第46話 大物が来やがったぜ。絶対釣ってやる!
「ヘックショイ! あー、なんだ風邪かな」
あれから一週間以上経ち、みんなはそれぞれ好きに時間を潰していた。ただ、俺はこの間もバイトに勤しんでいたのである。
「師匠、今日もよろしくお願いします!」
「ういー」
そう、ルーク君の武術指導っていう割の良いバイトがあるのだ。今日も木剣を持って、船上のフリースペースで素振りからスタート。
あの几帳面なギレン伯爵の長男というだけあり、何事にも熱心である。剣の振りなんて一ヶ月前よりずいぶんと上達してる。
しばらく基本の素振りを見ていた俺は、こりゃそろそろ教えられることなくなってきたかな……と嬉しいような、食い扶持が減って寂しいような複雑な気分になった。
まあしょうがない。これは喜ぶべきことだ。
「もうすっかり上手くなったじゃん。後は自分で鍛えていけば、いい線いけるぞ」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます」
「ああ、もうそろそろ俺の教師役も終わりっぽい」
「え……それは、ちょっと」
ルーク君が残念そうな顔になってる……俺も辛いのよ。でも給料泥棒はもっと辛い目に遭うのは前世で経験済み!
「ルーク君はあれだろ、武術大会とか、ほかは護身が目的なわけじゃん」
「は、はい!」
「であれば、後は自分で考えて鍛えていくだけでいいよ。エルドラシアの大会ならそれでも勝てるし、護身はある程度できればいい。そもそも、貴族なら護衛を雇えば済む話だしな」
「でも、僕はもっともっと強くなりたいです。師匠に教わっていけば、きっと!」
「あんまり強くなると、かえって大変だぞ」
「え?」
強さっていうのは実は考えもので、あればあっただけお得なわけじゃない。そいつの生き方に必要な分だけあればいい。あり過ぎると、むしろ足りないより酷い時もあるし。
そう、俺みたいになっちゃうと大変だよって話。ここに良い反面教師がいたねルーク君!
「何事もバランスだ。下手に強くなって傲慢になったり、変に注目を浴びちゃったりするとロクなことにならん。死んじゃった奴を何人も見てるからさ」
「そ、そうなんですね。でも僕は、もっともっと強くならないと嫌なんです」
「ん? なんでだ」
とりあえず休憩ということで、俺は釣りを始めながら少年の話を聞くことにした。
ちなみにこの釣竿、エチカが無駄に時間をかけて魔道具をくっつけて作り上げた特注品。すげー頑丈で、普通は釣り上げられないデカブツも理論上は釣れる。あくまで理論上だけど。
「じ、実は……今まで言ってなかったんですけど。僕はアレクさんのようになりたいんです。本当に強い人に」
「え、俺?」
「はい。この前ここで、シェイドさんと戦っていた時の姿が、目に焼きついて離れません。将来誰にも負けない剣士になりたいって、最近は思うようになったんです」
え? 剣士だって?
いやいやいや、家はどうすんの家は。
「マジ?」
「はい、本気です」
「家を継がないといけないだろ」
「僕は継がせてもらえないと思います」
「ファ!? なんで?」
ちょっとちょっとどうしたルーク君。急にネガティブ路線まっしぐらなんだが。すると彼は、茶色のショートカットの頭を俯かせて、湿度爆上がりトークを開始した。
「父は僕のことが嫌いなんです。だから継がせてもらえないと思ってます」
小声でぼそっと呟くように、心情を晒す少年。戸惑う俺。
「おじさん、それは違うと思うけどなー」
「だって父さんは、弟や妹が悪戯したり、何かに失敗しても大抵の場合寛容なんです。でも、それが僕だったら違うんです。いつも怖い顔で説教をするんです。僕ばかりにキツく当たってきて……お前がそんなことでどうするのだ、って。この前だって……」
そうしてルーク君は、お父さんとのここ最近あった諸々を語り始めた。社交の場でのマナーとか、目上に対しての接し方とか、食事マナーとか目下への気配りとか。
あとは普段暮らす中でのちょっとしたこと、悪戯とか何か作業をして失敗したりとか、武術大会で負けちゃった時とか、とにかく自分ばかり怒られるらしい。
俺は話を聞いていて複雑な気分になった。まだ伝わっていないが、ギレンさんはルーク君に家を継がせたいんだと思う。そして恐らくは、最も期待しているに違いない。
だからなんでも真剣に教えようとするし、良くないことをしたと判断すれば、本気で叱るのだろう。でも、そういう親の気持ちって子供には……特にルーク君くらいの年齢には分からんよね。
親より早く死んでこの世界に転生しちゃった超親不孝な俺が、この件についてどうこう言う資格はない。死ぬ前も散々迷惑かけちゃったし。
う……なんか精神的なダメージが。
「そっかー。あのさルーク君、俺思うんだけど……お! かかった」
「え!?」
良かったー。この気まずい展開に救いの手が入ったみたい。竿から明らかな獲物の感触がある。これ……相当デカくね!?
