡らせつつ、どうせなら一番有名なところに行くことにした。


 道すがら、フィルドガルド城のスケールのデカさに驚いていたんだが。


「……ん?」


 あれ、なんか今……声が聞こえたような……?

 しかも今の声、バニーじゃね?


 とりあえず周囲をキョロキョロしてみたが、それらしい人は見当たらない。


「まさか」


 ふと城のほうが気になったが、やっぱりというかエチカっぽい奴はいなそう。ただ、やたらとデカい塔っぽいのが目についた。


 この城には魔結界っていう、あらゆる衝撃をカットしてくれる便利なものが貼られているみたい。特にあの塔は厚めに展開されている。


 そのせいか、塔の上側あたりはほとんど視認できないレベルで曇ってる。でも逆側からは普通に見えたりする。


 あそこから声がしていたとしたら、あるいは——、


「いや、考え過ぎか」


 疑問に思いつつも、まさか城の敷地内に無断で入るわけにもいかない。


 それに入るための用事もないし、またオーク判定されちゃったらめんどい。


 とりあえず俺は、当初の予定だった場所へと足を進めた。冒険者ギルド【アクシオン】という、それはもう白亜の宮殿みたいな建物を見上げて、ただただ唖然。


 場違い過ぎるんじゃね? ということは百も承知で、いざ入場。


「やあみんな、俺やで」


 入るなりまずは挨拶をしたが、特に誰も反応なし。いいね、こういうの最高。


 ちなみに人が滅茶苦茶いっぱいいる。前世でいうとどっかの大きなビルに入ったような感覚だ。


 そして、いかにもインフォメーションセンターみたいなスポットに、にこやかな女が数名いて、冒険者とか依頼者っぽい人達に案内をしてる。案内所って札も掲げてあった。


 エルドラシアも上級ギルドともなれば、けっこう豪華な作りをしてるんだけど、スケールが全然違う。でも、こういう所ってあんま好きじゃないんよな。


 とりあえず俺も案内所で話を聞いてみようか。


「姉ちゃん、ちょっくら情報を集めに来たんだけど」

「いらっしゃいませ。情報といいますと……依頼でしょうか? それとも冒険の受注でしょうか?」

「まあどんな依頼があるかなーとか、それか噂話でも聞ければと思って」

「でしたら冒険の受注ですね。登録はされておりますか」

「登録はまだ」

「でしたらまずは登録が必要になりますが、身分証はお持ちですか」

「持ってないな」


 やっぱこういうの始まっちゃう流れか。エルドラシアのギルドじゃ身分証なしでも登録できる所があるんだけど、一流ギルドともなると必須だったりする。


 ちなみに悪役貴族時代に身分証はちゃんと持ってたんだけど、家に置いてきちゃったからなぁ。


「身分証がなければ登録はできません。身分証の掲示、適性検査、面接を経て登録が完了してから当ギルドはご利用いただけます」


 うわー面接もあるのかよ。俺絶対無理じゃん。


「そっか。じゃあ今日はやめておくかな。ところで姉ちゃん、エチカっていう女知らない?」

「いえ、存じていません。またのお越しをお待ちしております」


 最後まで微笑みを絶やさないあたり、プロだなと思う。こんなおっさん相手でもブレないのはさすが!


