第50話 うむ。君にとってはよくあることだな
というわけで、なんか道中バタバタしちゃったけど、無事に俺たちを乗せた船はフィルドガルド港に到着した。
悪役貴族だった頃、どうしても行ってみたかったわけだけど、こうして来てみるともう凄い。
語彙力が殲滅するほどに素晴らしい海と浜辺。たまらんなこりゃ。
「すげー海!」
「綺麗、ロマンチックだわ」
「ゲヘヘヘ、水着のおねーちゃんがいっぱいじゃん」
「モヒカンの兄貴が生きていれば、喜んだだろうぜ」
「勝手に殺すな」
「あたしやっぱりここに住もうかなぁ」
「そういえばカジノもあるってよ!」
「飲み屋もいっぱいあるらしい」
「娯楽の多さがエルドラシアとはレベチだ」
「普通に観光名所も多いんだって」
「来てよかった」
「もう泳ぎに行くかー」
こいつら、マジでバニーのこと忘れてやがる。最低! 最低よ!
「さあ皆さま、まずは入国審査に向かいましょう。ご心配なさらず、わたくしとシェイドがいれば、問題なく通行できましょう」
しゃなりとした仕草でやってきたお清楚ちゃん。なんかもうリーダーみたいになってる。
入国審査は通常なら相当厳しいそうだが、あの勇者メンバーの聖女だ。まあ問題ないだろう。
ちょっとスカーレットとドラスケが心配ではあるんだけども。まさかケモ耳ってば、普通に魔王の娘であることを伝えちゃったりしないだろうな?
まあそんなミスをするような奴じゃないけど、やっぱドラゴン連れてると警戒されちゃう気がする。
その時は、俺がなんとかするか。
◇
「貴様! 本当に人間か!? オークではあるまいな!」
「だから、人間だって言ってんじゃん」
ちくしょー。どういうわけか俺だけ入国審査に引っかかったんだが!
どうなってんだよここの兵士どもは。お前らの目は節穴か。
なんでドラスケが普通に審査に通って、俺が引き止められるんだよ。もう泣きたい!
一番最後のほうでブラブラしてたら、まるでバケモノを見るような目で兵士たちに睨まれ、気づいたら囲まれてます。
まさかの事態に焦りというより憤りを隠せない俺だが、先頭集団にいたお清楚ちゃんが慌てて駆け戻ってきて、人間であることを懇切丁寧に説明してくれた。
すると、さっきまでは毅然とした態度だった兵士達が、後頭部を掻きながら頭を下げてきた。
「申し訳ありません。かの地獄のオーク三兄弟に似ていたので、つい」
「そんなに似てるんか。まあいいや、とにかく入国するぞ」
そういえば原作の数少ないオークのボスキャラとして、地獄のオーク三兄弟という連中がいたっけ。
奴らは原作でも上位に位置する強さの持ち主だったが、悪役貴族時代には一度も会ったことがない。
エリアが違いすぎたせいで、奴らと会う機会はなかったんだけど、そんなに似てる?
「ええ、実は昔。私はあの恐ろしいオーク達とすれ違ったことがあったのです。たまたま機嫌が良かったのか、戦うことにはなりませんでした。しかし、もし戦っていたら絶対に無事では済まなかったでしょう」
「わたくしも、かのオーク兄弟には興味がありますの。いずれわたくし達の前に立ちはだかるでしょうし」
「でも、オークは結局オークだからな。助かったよルイーズ。もう行こうぜ」
あれかなぁ。もしかして俺がやたらとオーク、オークって言われるのって、その兄弟の誰かとそっくりな顔だったりするからだろうか。
いや、それでも人間とオークを間違えるのはねえわ!
