第48話 もうちょっとだけ待ってプリズン
闇シャチ。その言葉を聞いただけで漁師だけではなく、海賊までもが震え上がる。
それだけ恐ろしい魔物なわけだけど、奴らの怖さは単純な強さだけではなく、人間と同等に頭が良いとされているところだ。
まあ元々シャチって言えば地球でも、海のギャングとか言われたりするんだけど。禍々しい力を手にした奴らは、もう可愛らしさなんて全て捨てちゃったわけで。
「では、我は手筈どおりにするとしよう」
「頼んだ。あと、ドラスケをなんとかして!」
「こら! 何をしておるか。アレクはここに置いていくのだ」
ドラスケが飛び上がりながら、前足で俺のこと掴んだままだったので、恐怖のアトラクションが始まるところだったわ。
「あ、そうだ。スカーちゃん。スペアの槍を貸してくれよ」
「ん? 良いが、なぜ槍がいる?」
「今回はこっちのほうがやりやすいんだ」
「ふむ。まあ良いだろう」
スカーレットは普段背中に預けている真っ赤な槍ではなく、クリスタル製のそこそこ強い槍を投げ渡してきた。今回の敵にはこれがいい。
その後、なんとか船の上に止まる俺に残念そうな顔をしつつ、ドラスケはケモ耳を乗せてその場を離れて行った。
ふうー、とりあえず作戦は順調……と言いたいところだけど。
「この馬鹿者が! お前のような半端者が手伝うなどと、一流の冒険者の足を引っ張ることになると分からぬのか!」
「父上は僕を過小評価しています。僕だって、やれば魔物の一匹や二匹倒せるんです」
ギレンさんとルーク君の言い合いがエスカレートしてる。二人ともなんだかんだで頑固なところがあるので、一歩も引こうとはしないのが厄介だ。
普通ならここで二人とも下がってもらうところだが、俺は船の中心であぐらをかいて座り、二人から背を向けた。そして独り言のように呟く。
「見学くらいなら、別に構わない」
「師匠!」
「アレクさん!」
二人ともそれぞれ違う言葉を期待したんだろう。でも、正直なところ構っているわけにもいかないし。
「本当によろしいんですの?」
近くにやってきた聖女が、こちらの顔を覗き込むようにして問いかけた。すぐ側にいるボディガードは普通に立っているようだが、実際はいつでも戦えるように正面を見据え、剣に手をかけている。
「いいんじゃねーの。俺とお清楚ちゃんがいれば、死人は出ないだろ」
だがここで、後ろのほうでざわつきが起こる。
「ええい! こっちに来るのだ!」
「離してください! 僕だって戦えます」
ギレンさんがとうとう腕力で引っ張っていくつもりみたい。だが悲しいことに、見た目の強者感とは裏腹に彼はなかなかに非力な成人男性である。
ちらっと背後を見ると、ルーク君をなんとかちょっとずつ船内への階段に引っ張っていく姿が映った。いやー大変そうね。
「あ、来ちゃった」
「はい? あ、きゃー!」
直後、船にけっこうな衝撃が走る。船上で四方を固めていた冒険者達や、ギレンさんとルーク君、それからルイーズお嬢様がすっ転んだ。
「あん! あ、すみません」
「全然オッケー」
またしてもお清楚ラッキースケベに遭遇しちゃった。なにしろ今度は正面からダイブされ、顔面にダブルスイカパイアタックを喰らったのだ!
全くもってオッケーとは言い難い衝撃で鼻血が出そうだが、気にしている暇はナッシング。シャチの体当たりで確実に船はダメージを負った。
「いつの間に来やがった?」
「きゃー! なんか囲まれてる!?」
「船の周りをぐるぐる回ってるぞ」
「一体何匹いるんだ?」
「完全に補足されてんじゃん」
「なんかデカくね?」
「汚ねえ体してんなー」
「ひいい!」
「ヘドロ被ってるみたいじゃん」
「おわ、キモ!」
そう、闇シャチってばなぜか全身にヘドロみたいなのを被ってて、普通に気持ち悪いのだ。清潔感を捨て去った悲しき怪物とも呼ばれている……いや、勝手に俺が呼んでる。
いやはや、なんかゲテモノメリーゴーランドって感じで船をぐるぐる回ってるねえ。多分三十匹はいるな。
なんてしみじみ思っていると、シェイドが渋い顔で俺の側へとやって来た。
「そろそろではないですかな?」
「まだや。あ、みんなには攻撃開始していいって伝えといて」
「承知」
働き者のドワーフはすぐに冒険者達に声かけをし、それぞれが弓や魔法とかで攻撃を開始した。
「うおりゃー!」
「舐めやがって、これでも喰らえーーーー!」
「ファイアーーー!」
「せいせいせい!」
すげー気合いだけど、多分一匹も倒せない気がする。以前からこういう手合いとはやり合ったことがあるんだが、まず海の中にいる闇シャチには当たらない。
ぐるぐると船を囲んで回っていた連中は、こちらが攻撃に出たと知って一度は回避の姿勢を見せたのだが、少しするとまたぐるぐる回ってくる。
なんと海面からジャンプして無事をアピールする奴までいる。これにはプライドだけは高い底辺冒険者も檄おこ!
