第49話 ……カイさま?

「グルァアアアア!」


 怒り狂った最後の一匹。それは俺やシェイド、お清楚ちゃんではなくルーク君を狙ってきた。


 死に際に最も弱そうな子供を道連れにしようっていう、まあ醜悪な思考が丸見えになってる。


 魔物ともなると、心まで暗黒に染まっちゃうパターンがほとんどなわけで。


「あ……ああ……」


 その餌食になりそうなルーク君といえば、剣を持つ手がプルプル震え、到底戦えそうにない姿は明らかだった。でも、逃げることもできずに立ち尽くしている。


 飛び上がった闇シャチは、苦しみながら大口を開け、少年へとあと数秒で食らいつこうというタイミングだ。


「ルーク!」


 ここで必死に、ギレンさんがルーク君に抱きかかるようにして、迫るシャチから守ろうとした。


 やっぱりギレンさんは、自分よりルーク君が大事だし愛しているわけだ。あと僅か、もう一瞬というところで、シャチは空中で停止した。


「これで最後の一匹」


 俺は一気に距離を積めると、スカーレットから借りたクリスタルランスで、闇シャチの頭部を貫いた。


 この船くらいのスペースなら、すぐに駆けつけて倒していくことも難しくない。だから犠牲者は最初からゼロを見込んでいたし、事実死人は出なかった。


 いや、でも……闇シャチのヘドロですげー汚くなってるのは想定外なんだけど。


 全てが終わると、この数分でボロボロになった崖っぷち亭の冒険者達が安堵と歓喜の声を上げる。


 それにしてもうちのメンバーの実力は……いや、やめとこ。炎上しちゃう。


「マジ地獄だった」

「うええええ」

「い、生きてる? 私生きてる?」

「死んだ。もう死んだ」

「勝ったーーー!」

「ウオオオオオ!」

「もう無理。働き過ぎたわ」

「よく分かんなかったけど、作戦勝ちっぽい?」

「さすがはアレクだ」

「聖女様の力もあったみたいだぞ」

「オークさんぱないっす」

「俺の弓が火を吹いちまったな。一匹も倒してないけど」

「ヘドロがやばい」

「汚ねえ!」

「ルイーズ様、ばんざぁい!」

「これで生きたまま楽園にいけるわ」

「あとは観光かー」

「楽しみだぜ」

「アレク、ありがとう!」


 もはや観光したい願望を隠さない奴が出てきてるな。


 まったく不謹慎極まりない発言だが、簡単にスルーされるこの民度。やっぱ崖っぷち亭だけあるわ。


 奴らの何名かは俺の側にやって来て、お礼だったりどうしてあんなに上手くいったのかを聞いて来たりと、騒がしい時間が始まる。


 でも俺の関心は彼らより、貴族の親子に向いていた。


「父さん……う、うう……」

「立てるか」

「はい。すみません。僕はやっぱり臆病者でした」


 うーん。少年は攻撃を仕掛けられなかった自分を恥ずかしく思ってるみたい。しかし、父親は苦笑しつつそれを否定した。


「何をいう。お前は逃げなかったではないか。あれほどの気迫に溢れた魔物を前にしてだ。それは簡単なことではないはずだ。確かに私は、お前を過小評価していたな」

「……父う……父さん」

「さあ、まずは船内に行って、他の皆さんに解決したことを伝えにいこう。アレクさん、この度もお助けいただき、本当にありがとうございました」

「師匠、ありがとうございます!」


 なんか恥ずい。こうまで感謝されると体が痒くなってくる。


「これも仕事なんで」


 二人はさらにお礼を伝えた後、船内への階段を降りていった。険悪な仲も、これで幾分良くはなったんじゃないか。


 そういえば、シェイドとルイーズはこの勝利騒ぎのなか、遠巻きに眺めるようにこちらを見やっていたっけ。


 しばらくして、空中で無双してたスカーレットが降りてきて、ヘドロ掃除を命令すると、すっかり下僕状態の崖っぷち冒険者ーズはすぐに掃除に取り掛かった。


 いやー怖い。エルドラシアがお清楚とケモ耳に侵略されてるんじゃねーのと、辺境の未来が不安に思ったほど。


 ま、今後どうなっても俺は関係ないがね。


 ◇


 その後、崖っぷち亭の冒険者と船員の掃除により、ヘドロは除去されて船は清潔感を取り戻した。この船はきっとモテる。


 平穏な時間がやってきて、俺はまた一人で船の進行方向をぼんやりと眺めていた。


 そろそろフィルドガルドが見えてくる頃だろうけど、エチカは大丈夫かな。


 というわけで心中穏やかではなかったところに、カツ、カツ、と聞き慣れた足音が。


 ここでちょっとした前口上からの雑談が始まる感じか、そう思っていたんだが今回は違った。


 思っていたよりも近づいてくるというか、マジ近い!


