第47話 今こそルイーズさまに勇姿を見せる時

「まあっ! あの恐るべき海の荒くれと呼ばれた、闇シャチがいるのですか!」


 聖女の驚きに溢れたアニメボイスが室内に響いた。


「ああ。サメの体から出てきた瘴気入りの傷跡を見る限り、奴らがいるとしか思えねーな。知ってのとおり、あいつらってば凶暴極まりないし、遠からずこっちを攻めてくるんじゃね」


 俺が肯定すると、途端に崖っぷち亭のモブ冒険者一同がざわめく。こいつらに船の防衛ができるか心配だわ。


 とりあえず広々とした船内の部屋一つに集まり、俺たちは作戦会議を始めることにしたんだが……みんなビビってるの丸わかり。


 船長を務めるおっさんとギレンさんは、それはもう明確に動揺していて、部屋の中心にある長テーブルに目を落としている。そこにはこの辺りの地図が広がっていて、ちょっとしたボードのコマを海の上に置いていた。


 それが俺たちを表す船であり、もうちょっと真っ直ぐ南に島国がある。図にすればかなり近いように映るけれど、まだけっこう距離はある。


 ちなみに地図やら諸々のセッティングは受付嬢がやってくれてる。彼女は近くて遠い島国の位置をじーっと見つめていた。「私のバカンスが……」とか言い出しそう。


 部屋の中はけっこう重い空気が流れていた。ちょっとばかし遠くから、壁にもたれつつ様子見をしていたスカーレットが口を開いた。


「確かに瘴気の類からすると、闇シャチに違いあるまい。しかしよく気がついたものだな。それもアイツから聞いたのか」

「いや違う。俺ってば豆知識集めるの好きだからさ……ハハっ!」


 ひええ、すぐぶっ込んでくるよう。思わず夢の国のネズミみたいな笑い方で誤魔化しちゃったよう。


 そんな俺をスルーしたかのように、彼女はツカツカと長テーブルに近づく。


「しかし闇シャチとは厄介だな。奴らは人間と変わらない知性がある上に、魔物化して凶暴さと強さが大きく増している。まともにやり合うよりも、迂回するなりして戦いを避けたいところだが」


 うむむ、と考え込みながら、ルイーズの隣にいたシェイドが引き取った。


「しかしながら、今から迂回しようとしても無理でしょう。闇シャチの海での感知能力は、想像もできないほど広いと言われます。もう向かってきているとすれば、迂回や逃げるといった方法でも捕まるに違いない」


 これには同感。多分俺が気づいた頃には奴らも気づいたろうし、どうしたって向こうが襲ってくるのは確定っぽい。ルイーズがちょっと離れたところからあわあわしてる。


「それはもう、戦うしかないということですわね。でも、こんな大きな船での攻防は難しいかと。船の底や側面に穴を空けられでもしたら……」

「大丈夫。奴らが集団で来るなら、その心配はねえよ」


 お清楚アイドルを安心させるべく発言してみたが、これにみんなが「え!?」と言わんばかりの顔になる。そりゃそうか。


 この後、俺はその大丈夫発言の真意を説明したが、骨が折れちまったわ。


 なにせ「信じる派」と「信じない派」で議論というより口論が始まって、収拾するまで無駄な時間を要してしまったわけで。


 自分達の命が懸っているせいか、一歩も引かない論争は終わりが見えなかった。


 だがギレンさん、聖女、魔王娘の三名が「信じる派」だったことが判明した途端、「信じない派」のおっさん船長と他冒険者はあっという間に駆逐されてしまう。ドンマイ!


「決まりですな」と、よく通る声で決定を告げるギレンさん。もし現代日本に転生したら、テレビ番組の司会になれそう。


「ではお手数ですが、皆さんにはアレクさんのご提案どおり、各々防衛位置についていただけますかな。私も及ばずながらお手伝いします」


 続いて聖女さまのお言葉。


「皆様、このような戦いに巻き込んでしまい、申し訳ございません。しかしながら、闇シャチは船乗りの方々に大きな危険を及ぼす存在です。わたくし達の命のみならず、世界への貢献でもありましょう。きっと此度の活躍は語り継がれますわ。皆さまのお力を、どうか貸してくださいまし」


 この一言に、世界中で最もちょろい冒険者疑惑のある崖っぷち亭メンバーが盛り上がった。


「やります! 必ずや討ち取ってきます」

「うおおー!」

「聖女さま、俺たち頑張ります」

「ああああ! 今日から英雄デビュー」

「あたしも旅行がてら、いっちょ名声上げちゃおっかな」

「ルイーズたん」

「まあ言うてシャチくらいどうにかなりますって」

「もしかして今回の旅でランク上がっちゃうかも」

「聖女さま、後で僕の冒険譚をお願いします」

「やってやりますぅううう」

「はあ、はあ」

「おおおおお! 燃えてきたぁああ」

「やっと俺も日の出を見る時が来たか」

「聖女さま最高!」

「勝ち申した!」

「あああー!」

「僕が真っ先に仕留めてきます」

「いいえ私が」

「俺だぁあああ! 今こそルイーズさまに勇姿を見せる時」


 すげー、もうやる気スイッチ完全に入ってるじゃん。ってか旅行目的とか、ルイーズへの下心とか、富や名声承認欲求丸出しなところとか、ゲスいったらない!