「て、てめええ!」
「調子に乗るんじゃないわよ」
「解体して今夜の飯にしてやる」
「きええええーーーー!」
「舐めてますよね? 舐めてますね? ファイアーーーー!」
最後の奴やたらと気合入ってる。でも渾身のファイアは当たってない。すると期が熟したとばかりに、闇シャチ達が一斉に海中に潜り始める。
「ダンジョン・マッパー」
俺はダンジョン判定されている場所でしか使用できない、フロアマップが表示される魔法を唱えた。
するとやはり魔物がぎゅっと詰まったこの船一帯はダンジョン判定されたらしく、船のマップとそれを覆う真っ赤な丸の塊が表示された。
「きゃあ! これは……ぶつかりますわ」
「おっし。ルイーズ、やってくれ」
「は……はい」
激ヤバフロアマップにビビったルイーズだったが、そこは歴戦の聖女。すぐに冷静さを取り戻して跪き、船の床に両手を当てて瞳を閉じる。
俺は彼女が動いたのを見計らって、空中にライトレーザーという光魔法を飛ばした。これはちょっとした合図。
「オールプロテクト」
聖女が祈りながら魔法名を囁いたその時だった。ちょうど同じタイミングで、船全体に強烈な衝撃が何度も走る。
「うわあああ!?」
「ヒィ!」
「じ、地震ーーーじゃないか!? な、何! なんなの」
「怖い怖い怖い」
「船が沈んじゃうよー」
「きゃーーー」
うちの冒険者達ってば混乱しすぎ。その状況に煽られてか、床を這うようにしてギレンさんとルーク君が俺の側にやってきた。
「アレクさん! 今のこの状況は、まさか」
「シャチどもが船に穴を空けようとしたんでしょう」
「な、なんと! それでは今船に穴が!?」
「空いてませんよ。魔法がかかってるんで」
「魔法、ですか?」
クイッと親指をお清楚に向けた。今祈りを捧げている姿勢を彼女が続けている限り、この船はやられない。
このオールプロテクトは通常の場合、パーティメンバー全員にしか効果が付与されない防御力を格段に高める魔法。だが、実は敵にもかけることができるし、なんならそこらの壁とかにも付与したりできちゃう。
よく人工的にダンジョンの固い壁【ダンジョン壁】を作す方法があるんだが、今回は擬似的にそれをやってみた。
シャチ達は自分の頭の数倍も固い壁に激突しまくったわけで、こりゃ悶絶ものだ。祈りを捧げながら、さらりと流し目でこちらを伺う聖女ちゃん。俺は軽く手を上げた。
「もうちょっとだけ待ってプリズン」
「え? 師匠、なんですか」
「おや? お、おおおおおおーーー!?」
ギレンさんってばビビり過ぎぃ!
ダンジョンマッパーで壁に激突したシャチの背後に無数の闇魔法【ダークプリズン】を作り出し、背後からぶつけまくったところ、シャチ達は悶絶しながら海から大ジャンプした。
すげー光景だなぁしかし。よくわかんない悲鳴を発しながら、垂直ジャンプで海から次々とシャチが飛び出してくる。
ここで大事なのは、連中はホッといても地獄を見ながら消滅するわけだけど、何匹かは船の上に飛んできちゃうところ。
「ルイーズ、もういいぞ」
「はい。……はっ!?」
ちょうどお清楚・ダブルスイカ・ルイーズが魔法を解き、桜色の髪を翻しながら立ちあがろうとしたところで、背後から飛び込んでくるシャチ二匹がいた。
一匹はシェイドがなんとか体を張って防ぎ、剣で仕留めた。しかし、もう一匹は悶え狂いながらも聖女めがけて牙を剥いた。
だが、その脳天が一瞬にして破裂し、シャチはすぐさま魔法に飲まれて消滅していった。
空からの矢。この為に遠くに配置していたスカーレットに光魔法で信号を送っていた。
要するに突破して襲ってくるシャチがいたら、空から矢で倒しちゃってよ、というお願いをしたってわけ。
彼女が持っている弓と矢は魔王の遺品であり、飛距離と威力は通常の弓矢とは比較にならない。
加えて、槍と弓には自信のあるケモ耳は、やはりというか他のシャチも漏らさず仕留めていった。
ここまでは想定どおり。
……と思っていた矢先、背後を振り返った俺は、最後の一匹が猛烈な勢いでルーク君に飛び込んでくるのを目にした。
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