 と思いつつも、こりゃ情報集めも大変だと、先行きの不安さにため息が出ちゃう。


 その後いくつかのギルドを回ってみたが、やっぱり登録はできないし話も聞けなかった。


 田舎のギルドとは違って、もう大企業感があるっていうか、どこもホワイトな空気が漂っていたっけ。


 でも、カッチりしてる所って成り上がるのが大変だ。ほとんど報酬も細かく決められてるだろうし、冒険者は苦労する土地柄じゃないかな。


 しかし、光あるところ必ず闇があるわけで。しょうがなく俺は歩きながら情報を集めつつ、一つの酒場へと向かった。


 ちなみにここは、盗賊ギルドってやつである。


 ◇


「やあおっちゃん、俺やで」

「どなたでしたかな? 店は夜からですよ」


 いかにも仕事のできそうなおじさんマスターが、グラスをキュッキュッと布で吹いている。


「酒場じゃなくて、あっちの依頼ないかなって」


 他には誰もいないようだが、魔力反応が周囲にいくつもある。隠れている奴がいるな。そしてこのおっちゃんも、魔法が使えるようだ。


「依頼ですか? さあ、なんの話でしょうねえ」

「俺、実は同業者なんだよね」


 チラリ、とおっさんの鋭い目がこちらを見据えてくる。すっとアイテムボックスから取り出していた金色のナイフをチラ見せする俺。


 これは悪役貴族時代に持っていたナイフなんだけど、一見すると値打ちありまくりなんだが、実は呪われているんで売ると低価格というガッカリアイテム。


 だが、別に価値はどうでもいい。これは自分が盗賊だっていう、同業者間での合図らしい。以前そういう知り合いから聞いていたのだ。


「随分と安っぽい物をお持ちで」

「やっぱバレた? ところで、なんかない?」

「今はいろいろと騒ぎの真っ最中ですからね、そう大きな仕事はありませんよ」


 やっぱりなんかあるんだな。でも、こういう連中はほいほい喋らないわけで。知りたければ喋らせてみろ、という人間が多い。


「騒ぎの真っ最中っていうのが気になるな」

「場合によっては火傷じゃすみませんよ。知りたければ、相応の覚悟が必要です」

「こえー。ちなみにエチカと関係あんの?」


 マスターはグラス磨きを続けながら、お酒の残りをチェックし始めた。


 バレないようにしたんだろうけど、ちょっと目の色が変わったな。つまりエチカっていう名前を知ってる。


「エチカ? それは誰のことでしょう。どこでその名前を?」

「もともとアイツと俺は冒険者仲間みたいなもん。実はエルドラシアっていう辺境にいたんだけど、急に攫われちゃったみたいなんだ。それでみんなで、情報をもとにここまで来たってわけ」

「みんな、といいますと?」

「ギレン伯爵と聖女ルイーズ、他はギルドの仲間達だ。もう知ってるんだろ?」

「それは初耳でしたよ」


 こいつらの情報収集能力は異常に高い。港から誰が来たとか、そういう話はすぐに嗅ぎつける。だから知らないはずがない。


「前々からこの国には来てみたかったんだよな。でも酷いんだぜ、入国審査の兵士達ときたら、俺のことをオークだオークだって難癖つけるんだ」

「あいつらは偏見の塊ですから、お気になさらずでよろしいかと」

「俺たちは伯爵の船で来たんだ。ギレンさんは穏健な貴族でさ、ここでも仕事ができたらいいな、とか言ってたっけ」


 ピク、とマスターの顔が反応した。儲け話をチラつかせてみる。そして、大きなビジネスの機会を得るためには、今ここにいる俺を利用するのが手っ取り早い。


 どうかな。メリットは見せたよ。次のターンはどうなる?


 でもオークの言うことは信用できませんので、とかは言わないでくれよ泣いちゃうから!


「ほほう。景気の良い話ではないですか。しかしそのような貴族と、あなたが結びついていることには違和感がありますね。本当でしょうね?」

「ほんとほんとこれマジ!」

「いやはや、にわかには信じがたい話ですよ。ちょうど最近やってきた大貴族カイの逸話にヒントを得て、創作した話ではないでしょうね?」

「そうやな。俺みたいな——は?」


 ん? なんか妙なこと言い出したが。


「誰だよカイって」

「おや、まさか知らないはずはないでしょう。グランエスクードで絶大な人気を誇った、あの大貴族の名を」

「ちょっと待て。最近やってきたって、来てるのか? この国に?」

「おやおや、知らないとは妙ですなぁ。もう国中で騒ぎになっておりますでしょうに」


 マスターは小馬鹿にするように笑ったが、俺はそれどころじゃなかった。


 また出てきやがったのかよ。俺の名前を騙る奴が。


 こういうのは以前からよくあった。全然知らない土地で俺を語って悪さをするような連中を、何度か目にしたっけ。


 その度に俺は徹底的にボコリまくった。これは自分だけの問題じゃなくて、家の評判を落とすことに繋がりかねないからだ。


 結局当主は弟に譲ったけど、弟も妹もそれはいい奴らだから、家名に傷がつくとダイレクトに迷惑がかかる。


 別に俺自体がどうこう言われるのは構わないんだが、あいつらが辛い思いをしてしまう。


 また出てきやがったか。


 ふぅーっと息を吐きながら、どうしようかと考えを巡らせていると、唐突に何かが割れた音がした。グラスを落としたっぽい。


「ヒィっ!? そ、そ、その魔力は」

「え? ……あ」


 やべ! 自然と魔力まで高めちゃってたわ。


「あ、ありえない! そんな膨大な魔力を、どうやって」

「まあいいじゃん。ってか、その貴族のことを教えてくれよ」


 なんかビビっちゃったみたい。さっきまでの侮りムードは消え去って、おっさんマスターは知っている限りの情報を教えてくれた。


「へえ、ここで新しい仕事を開拓しようって言うのか」

「ええ、ええ! それはもう……みんなあやかろうと必死ですよ」

「まだ分からないことばっかだが、まあいいや。そうだ、エチカは?」

「………」


 うわ、めっちゃ青い顔になってる。ちょっと罪悪感すら湧いちゃうわ。


「い、言えないんです……どうかこの質問は、追及なさらぬよう。あなたもこの国にしばらくいれば分かることです」

「言えない……か。分かった」

「くれぐれも今の発言は内密に、どうか」

「オッケー! じゃあ今日は帰るわ。またなおっちゃん」

「はい……え!? ま、また来るんですか」


 やっぱり知ってるわけだ。でも言えないと。ここまで怯えるって言うのは相当だな。


 とりあえず俺は、みんなのいる所に戻ることにした。


ーーーーーー

【作者より】

みなさんこんにちは!

暑い日が続いていますね汗


本作ですが、ストック壊滅間近ですがなんとか投稿続いています笑

この後もお楽しみいただけるよう書いていきますー!

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