「おっしゃ! 大物が来やがったぜ。絶対釣ってやる!」
「し、師匠! お手伝いします」
「サンキュー……うお!?」
で、デカいなんものじゃくね!? ブルンブルンいってるんだが。いや、ここまでの感触になると、むしろ嫌な予感マシマシ。
しかし、ここで引くわけにはいかない。前世の頃、釣りゲーで鍛えた腕を今こそ見せる時!
「うおりゃあああ!」
「わ、わああ! 師匠、すご——」
力一杯に引き上げたと思われたそれは、むしろ自分から上がってきたんじゃないかという大物だった。
なんとも巨大なサメである。目が血走っているというか、こっちを食う気満々!?
こりゃ魔物になったサメっぽいな。ビッグサイズで目は黒々と光ってるし。
「し、師匠ーーーー!?」
飛びかかってくる鮫の大口は、なんともデカい。しかし、陸に上がってきたのは運の尽きとばかり、俺は奴の鼻先端を掴んで、一本背負い風に投げた。
「ほっと」
「え、えええええええ!?」
ドスン! となかなかな音を立ててサメは船上に叩きつけられた。
「てい」
念には念をということで、顔面を一発殴りつけると、凶暴な海の怪物は陥没してそのまま動かなくなった。
「し、師匠……サメを投げ飛ばすなんて。体術もマスターされているんですか」
「いや、マスターなんてほどじゃないけど。まあ俺は冒険者だし、多少はな。俺クラスなんていっぱいいるぞ。とっても厳しい世界やで?」
よし、この状況を利用して、ルーク君には家を継ぐルートに切り替えてもらおう。
「え? し、師匠クラスの人が、冒険者にはいっぱいいるんですか」
「まーそういうこと。実は正直にいうと、ルーク君くらいの年齢には、大体このくらいはできるわけよ。俺なんて序の口。いやーシビアな世界だわ」
「……僕の歳で、ですか……」
落ち込んじゃうかな。でもここは心を鬼にするべし。君はギレンさんの期待に応えればよろしい。
とか考えていると、崖っぷちな冒険者たちが、バタバタと階段を駆け上がってこっちに来た。
「うわあ! なんだこれ!」
「デカい音がしたと思ったら……マジかよ」
「え! どうやって倒したのこれ」
「陥没してる! っていうかアレクさん、ハンマーとか持ってましたっけ。もしかして素手?」
この質問に、なぜか俺ではなくルーク君が「そうです!」などと返事をした。
「すげー! この人、素手でやっつけてるよ」
「どっちが化け物か分かんないんだが」
「はあああああ!?」
「普通素手で倒せねえって……」
「トップクラスの武闘家なら、あるいは」
「すげーーーーー」
「でも剣士だぜこの人」
「ぱない! この前から思ってたけど強すぎ!」
「本当はやっぱオークなんじゃ?」
「いろいろと規格外すぎる」
「アレクさんしゅごい」
「こんな芸当初めて見たっ」
「きゃー!」
「ヒエええええ!」
余計な発言のオンパレードじゃねえか! ふと気づくとルーク君が、キラキラした瞳でこっちを見てる。
「師匠、今度体術も教えてください。僕はやはり、まだまだあなたから教わることがあるようです!」
えーマジで。このままで行くとルーク君の将来を捻じ曲げてギレンさんに恨まれるかもしれん。軌道修正を検討しなくちゃ、と将来を憂いていた俺だが、実は直近の問題を見つけてしまった。
「まー時間があればな。つうか、このサメの死体を見て気づいたんだが、この先にはまあまあヤバいのがいる」
「ヤバいの……って?」
「闇シャチってやつ」
死体の所々に瘴気が混じった牙の跡がある。多分だが、闇シャチという魔物に弄ばれて逃げ来たんだろう。殺す気になれば一瞬だが、奴らは残酷な遊びを好む。
奴らはランク的にはA認定されているが、数が多いだけに単体のSランクモンスターより厄介だとか言われてたっけ。
俺は静かに海の向こうを眺めていた。あと少し進むことができれば、フィルドガルドが見えてくるはず。
そしてシャチどもは、もうこの船に気づいているかもしれない。面倒なことっていうのは続くもんだな。
とりあえずさらっとみんなに伝えてみよう。俺は船内にいる面々のもとへと向かった。
ーーーーーーー
【作者より】
お読みいただきありがとうございます!
ここで二つ、まずいことがありましたので報告となります。
まず一つ目ですが、ストックが枯渇してきました( ;∀;)
これはいかん! と分かりきってはいたのですが……お酒が美味しかったりいろいろありまして、今必死にタイピングしております。
続いて二つ目ですが、当初「夏真っ盛りの時期に水着回アップするぞー、うへへへー!」と思っていたのですが、すでに八月ももうすぐ下旬。完全に時期を見誤っております汗
そんなこんなで毎日投稿できないかも&ズレた時期にズレたことをやりそうですが、なんとかキリの良いところまでは続けていきたいです。
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