そんなことを考えつつ、この際だから一つ兵士達に質問してみることにした。
「そうだ。俺達ちょっと人を探してるんだよ。エルドラシアから来たんだけどさ、エチカっていう奴。知らない? ドレス姿で金髪で、ちょっと前に港に来たと思うんだけど」
すると、兵士たちは顔を合わせてざわついた後、こちらに戻ってきて苦笑した。
「さあ、我々は見てませんね」
「かなり豪華な船だったらしいのです。わたくしの友人で、誘拐されたという噂もあります」
「それは大変なことですね。心中お察しいたします。我々としても、誘拐など許せるものではありませんし、なんとしてもお助けしたいところですが。あいにくと見たと言う者がおりません。憲兵の詰め所などに向かわれてみてはいかがでしょう」
「ふーん。そうなのか」
兵士の一人は淡々と答えていたが、その後すぐに審査を完了させ、俺たちはやっと自由に動けるようになった。
みんなが待っている街への入り口へと歩いていると、隣にいるルイーズが静かに話しかけてきた。
「アレクさま、先ほどの件なのですが。兵士の皆さんは、本当にエチカさんをお見かけしていないのでしょうか」
「あいつらは、バニーを見たと思う」
俺は小さく首肯した。あの時の反応は妙だったし、すげー入国に渋ってたくせにいきなり許可する方向に変えてきた。
俺はともかく、聖女には追及されたくない何かがあったからだろう。
エチカは多分この港にやって来た。しかし、兵士達は知らないという。気になって夜しか眠れないかも!
とりあえず、俺は街の中心にある噴水広場に集まったみんなと合流した。
「待たせて悪い。オークと間違えられた」
「うむ。君にとってはよくあることだな」
スカーちゃんはすぐに納得してる。そういう認識持たれてるのは恥ずい。
すると続いてギレンさんが、苦笑しつつ今後の相談を持ちかけてきた。
「さて、皆さんのご予定はいかがでしょう。私はできれば国王とお会いして、その後は家族を連れ、ひとまず皆さんと一緒に泊まれる宿を探すつもりです」
「宿か……我のことはいい。自分で探すとしよう。ドラスケもいることだしな」
ケモ耳ちゃんはどデカいペットがいるから、こういう団体行動は難しい。ちなみにドラスケはひとまずペット預かり所にいる模様。ドラゴンすら預けられるってすげえ!
「ではギレンさま、わたくしとシェイドもお供させてください。国に来たのですから、まずは王様にご挨拶しなくては」
やっぱそれなりの地位にいる人は、気を遣わなきゃいけないことが多いんだよなぁ。
ギレンさんもお清楚も、行かなかったら「王様のことが嫌いなのか?」とかって妙な噂を立てられたりする。
ちょっとだけ、悪役貴族時代の煩わしさを思い出したわ。悪役なのに最初の頃すげー気を遣ったし。
なんて過去を回想しちゃってたら、「アレク、君はどうするのだ?」と魔王娘が質問してきた。
「俺か。とりあえずぶらぶらしながら、バニーを見た奴がいないか探してみる。夜には合流しようぜ。ところで、お前らは?」
崖っぷちな連中にも一応聞いてみるか。するとみんな神妙な顔をしつつも、
「俺もアレクさんと同じように、街中で情報を集めてみるよ」
「まあ、こういうのは地道な聞き込みが一番だからな」
「いろいろと店を回ってみようと思うの」
「きっとエチカちゃんは、カジノとか酒場にいるのかもしれないな」
「いや、海にいるかもしれない」
「水着のエチカちゃんを早く見たい」
「まかせろ! ガンガン遊……調査するぜ!」
「私は人探しには自信がありますので」
「島国って夢があるなぁ」
「賃貸探さなきゃ」
「カジノで一攫千金だ」
「絶対エチカちゃんを見つけて……そして」
そしてなんだよ!
やべー、途中からドン引き発言ばかり。
まあこいつらときたら多分、エチカはなんだかんだ危ない目には遭ってないんじゃないか、という根拠のない平和ボケ思考があるんだろう。
ここ最近物騒なことが多かったけど、エルドラシアは基本のんびりとした平和な所だからなぁ。
「お前ら、ちゃんと探してくれよ。それじゃとりあえず俺、行ってくるわ」
「行ってらっしゃいませ」
「お気をつけて」
聖女ルイーズとギレン伯爵と挨拶をかわし、さらっとスカーレットとシェイドにも声をかけた後、俺は一人フィルドガルドの街中へと消えていく。
赤煉瓦の街並みは王都に似ているが、ここから海へと向かうと途端に南国っぽい家とかが並んでたりする。
何より久しぶりに、自分のことを全然知らない人ばかりになって来たので、なんとなく落ち着いてくる。
とりあえず、情報収集って言ったらまずはあそこか。
俺はまだ行ったことがない、フィルドガルドの冒険者ギルドに向かうことにした。
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