 とまあこんな感じで、早速だがいつ闇シャチが襲いかかっても対抗できるよう、各々が急いで準備をすることになった。


 ◇


 船上に上がってきた俺と聖女、ボディガード、魔王娘とギレンさんは、改めて打ち合わせを行うことにした。


 認識の齟齬とかあると大変だからな。こういうので悪役貴族時代も苦労したもんだ。


「とまあ、スカーレットはシャチがやってきたらそんな感じで頼むわ」

「うむ、承知した」

「クオオーン」


 なぜかドラスケまで返事をしてくれる、というか案の定くっついてきて体をすりすりしてくる。鱗ツルッツルだわ。


「では、私の役目は受付嬢さんと一緒に、状況の把握と船室で避難している方々への指示ですね」

「はい。お願いします」

「クウーン!」


 ドラスケがまた返事してる……全部自分に話しかけてると思ってない?

 俺の周りを尻尾振りながら回り始めたんだが。


「じゃあお清楚ちゃんも頼むぞ」

「はい。わたくし、精一杯力を尽くしますわ。あの方のためにも、ここで終わるわけにはまいりませんもの」


 ピク、とケモ耳ちゃんが反応したが、触れるのはやめておこう。ってかこの話題は永久にやめておきたい。


 シェイドは無言で遠くをぼんやり眺めつつ、静かに気合を入れている。そして同じくして無言になったけどテンション高めのドラスケが、何かを口に咥えて持ってきた。


 俺の手元にポトっと落としてきたそれは、まあまあ大きいボールである。


 もしかして「遊んで!」ってこと?

 いや、まあ子竜だった頃はこのボール遊びで親睦を深めたものだが、ここ海だよ海!


「ドラスケ、ボール遊びってことか? 後にしようなー」


 そしてこういう時、ドラスケはそうそう諦めないもので、尻尾を振りながら「早くー」と言わんばかりの仕草をする。


「こらドラスケ。今はダメだぞ」


 でも現在の飼い主スカーちゃんがいたことで、どうにか無茶振りから免れた俺。マジスカーちゃん天使。


 助かったわーとホッとしているのも束の間、なぜか階段を登ってくる足音があった。そしてやってきたのは、うちの教え子ルーク君だった。


 あれあれ? どっから用意したのか知らないけど、それは普通に鋼でできた剣じゃね?


 手伝う気なわけか。でも、さすがにいきなり闇シャチの相手はきついよなぁ。


「師匠、僕もお供させてください!」

「ああ、そういうことか。悪いけど——」

「ルーク! 一体何を言うのだ。早く船内に戻れ!」


 おっとビックリ。俺が断るより先に、ギレンさんの喝が飛んだ。いつもの穏やかさとは違って迫力ある。


「でも、僕だってずっと剣を習ってきたんです。こういう時に使わなくちゃ意味がありません」

「お前には、魔物の相手はまだ早い! いいから中に戻って、母さんと兄弟の所に行きなさい」

「いいえ! 僕は父さんが思っているより腕を上げています。それは師匠が一番良く分かっています」

「何をいうか!」


 な、なんか話を振られそうになってきてるんだけど! ここで親子喧嘩が始まっちゃう系?


 スカーレットやシェイドはやれやれ、という顔で二人のやり取りを眺めている。ルイーズは「あらー」と言いながらも、特に止めるような様子はなかった。まあここにいる連中は、この程度の言い合いは見慣れてるだろう。


 ドラスケはずっと俺の匂いを嗅いだりペロペロしてくる。しょうがないから頭を撫でてやったら、いきなりゴロンと寝転がって船全体が振動した。腹を撫でてってことみたいだけど、船が沈むかと思ったわ!


 しかし、あまりのんびりともしてられないようだ。


「いい加減にしろ! お前がそのようなことで、」

「お出ましだ。準備しよーぜ」

「む? アレクさん、お出まし……と言いますと」


 きょとんとするギレンさんと息子ちゃん。こういう仕草が似るのは親子っぽいね。


「シャチどもが来たっす。やっぱ数多いなぁ、めんどくせー」


 魔力を感知しながら、俺はため息するしかなかった。

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