 そして、俺の顔を覗き込むようにして一言。


「……カイさま?」と囁いたのである。


 この時の衝撃は半端ではなかった。しかもお聖女ときたら、まるで俺の瞳孔の変化すら見逃さないとばかりに、無表情な瞳でマジマジとガン見してる。


「……は? ……」


 何言ってんの? とばかりのすまし顔をする俺。もう心臓バックバクだが、ここで僅かでも取り乱したらゲームオーバー。


 助けて神様ギガンティア様! いや、よくよく考えたらあいつのせいだけど。


 数秒見つめあった後、ルイーズは「ふぅ」とため息を漏らし、少し離れて海を眺め始めた。


「申し訳ございません。もしかしたらと思ったのですが、そんな筈ありませんものね」

「ん? 何を勘違いしたんだよ」


 そんな筈というか実は正解だけど、ここはクイズに失敗して理由を聞く司会者役にまわるとしよう。


「もしかしたらカイさまが、魔法か何かでそのお姿になってしまわれたのかと。あまりにも現実離れした考えに至るほどに、先ほどの戦いは見事でしたわ」


 ヒィー! ほぼ当たってるぅう!


「だって先ほどのアレクさまの行動、全てが完璧で……そしてとても似ていたのですよ。勇者さまに」

「え? ディミトリに?」

「いいえ、違いますわ」

「あ、今の勇者か」

「はい」


 なるほどな。俺がディミトリの代役として発掘したアイツと、今回の動きが似ていたってことか。


 まあ、付きっきりで指導したからそれは似るけど。


 っていうか、ディミトリと似てるって言われたら多分泣いてる。一緒にされたくない男ナンバーワンだわ。


「側にいらしたアレクさまのご指示と働きは、まるで川の流れを思わせるように滑らかでした。未来が見えているようなあのお姿、カイさまが指導した勇者さまにあまりにも重なったものですから。そして最後のルークさんの件……全て想定どおりだったとしたら。と、こうして試すような真似をしてしまったのです」


 その後、すぐにもう一度ルイーズは謝罪してきた。俺は苦笑するしかない。


「気にすんな。そういう連中に似てるっていうなら、悪い気はしない。その日暮らしの人生しかない俺が、どうして似てるのかは不思議だけど」

「此度の活躍、実に見事であったぞ」


 おおっと! なんとここで、この場から逃げ出そうとしているタイミングで、魔王娘がやって来やがった。


「君は集団戦でも優れた技量を持っているようだ。我としては、是非とも欲しくなったところだ。ところで……聖女よ」

「はい?」

「先ほどの件、礼はいらんぞ」

「……先ほどの件、ですか?」


 フッと鼻で笑うケモ耳。なんか珍しいパターンに入ってきてる。


「まったく。闇シャチに襲われて大変なことになっていたであろう」


 そうだ。スカーレットがやっつけた闇シャチ第一号だった。ちょっと嫌そうな顔になりつつも微笑むお清楚ちゃん。


「あらー。わたくしとしたことが、忘れておりましたわ。アレクさまの想定どおり、魔物を倒してくださいましたわね。それにしても、アレクさまの腕には脅かされるばかりですわね」


 ニコッとこちらに笑いかけるルイーズ。するとスカーレットはちょっとムッとした。


「もう一度言うが、我への礼はいらんぞ」

「ええ、ありがとうございます。アレクさま」


 魔王っ娘が、どうしても聖女から感謝の言葉を引き出したい模様。ちょっとずつヒートアップしてないかこれ。関わりたくないわー。


「と、言いましたけれど、もちろんスカーレットさまにも感謝しておりますわ。お助けいただき、ありがとうございます」

「ふむ、礼はいらないと言ったが、受け取っておこうか」


 感謝された途端、すぐ上機嫌になるケモ耳ちゃん。いろいろとちょろい。


「ええ。わたくしも以前、あなたを治癒した事がありましたから、これでおあいこですね」

「……! あ、あれは!」

「お! やっと見えてきたぞ」


 ここで止めに入ろうとばかりに、俺は遠くに映った島国を指差した。つい「あー、あったよなー」なんて言いそうになる過去トークからは逃げるのが一番!


 島国と言いつつ、こうしてみるとかなりデカそうでビックリ。


 さて、バニーを探しに行くとするか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る